インターネット普及で広がるコミュニティ
――その後はSFCやプレイステーションなどにもシリーズが発売され、2000年にはPC向けに『RPGツクール2000』が発売されました。PCやインターネットの普及もあり、非常に大きな意味を持つ作品になったと思います。
野口氏:前提として、『SUPER DANTE』ユーザーの中には、コンシューマーで出た続編(『2』『3』『4』)を遊んだ人も多いと思います。コンシューマー版ならではの魅力はあったと思いますが、その頃には少し表現面での制限を感じる部分もありました。
プレイステーションの時代になると、もう『ファイナルファンタジーVII』のような、革命的なシステムやグラフィックのゲームも登場しました。あの頃のツクールユーザーとしての率直な意見として、『ツクール』でもそれなりのゲームは作れるんだけれど、やはりその時代の名作に比べて物足りなく感じる部分はありました。
あの頃は、そういったゲーム作りにおける自由度のようなものを求める、ちょっとした不満が少しずつ蓄積してきた時代だと思うんです。そこに満を持して登場したのが『2000』で、これまでに比べて圧倒的にできることや容量も増えました。今も愛好家が多くいるのも納得できると思います。

一之瀬氏:PCでの歴史というと、ツクール以前には、MSX2向けに『RPGコンストラクションツール Dante』というのが1990年に発売されていました。30年以上遊ばれているツクールの原典ですね。
ちょっと話が変わるのですが、昔「ソフトベンダーTAKERU」というパソコンソフトの販売機があって、フロッピーディスクなんかを入れてゲームを購入できたんですよ。そこでの販売もあったし、今の読者の方は信じられないかもしれないけれど、初期のツクール作品って書籍と一緒に売られていたんですよね。
野口氏:「ソフトベンダーTAKERU」って、今のダウンロード販売の先駆けのような感じがありますよね。RPGツクールの歴史を振り返ると、インターネット普及前から、どうにかしてコンテンツを広く届けたいという気持ちがあったと思うんです。
SFCで発売された『2』にはサテラビューも搭載されていて、衛星データ放送を介してデータをダウンロードすることができました。画期的だったし、その頃は家には設備がなかったんですけれど、友達の家にあるから見に行ったこともあって……思い出深いですね。

――コンシューマー版での容量は永遠のテーマだと思います。この時代には、RPGの枠組みを越えたゲームもたくさん出てきた印象があります。
野口氏:『2000』なんかは「理論上どんなゲームでも作れるんじゃないか」とユーザーに思わせるくらい膨大な機能がありました。イベントコマンドの数も増えて細かな命令ができるようになったこともあって、表現できることも増えています。それは、作れるゲームの幅が広がったということにも繋がります。
この頃から「ピクチャ」と呼ばれる、1枚絵を画面に表示する機能が追加されました。こういった機能を利用して自作のメニューや戦闘、UIを制作するユーザーも出てきて、独自のゲームを作る人も増えた時代です。ホラーやアドベンチャーなど、RPG以外のジャンルを生み出す人も出てきましたね。
先ほども話題になった「インターネットの普及」という意味では、これにより作ったゲームや素材を手軽に公開できるようになりました。それだけではなく、ゲームを作るうえでのテクニックや文法なども共有する人が増えて、いわゆる自作ゲームやフリーゲームの文化が花開いた時期なんじゃないかなと思います。
一之瀬氏:1992年発売の『DANTE98』を使って『コープスパーティー』が制作される(公開は1996年)など、初期から「RPGツクールシリーズ」は単純なRPGだけを作れるツールじゃない、というのはユーザーに認識されていたんじゃないかなとも思います。
PC向けだと、1996年に発売された『DANTE98II』がエポックな作品ですね。1995年の「アスキーエンタテインメント ソフトウェアコンテスト」で賞を獲得した尾島陽児さんが関わっていて、当時『DANTE98』を自分なりに解釈して作り上げてアスキーに持ち込んで採用されたのが、『DANTE98II』です。
尾島さんは『DANTE98II』で「変数」の要素を導入して、それは後に開発する『2000』にも採用されています。変数処理を含んだ色々な機能を尾島さんが開発して、それがツクールにとって大切な機能だったことも『2000』の大ヒットに繋がったんだと思いますね。

――なるほど。この時期にWindows向けに発売されたツクール(『95』『2000』『2003』)で作られたゲームで、印象的なものはありますか?
一之瀬氏:この時代のツクール製作品といえば、やはり『ゆめにっき』や『OFF』が印象深いですね(両作品とも『2003』製)。独特の世界や表現は、今も多くのゲームに影響を残していますよね。本当に大きな意味を持つ作品だと思います。
『2000』だと『Ib』もインパクトが大きいですね。今プレイしても、ドットの表現なんかはまだまだいける、と感じさせられます。

――どの作品も現行機で遊べるバージョンが出ていますね。この時代で、ツクール製のゲームの表現力が大きく広がった理由はなんだと思いますか?
野口氏:ツクールの機能で大きくやれることが広がった一方で、この時代では3D導入などの方向には舵を切っていません。あくまで2Dを使った制作ツールとしての自由度の高さが魅力でもあるので、その制限こそが作る方の創造力に火を付けたんじゃないかなと思います。
先ほど一之瀬も言っていましたが、例えばグラフィックにはドットで256色だったりとか、そういったルールがあります。それが1本のゲームにおける統一感を生んだと思います。今だと本当に自由にグラフィックも用意できますけど、自由度が高いからこそ、全体に統一感を持たせる難しさもあります。
制限があったからこそ、色々な素材を使っても違和感がない統一感を作り出せる。そういう理由もあって、作り手が創造力を働かせやすかったんじゃないかと思います。
一之瀬氏:野口の言う通り、制限や制約があったことが表現力に繋がったという面は大きいと思いますね。あと、この時代に『RPGツクール』としてのUIやUXが確立されていて、これは後の作品まで受け継がれています。直感的に扱えるということは、ツールとしてはとても大きい。
「RPGツクールシリーズ」は、コードを書かなくてもゲームが作れるというのが謳い文句で、この頃の作品は特にそれを突き詰めていると思います。RPGを作るのにオリジナルエンジンが必要なく、しかもある程度の素材や機能が用意されている。そのバランスが受け入れられて『2000』のヒットにも繋がったんだと思います。
――表現が広がって、今も愛される多くのゲームが生まれ、配信されていた時代です。ある意味では、今のインディーゲーム文化の源流のひとつなのかなとも思います。
野口氏:それこそ、昔は個人がコンシューマーでゲームを発売する、というのは容易ではなかったですよね。やっぱりユーザーにとって、ゲームは遊ぶもので作るものではなかったと思います。
もちろん『2000』の頃も、作ったゲームがコンシューマーで出る、というのは夢物語だった。でも、その時代の名作が現代に拾われて、各機種で展開され手軽に遊べるようになっているし、そのムーブメントは確実にありますね。
そういった意味でも、ひとつの源流というのはあるのかもしれません。この時代のツクールでも、本当に想像を超えるようなジャンルのゲームが作られました。個人サイトや投稿サイトで遊んだり、情報を共有して磨き上げたり、コミュニティの定着も大きかったんだと思います。







