
先日、多くの日本ゲーマーに衝撃を持ったニュースとして受け取られた『ウィザードリィ』初期作品のAtariによる権利買収。その後、ドリコムから海外報道の一部否定のリリースが行われたりAtariからの追加声明が出たりしたこともあり、「いったい何がどうなったの!?」とわかりづらい人もいるところでしょう。
そこで本稿では、そのあたりをより分かりやすく伝えるとともに、普段ひとことで言い表されている「ゲームの権利」についてより細かく説明していきたいと思います。
結局は……「ほぼ以前と一緒」
まず端的な結論から説明してしまうと、今回の買収が与える目に見えた影響は現時点では「ほぼありません」。
どういうことなのかというと……以前から、少なくとも2023年付近には現状の状況に近いかたちとなっていたからです。歴史的な経緯の説明は複雑になるため本稿では避けますが、かねて(2000年代ごろ)より『ウィザードリィ』の権利は2系統に分かれていました。(ドリコムが権利を取得した時のプレスリリースにもそのように記載されています。)
今回Atariが持つことになった初代~『V』の権利
ドリコムが持っている『ウィザードリィ』自体の商標権(『ウィザードリィ』というタイトルを使ってゲームを作って売る権利そのもの)、ならびに『VI』~『VIII』の権利
うち前者の権利とされるものは、この25年近くSir-Tech創業者らを主体とする存在が(形を変えたり分割したりしなかったりしながら)ずっと保持していたということが、2024年の初代『ウィザードリィ』リメイク正式版の際に、欧米メディアを通じて一般にも明らかとされています。なお、その後にはドリコムからも『ウィザードリィ ヴァリアンツ ダフネ』のリリースが行われています。

さらに、今回は買収という形ではあるものの実態としては「前者の関係者らの間で権利移動が行われただけ」に近いものであり、後者の権利に直接与える影響はないという状況でした。
ドリコムがプレスリリースを行ったのは、初報を取り上げた一部海外メディアにおいて、この「権利が分かれている」という状況が理解されておらず、後者の権利もAtariが取得した、とする報道が行なわれてしまったことへの否定でしかありません。

今後、Atariの姿勢いかんで初期『ウィザードリィ』にまつわる製品が出たり出なかったりするかもしれませんが、現時点ではゲームとしてはそれに類するものは発表されていません(さらに言うなら、直近でAtari以外から何らかの初期『ウィザードリィ』にまつわる発表があったとしても、計画期間を考えれば今回の発表以前から計画されていたものでしょう)。
また、前述のドリコムのプレスリリースでは、今回の権利移動についても従前から把握していたとしているため、当事者間では、一連の出来事はこの5月の初旬に突然起こったものであるとは言いずらいです。
2026年4月30日に行われた、ベニー松山氏の小説『ウィザードリィ』シリーズの電子書籍版の販売終了に、状況の激変の可能性を探すとしても、販売終了された中に小説『ウィザードリィ』シリーズ以外も含まれているため、本件と関係があると単純に言い切ることはできません。
したがって、結論だけ言えばいまのところ「以前からの状況と変わらない」ということになります。
ところで、「ゲームの権利」って?
ところで、この報道における「権利」とは何でしょうか。
今日、一般的には、係る権利の大半が単一の所有者の元に集約されているのでひと言で「○○(タイトル名)の権利」と呼べてしまうのがゲームの権利の基本ですが、実際には下記のような権利の集合体です。なので、実際には個々の項目をそれぞれ別の人(企業)が持っているケースは存在します。(特に古いゲームであればあるほど、その可能性があります)
その名前を使って商品を作って売るための権利(商標権)
完成したゲーム本体を複製して販売する権利(販売権)
ゲームに含まれるキャラクター・イラスト・テキスト・音楽などを自由に使う権利(著作権)
ゲームに含まれるユニークな技術を自由に使う権利(特許権)
その他多数
細かくあげればきりがありません。今回のAtariのプレスリリースで「NES/SNES/PC向けの『ウィザードリィ』に登場する呪文、キャラ、場所、モンスターなどを含む権利」「上記以外の『ウィザードリィ』関連のゲーム、契約上の権利、およびその他の知的財産も含まれている」といった表現が使われているのはこの部分があまりに多岐に及ぶからでしょう。
なお、広範な権利の内には、第三者への権利主張を伴う法廷闘争が行われる事態に至って、初めて「その項目が権利として認められるのか」正当性が(場合によっては地域個別で)判断されることになる項目すらも含まれているのには留意が必要です。
そして、これらの権利からさらに一部が契約次第でさらに別の形に分散されることがあります。例えば、特定の音楽であったりイラスト・デザインであったりの著作権がそれぞれの制作者やそこから権利を受け継いだ主体に帰属することになる(そして、アーカイブなどを含めて関連商品の発売に際しては、毎回それを使わせてもらうための契約を結びなおす)ケースです。
非常にわかりやすく『ウィザードリィ』でいうなら、故・羽田健太郎氏がFC版の際に手掛けた音楽群の権利は羽田健太郎氏側に存在しています。なので、ソフトウェアとしてのFC版やSFC版『ウィザードリィ』、PS/SS版『リルガミンサーガ』の権利を持つものが、そのままのかたちでそれらを再発売する際であっても、適切な権利の所有者からこの権利のライセンスを受けたりすることが必要となります。
関連した事例を挙げると、2024年の初代『ウィザードリィ』リメイクでは早期アクセス当初、羽田氏の音楽のアレンジを多くの部分で用いていたものの、正式版にあたって、その後グラミー賞を獲得することになった新曲群へとほぼ全曲が刷新されています。これについては「(羽田氏側が持つ)権利関係の確保ができなかったため」と明言されています。
こういった、権利をそれぞれ別の主体が持っているケースでは、関係者間の連絡がつき、かつ適切な関係を築けている限りは問題はありませんが、そうでなくなった途端に、再販などに大きな障壁となることもあります。(一部の権利については、文化庁の2026年4月からの制度で関係者間の連絡が取れなくなっても利用しやすくなっています)
『ウィザードリィ』だとこんな感じ
「いきなりたくさん言われても困る!」そうお思いのあなたのために、一つのタイトルの例を取って簡単に紹介をしましょう。
例とするのはGame*Sparkでパブリッシング中の『ウィザードリィ外伝 五つの試練』ですね。このゲームは、今回説明した情報をベースとして考えれば、大まかに下記のような権利をもとに作られています。
ドリコムの持つ商標権(ウィザードリィという名前を使ってゲームを出すには今後もドリコムから許諾を得る必要があり、無断で使用すれば商標権の侵害にあたります。もちろん本作もドリコムから許諾を得て、コミュニケーションを取りながら展開しています)
『五つの試練』本体ソフトウェアにかかる権利(ソフトウェアにかかる権利は一般的にはパブリッシャーか開発会社、どちらかだけで保有するケースが多いようですが、実は本作に関しては59とイードがそれぞれ持っています。なので『五つの試練』関連の権利を使う際は、少なくとも名目上は両方の許可が必要となります)
関連する第三者の権利(例えばサウンドはベイシスケイプが、モンスターイラストやポートレートは各イラストレーターや企業がそれぞれ著作権を保有しています。買い切りになるケースもあれば、あくまで作品側が使用する権利を借りているケースもあり、本作のみならず個別具体でその形態は多岐に渡ります)
実際には「関連する第三者の権利」のところにかなり様々な方の権利が含まれているのですが(そのため実は売り上げの数字に対するライセンスの支払いがだいぶ多方にわたっている作品だったりします。数を売らないと大変なので『五つの試練』…もっともっと流行らせてください…)、どう考えても収拾がつかなそうなので、今回は泣く泣く割愛いたします。
余談ですが、あの有名な「ロゴ」については2026年現在ドリコムが各パターンの権利を持っています。なので近年の展開では昔ながらの「剣の短い方」が使われていますし、「剣が短いものは初代~『V』の権利に含まれている」というのは、少なくとも今ではもはやただの都市伝説です。
いずれにしても、今後なんらかの初期『ウィザードリィ』がらみの展開を行う際は、同様に
ドリコムの持つ商標権(ウィザードリィの名を冠するゲームを開発・販売する権利の利用許諾)
Atariが今回取得した権利群(初代~『V』までの権利の利用許諾)
関連する第三者の権利(上記2社が保有していない権利の利用許諾)
都度この3種(また、例えばアスキーの『ウィザードリィ外伝』シリーズであれば、そちらのソフトウェアの権利や、その権利者などが追加で関わってくることになります)を得る必要がある、ということは留意すべきであり、それが得られる環境・状況が構築・維持されるかが今後、多くの『ウィザードリィ』ユーザーが期待するような展開へとつながるかに関わっています。
なお、Game Watch誌やGematsu誌を通じて出されたAtariの追加声明では、アイディアには著作権が生じないというのが定説である一般の現代ゲーマーには、それが45年の長きにわたりどのような権利でどのように保護されているのか、少なくとも一見では想像もつかないようなゲーム内のルール・メカニズムまでが権利として主張されています。
主張は「表現要素」にまで及び、これらの権利が声明通りにあるとした場合、もしそれが広く行使されるならば、(すでに45年近く、その主張が表立っては行われていなかったこともあり)いわゆる3DダンジョンRPGジャンルの作品に限らず、日本の少なくないサブカルチャー作品が大きな打撃を受ける可能性すらもあるほどです。
一方で、ルール・メカニズムなどを仮に著作権に付随するものとして主張しているのであれば、アメリカにおいてすら、ゲーム間の類似性についてはカプコン対データイースト裁判で「マージ理論(特定のアイデアの独占的な使用権を実質的に与えてしまうような著作権による保護は認められない)」が適用されています。
同様に、仮になんらかの特許に基づいたものであったとしても『ポケモン』と『パルワールド』をめぐる2026年現在進行中の裁判がそうであるように、実のところ、最終的にその特許が真に有効であるかは裁判が終わるまではわかりません。とはいえ、そのリスクの存在が意識されること自体が、3DダンジョンRPGをはじめとした今後のオールドスクールなRPGジャンルの在り方に大きな影響を与えることになる可能性は低くありません。
いずれにしても広範な権利の主張の場合、実際にはそこから様々なバランスや関係者間の関係性、各地域の法令や慣習・文化性その他さまざまな要素を加味して実務上、あるいは通念上確立された「権利」というものが定まっていくことが多い点には注意しましょう。
たとえるなら、現状は、可能な限り大きな網を出して人に見せ「これだけの魚を取れるはずだ」と宣言した段階であって、それを海に投げ入れたときに、実際にどの程度の権利という名の魚が網の中に入っているのか、というのは確定したものではありません。(なんなら網を投げるかどうかすらわからないし、投げた結果周辺の生態系をすべて巻き込んで魚に価値がなくなることすらありえます)
もちろん、堂々と強気に宣言をすることは、主張を行い「権利」が定まる過程では非常に有効でしょう。
これは、Gematsu誌を通じた行われたAtariの英語による追加声明にも顕著で、ドリコムが持つ商標のことを指し「(我々が持つ、『ウィザードリィ』という存在から連想されるおおよそあらゆるすべての権利は)“ウィザードリィ”という単純な言葉にすぎない商標の権利とは違う」と、(『ウィザードリィ』として展開するうえで必要不可欠かつ協力の実績がある相手であっても、なお)攻撃的ともとれるような表現すら含まれているほどの強い主張が行われています。
最終的に状況がどう着地するかは現時点では不透明ですが、本件に関連しては、多くのゲーマーが安心して(特にオールドなつくりのロールプレイング)ゲームを引き続き楽しめる環境・状況が構築・維持されるか、『ウィザードリィ』という名が、あるいはAtariが新たに今回取得した権利で独自に展開するかもしれないIPが、サブカルチャー業界におけるサブマリン特許的なものの代表例として苦々しく扱われるようなことになってしまわないか、にも多くの注目が集まります。
※UPDATE(2026/5/17 15:55):コメント欄のご指摘を受け、本文中表現をより平易で、記載意図がわかりやすい形で修正しました。
※UPDATE(2026/5/17 21:00):より文章の意図がわかりやすくなるよう、わずかに内容と文字装飾を調整しました。









