10月20日にNetflixにて独占配信された「サイバーパンク: エッジランナーズ2」。
前作の「エッジランナーズ」から監督を五十嵐海氏に交代し、メインスタッフも若返った本作は、今までとはまた違った視点でナイトシティに生きる人々を描いた傑作でした。
今回Game*Sparkでは、五十嵐海監督と脚本の大塚雅彦氏にインタビューを敢行。「エッジランナーズ2」制作の裏側から、五十嵐監督が本作に込めたアツい思いを深掘りしてお届けします。
なお、本記事では「エッジランナーズ」・「エッジランナーズ2」の重大なネタバレを扱います。両作をご覧になっていない方は今すぐブラウザバックしてNetflixを開き、ママンと一緒に両作を刮目して下さい!

――まず最初に、お二人に自己紹介をお願いできればと思います。
五十嵐:「サイバーパンク: エッジランナーズ2」の監督をやっています、五十嵐と申します。
大塚:TRIGGER社長で「サイバーパンク: エッジランナーズ2」シリーズ構成と脚本を担当した大塚です。
――五十嵐監督は本編では原画も入られていたのかなという印象なんですが。
五十嵐:いや、原画は本当に最終話の数カットだけで。編集と画コンテと、あとは有り体ですけど監督チェックでカット単位で見たりは多かったですね。
――ありがとうございます。最初の質問として、「エッジランナーズ2」制作の経緯からお伺いしたいです。
大塚:ありがたいことに前作の「サイバーパンク: エッジランナーズ」が大きく評価していただいて、CDPRさんから「またやりませんか」という打診がありました。ただもうその時には前作監督の今石(今石洋之氏)や総作画監督の吉成(吉成曜氏)が次のプロジェクトに入っていたので、続投は難しかったんです。
そこで、「例えば監督とか変わっても大丈夫ですか」ということをお聞きして、CDPRさんからは「変わっても大丈夫なので、引き続きTRIGGERさんにやってもらえれば」という返事をいただきました。

次に「じゃあ監督誰にしよう」となって。五十嵐くんには前作の6話【※】というかなり大事な回を担当してもらったし、僕個人としては「そろそろ五十嵐くんに監督やってほしいな」という気持ちもありました。そこで打診したんですが、結構嫌がられまして(笑)。
【※】前作「エッジランナーズ」6話の「Girl on Fire/炎に包まれて」。五十嵐監督が画コンテ・作画監督を担当。「エッジランナーズ2」のキャラクターデザイン・総作画監督を担当した菅野一期氏も共同で作画監督を担当している。
かなり口説いて、最終的にはやってくれるという返事ももらえたので「五十嵐監督で大丈夫ならやらせてください」という感じで、企画がスタートしましたね。
――「嫌がられた」という話でしたが、五十嵐監督としてはプレッシャーというか、懸念があった感じなんでしょうか?
五十嵐:プレッシャーというか、「ほぼほぼ負けるな」と思って。そもそも今石さんと吉成さんの作った前作に対して勝ち目があるのか!?というところと、6話の制作でかなり消耗した後だったので。だいぶ弱気でした。
――そうだったんですか。
五十嵐:それもあって、オファーに関しては「ちょっと待ってください」みたいな感じだったんですけど……。そこから何やかんやあって、逆にこう、勝ち目が少ない方が“機”としては良いような気がして。あとは「これがやれるんであれば」みたいなアイデアを思いついたのもあって、それを足掛かりにして制作していったような感じですね。

――先行視聴させていただいて、前作はノワール的というか、今までのTRIGGER作品とは全く違う読後感だなと感じていたんですが、本作の読後感はそこを引き継ぎつつもTRIGGER作品特有のアツさがあり、非常に魅力的な作品だなと感じています。CDPR側とのやり取りは、脚本段階からなのでしょうか?
大塚:そうですね、前作もそういう形で一緒に進めさせていただいたんですけど、そもそも今回はCDPRさんから「こういう話をやりたい」という初期プロットみたいなものを頂いていて、それを元に作るという感じでしたね。
――一方で、五十嵐監督のやりたいこととかもあったわけですよね?
五十嵐:自分からの提案にはDとカプリの雛形みたいなやつがおって、先におったのがその2キャラだったんですけど。
――そうだったんですね。
五十嵐:自分の考えた流れとしては、「最初女の方も生身があって、そこから死ぬ時に意識が電子的なものにならないかな」とかいう筋を考えてたんです。ただ、その時は自分自身も『サイバーパンク2077』の読み込みが足らずで、最終的には「ゲーム内設定の技術では無理です」と言われました。
その後も「ブラックウォールとか絡ませられますか」とか聞いて、「無理です」みたいなやり取りをややこしくやっていきながら作っていきました。まあ並行でしたよね、だから。CDPRさん側のアイデアもありつつ、俺のアイデアもありつつ、あっちの打ち返しに対して俺が投げていく繰り返しを大塚さんが見ていって、みたいな。

大塚:共同脚本のシュティボルも「これがやりたい」っていう強いこだわりがあって、監督は監督で「こうじゃないとできない」みたいなこだわりもあり……。シュティボルは「ここをこうすれば解決するんじゃない?」みたいに軽く言うんですけど、「いやいやそれじゃ成立しないし!」 みたいな事もあって。
もう正反対の意見ぐらいに僕は捉えていたので、「これは一体どうやって合わせりゃいいんだろうな」というのをかなり悩みながら制作していました。キャラクターもさっき言ったように原型はあるんですけど、そこからだいぶ変化しながら作っていった感じなので、どこを通って今の形になったのかは正直ちょっと覚えてないぐらい。とにかく複雑にやりとりを重ねて、今の形になりましたね。
「体制に歯向かう」画作りと、キャラクターデザイン・菅野一期のエナジー

――続いて、ビジュアルについて。本作では菅野一期さんがキャラクターデザインと総作画監督を担当されています。菅野さんは前作では6話Aパートの作画監督を担当されていて、あの尖ったフォルムが印象的だった視聴者も多かったと思います。そういった意味で前作からの繋がりもありつつ、吉成さんと比べて違うスタイルのデザインですが、画面づくりでのテーマなどをお訊きしたいです。
五十嵐:さっきの話の中で俺が最初嫌がったというところがあったと思うんですが、それが何だったかっていうと、前作に対する違和感で。前作のデイビッドはすごく悲惨な死に方をしているにも関わらず、画と音楽の盛り上がりでデイビッドの死が賛美されているような気がして、終わった直後はその一点で自分の中で引っかかりがあった。あいつかわいそうなやつなんですよ。作品としてはおもしろいんですけどね!
だから足がかりとして自分がやるならそこをより賛美するんじゃなくて、「それを賛美する体制に歯向かう方向に行けんかな」というところも考えてました。そこで、「何よりも力強い絵がいるなぁ」というところはまず間違いなくあったので。その強い絵を任せられる人として、キャラクターデザインは菅野くんにやって欲しいな、と考えていましたね。

――なるほど。大塚さんからは画作りに対して関わりはあったんでしょうか?
大塚:僕は本当、シナリオまでで。現場はほとんど何にも、五十嵐くんに任せてましたね。
――そうなんですか。もう本当に橋渡しだけというか。
大塚:そうですね。脚本に求められていたのは「とりあえず体裁を整えてくれれば」みたいな感じだったんで。おそらくコンテでだいぶ変わるだろうと思いながら作っていました。ただ、前作と全く違う作品を作ろうという意識はあったんですけど、何か通ずる要素もないといけない。
自分としては数少ない前作からのスタッフでもあったので、そこは意識的に入れたりしましたね。でも、現場に入ってしまえば「彼らスタッフの好きなようにやらせればいいだろう」と考えていたので、そこからはもう一切やっていないです。
――キャラクターデザインでは、タリアのインテークなどが「90年代的」だということで話題になった要素もありましたが、個人的には90年代的なアニメデザインともまた違っているのでは?とは思っていて。例えば影一つ取ってもワカメ影的な感じではなく、よりフラットな画作りが本作の特徴だと感じています。そこでお二人から見た、菅野さんのキャラクターデザインの魅力をお訊きしたいです。
五十嵐:やっぱり、自分の下地としてはそこまで立体的な絵じゃないんですよ。どっちかっていうと平たいところと、立体のところを行ったり来たりしてるような感じで。菅野くんはそういうところを非常に上手くまとめ上げてくれたなと感じてます。言ってしまえば、タリアのインテークとかすごく立体把握が厄介なんで。
――そうですよね、三面図を取るだけでも苦労しそうです。

五十嵐:「やりてえな」とか言っても、上手く描けるかと言うと「じゃあこれ回り込んだらどうなるんですか」みたいな髪型の筆頭だったりもするし。DもDでまとまっているようでいて、毛先の方向がある程度の流れを持ちつつ、ちょっととっ散らかってますし、ロマンの髪型もシンプルに見えて絶妙で、やっぱり菅野くんじゃないとまとめられなかっただろうなと。
菅野くんの描く強い絵ももちろんなんですけれども、端々のまとめ方の巧さですよね。自力と特出したスタイルというところが非常にいい。頼んだことを想定以上で出してくれる、というか。
あとは正直言うと、90年代っていうよりは金田っぽいエフェクト【※】の方がリファレンスとして先にあったりしたんで、「キャラの絵とそことの渡しをどうつけるか」という意味でも菅野くんぐらい素地があって、色んなことができる人に頼めたらええなぁと思ってましたね。
【※】アニメーターの金田伊功氏が得意とした、刺々しいエフェクトスタイル。「天空の城ラピュタ(1986年)」での竜の巣における雷エフェクトや、「とっても!ラッキーマン(1994年)」OPでのエフェクト作画などが特徴的。「エッジランナーズ2」ではカプリのエフェクト作画などに影響が見られる。
大塚:僕は「プロメア(2019年)」の時に、菅野くんが最初に描いた原画を見ていて。最初から上手いなと思ったんですけど、当時はもうちょっとスタンダードな絵でしたね。だんだんスタジオ内の人に影響されていったんですが。
五十嵐:だから、「プロメア」のとき俺に(教育係を)任せたのがいけなかった!(笑)
大塚:それが始まり(笑)。いやまあ、本当に才能ある人の周りで影響を受けつつ、すごい進化したなっていうのは感じていました。今回、初めてのキャラクターデザインという仕事で、作画もメインですごく頑張ってくれてたんで。もう、作品制作の中でまた進化していってるんです。
「これはおっさんたちにはもうやれないな」っていうぐらいの強いエネルギーを感じていて、そこは本作の見どころですね。
「光を強い存在として描きたかった」

――また、3話でのカプリの作画はいわゆる金田流作画の潮流を汲みつつ、よりダイナミックな作画で、カットによってはもはや平面構成的な、1枚の画として完成されている場面もあり、とにかく見ていて気持ちよかったです。そこで、どういった経緯でああいうスタイルになったのかをお訊きできればと思います。
五十嵐:カプリっていうキャラは、そもそもアイデア的にはもっと自由な存在だったというか、「より決まりごとがない存在」として考えてました。ただ、むしろ決まりごとがなさすぎて「このまま行くと、人によっては描くヨスガを見つけるのが難しくなってしまうぞ」みたいなところもあって。
それをキャラクターとしてまとめるにはどうしたらいいかということは考えていました。もともとは赤いシルエットで、顔だけあって、緑のパーツがいろいろ動いたりして……みたいな。
――なんとなく人に見えるぐらい、といった感じですかね。
五十嵐:そうですね。でも流石に、アニメとして作る上で無理がありすぎるというところは自分でも思っていたので、菅野君やデザインワークスで名を連ねている人達に力を借りました。特に窓口基【※】さんにはベースのアイデアからいろいろと出してもらって。相談の上で今の形にまとめられていったんですけど。だから、3話の登場したてのところって、けっこうその気分が残ってるんです。
【※】ビジュアルだけでなく、世界観に即した設定による説得力のあるSF、ファンタジーを得意とする漫画家。特にガジェットに対する強いフェティッシュを感じられる描写が魅力的。特に「ファーストコンタクト 窓口基作品集(2025年、双葉社)」に収録された短編「サイバネ飯(発表:2017年)」でのサイボーグの食事描写は、本作におけるタリアの食事描写などへの影響を感じられる。
実際人の形態としては取りつつも、平面構成的な、どんな姿にもなれたりするみたいな演出は出したいなと思ってたので、3話の時点ではそういうような形で登場させました。原画担当の人も喜んでくれたようで、色々とやってもらって、ああいうイカした形になったのかなと。あとは8話の魚がうれしかった。
――なるほど、あれはもう画コンテからっていう感じですか?
五十嵐:まあ、画コンテでも「やっていいっすよ」みたいな波動は出してたんですけど。

――波動だけ?(笑)
五十嵐:波動は出してて(笑)、「汲める人は汲んでくれ~」みたいな感じでコンテ切ってたんですけど、汲んでくれる人、まあよーと君【※】に当たって万々歳!っていう感じですね。
【※】「呪術廻戦(2023年)」31話Aパートでの、ケレン味溢れるヒロイックな画コンテ・演出が話題を呼んだアニメーター。
――あとは菅野さんのデザインと作画に対して、ナイトシティの背景美術もドライな画面で構成されていたなと感じていたんですが、画面の作り方やロケーション選びなど、どういうところに重心を置いて作られたかをお訊きしたいです。
五十嵐:「光がどう入ってくるか」っていうところはより考えたかったので、そこを中心に据えていったところはあります。特に序盤とかは差し込む光だったりとか、その辺がより強調できるような場所。あとは一面にパーッと光を受けたりする場面はコンテの状態でも考えてはいたし、コンテから翻って場所を見つつもあったし、いろいろですね。
大塚:シナリオでは夜で書いてた場面が昼になってたりもしていて、「そうなるか」っていう感じもありましたね。おお、っていう。
――そうだったんですね。視聴者も、昼のナイトシティがこれだけアイコニックな表現になったのには驚いたと思います。反面、5話ラストのDのカットや、大井翔【※】さんが画コンテを担当された8話など、水の表現が顕著に重要な回もありました。ドラマ的にも重要なシーンだと思うんですが、全体のトーンを踏まえた演出意図やテーマなどをお訊きしたいです。
【※】「映像研には手を出すな!(2020年)」8話での作中作であるロボットアニメの作画や、「ダンダダン(2024年)」OPでの作画が話題を呼んだアニメーター。勢いのあるプロポーションや構図、情感を感じさせる荒々しい筆致が魅力的。
五十嵐:う~ん……。「何言ってんだい」みたいなことを言う可能性が。

――全然もう、むしろそういうのが訊きたいです。
五十嵐:単純に光というものを強い存在として描きたかったんです。力のあるものとか、何かしらの意思だったり、とにかく善悪関係なしに人に何かを及ぼすものを光として作品の中にずっと置いておこうと思っていて。
だから光に向かって走っていったりとか、逆に光に当てられて参ってしまったりという描写があります。その辺もカプリがエフェクト体っていう部分にも噛ませられたらいいかなとも思っていて。カプリはもうエフェクトなんで、光そのものなんです。こいつは一人の人格というより、とにかく力そのものとして描写したかった。
――なるほど!思えば水の反射光だけでなく他にも太陽や炎だったり、作品全体を通して光源のモチーフそれぞれが強く演出されているフィルムでした。

五十嵐:だから5話のラストの海の反射とかも……。
――個人的には真っ先に「『フリクリ(2000年)』だあ」と連想してました。
五十嵐:そうでした?(笑)そうだったんですか。
――いやでも、海の質感だけです。劇中で言うと海というか、川ですけど。
五十嵐:そうか。あれ実は5話の演出の刈谷さん(刈谷暢秀氏【※】)が鎌倉まで行って海撮ってきた素材で。だからつい海って言っちゃうんですけど。
【※】「ぼっち・ざ・ろっく!(2022年)」4話の画コンテ・演出や、「葬送のフリーレン(2023年)」10話の画コンテ・演出などを担当したアニメーター。キャラクターの生活感溢れる日常描写や掛け合いの間が魅力。本作では5話の画コンテ・演出、9話にて作画監督を共同担当。
――光と水の強さみたいなものがしっかりと演出されているシーンだったなと思います。
五十嵐海と大塚雅彦から見た「ナイトシティ」とは
――続いて、特徴的な描写として前作から続く、サイバーサイコの目のブレの描写がありますが、本作では内面の掘り下げとして「フレーム内フレーム」での描写が非常にクールだと感じました。全体を俯瞰しても静かで緊張感のあるカットが非常に印象的なのですが、演出面で特に腐心した点や、リファレンスなどがあればお訊きしたいです。
五十嵐:その辺に関して言うと、フレーム内フレーム、制作中にはロマンが撮っている「ロマンフレーム」とか呼んでたんですけど。
――なるほど、あれはロマンの撮っている画角なんですね。
五十嵐:基本的にはそうですね、ちょっと違うところも挟まっているんですけれども。でもロマンの視座のみよりかは、ある種神視点の目か。急に画面のノリを変える機能というか。緩急の作り方としても割と上手い具合に使えていました。最初からそこまで目論見があったかというと、現場で制作していくうちにそういう使い方ができるな、と気づいた部分はあったんですが。
――続いて、強く印象に残ったのが前作とは違うギャグ描写でした。前作ではナイトシティのトーンを踏襲しつつ、今石監督のトーンも合わさったブラックジョークが多かったかと思うのですが、今回はよりオフビートな感じというか。個人的な印象で言うと「SSSS.GRIDMAN」シリーズの雰囲気を感じられたんですが、どういったやりとりで制作を進められていたのかをお訊きしたいです。
五十嵐:まあ、雰囲気を変えるっていう意味でもそうだし。『サイバーパンク2077』のジョブとかを色々回してると、ああいう日常的な雰囲気ってそんなにないんですけど、まあ、たまにあるというか。でも「たまにある」っていうことは、もっとあるはずなんですよ、ナイトシティの中には。

だからその辺を拡大解釈した感じではありますね。逆にそういう意味で、「違う見え方がアニメ側からゲームに付与できたりするのではないか?」とか、できたら嬉しいなとかぼんやり考えていました。でも単純にそういうギャグが好きということもあって、好みで入ってる部分もありますね。
――五十嵐監督の好みも感じられつつ、ナイトシティの表に出てきづらい魅力というところも感じられました。その中でも特に印象的だったのは、1話の中盤で「35mm」ってデカデカと出る場面なんですが。
五十嵐:あれは弾かれると思って出したら、弾かれなかった(笑)。「これダメって言われるような気もするなー」って思って一旦出したら、「触れられなかった、いいのかこれ!」みたいな。でもその後はあれぐらい振り切ったのは出せなかったですけどね。あれもロマンの浮き足立ってる感じというか、そういうところが出せればいいなと思ってやってるところです。
あとは「35mm」ってでっかい文字が浮かんでるけど、ロマンだけがそれに当てられていて、サルは何も意に介していない、みたいな認識のギャップも出してる感じです。

――今まで聞いてきた中で、五十嵐監督が感じている「ナイトシティ像」というものがあったと思うんですが、改めてお二人から見たナイトシティとはどういうものだったのでしょうか?
五十嵐:うーん……。いや、基本的には酷い街だなと。
――間違いないですね。
五十嵐:でも、酷い街の酷い側面はもう前作で描いてはいるので。「そこに取り込まれた結果死んだ若い男と、 取り残された若い女」みたいなところで終わったので、今回はもうちょっと具体的に、その街の体制自体に反抗した上で、明るく終われればいいんだよなというところがあったんですよね。
酷いものは酷いものとしてあった上で、最後ダーッと走り出していって終われねえもんかな、みたいなことを思っていたので、そういう意味ではできたのではないかな。後はナイトシティが酷いのはそうなんですけど、現実を反映して酷くなっているんだろうなと思ったりもしたので。
それも含めて、「酷さがある中でも、何か自分のことを見つめ直してやっていけることがあるはずじゃ……?」みたいなところは考えていたので、そういうことができればいいなとは思っていました。
――ありがとうございます。本作は街と街で生きてる人たちの対比が特に強い作品だと感じていて。それでいて、「展開としてはすごい方向に飛ばされたけど、なんだか明るくラストを迎えられたな」と思えて、そこが気持ちのいい作品でした。
ベースとなる世界観を構築したマイク・ポンスミスも「こんな酷い街のさなかで頑張って生きてる人たちがいるんだぞ」という描写をTRPGでも重視していたという話も聞きますし。

五十嵐:ゲーム内で街中を何もせず散歩してみるのを結構やってたんですけど、さりとて普通の人も多いし、話の本筋に関わってないところの作り込みが多いじゃないですか。それを見ると街の機能としてはそんなに破綻してるわけではない。人轢くと警察来るし。個人的には「ただずっと寝てるだけのホームレス」とか、そういうところがむしろ気にはなって。
実際にゲームを遊んで目の当たりにしたから、というのもあるんですけど、「サイドクエストでもない、より低い目線で入ってくることもできないかな」みたいなことは制作中に考えていましたね。
大塚:僕はゲームを遊んだ時の印象そのままで。やる前はもっと殺伐としたゲームかなと思ってたんですけど、遊んでみると意外に、出てくる人間が人間臭いという印象があったんですよね。
それでキャラクターを描く上では、人間っぽく描いていいんだと前作から思っていて。本作はさらに群像劇みたいな形になったので、街と人の対比だけじゃなく、人と人との対比でも、翻って「ここはどういう街なのか」というのがあぶり出されたのかなと。

一方で、街にいる限りはだんだん体を機械にしていかなきゃ生きていけない、という部分もあって。つまり、人間から離れていくっていうことじゃないですか。他方で、機械化しすぎるとサイバーサイコシスになって、もう死ぬというか、人間として終わっちゃう。
「機械化しないといけないんだけど、機械化しすぎてもいけない」ところが面白いですよね。最終的に人間らしさを絞り取られていくというか、削られた末にどうなるかという話でもあるなと。そこは前作からさらに色んな人のパターンを描くことができたかなとは思うので、そのパターンによって「ナイトシティという街がどういう街なのか」を感じられれば、描いた方としては成功かなと思っています。
――ありがとうございます。まさに「人間性コスト」の話ですね。
“呪いのかかった”お気に入りのキャラ

TRIGGERのYouTubeチャンネルでは前作6話のコメンタリーがアップされていましたが、そこで五十嵐監督が「デイビッドに存分に呪いをかけたかった」というお話をされていて。本作でもそういった呪いのかかったキャラクターが数多くいますが、お二人のお気に入りのキャラをお聞きしたいです。
五十嵐:ああ、呪いに絡めて。お気に入りか……。Dはもちろんなんですけど、Dって言うと「そりゃそうだろお前」っていう感じがあると思うので。D以外、メインを抜いたところで言うと、キョウコとかユピが気に入っています。ナイトシティ的って言ったらこのお二方の方がよくいるキャラではあるんですけど。
――そうですね、サイドジョブでよく出てくるような。
五十嵐:そう、「ぶつ切りで死ぬ」みたいな。「ちょっと事情が深く分からんけれども、何かしらあるんやろな」みたいな部分が分かったところで死ぬ。やっぱそういうの好きなんですよね。あと、ユピは気合いの入ったやな女!その死に様!みたいなところが好きなんですけど。
――あそこは見ていて圧倒されるばかりでしたね。
五十嵐:8話は画コンテを担当してくれた大井くんの力もあって、かなり価値のあるものになったなと思ってます。キョウコも死に様ですね。Dはカプリというエフェクト体と一緒になって昇天して、それで終わることができるんですけど、キョウコは自分が作ろうとした完成形を「見るや見ないや……?」みたいなギリギリのところでフッと死ぬ。

割とこう、「エフェクトと自分」って関係で言うと近い関係性だなと思いました。「俺は多分エフェクトと合体できないんだろうなー」って。
――めちゃくちゃいい話を訊けました。キョウコを見ていて楽しかったのは、コロコロ動き回る作画というか。肉っぽいけどギャグっぽく動き回るところが良いなと感じていたので、対比してカプリがいるのは得心が行く感じです。
五十嵐:そうですね、確かに。
大塚:僕はシナリオまでだったんですけど、キャラクターのラフ画が出てきた時に、カプリやキョウコを見て「え、これでやるの?」みたいなところがあって(笑)。「まあCDPRさんもダメって言うよな」と思ったらOKが出て、「え、OK!?」みたいな。

――そこに関しては何でもありみたいな感じになってたんですかね?
大塚:抵抗もあったと思うんですけどね。志太はどうだったの?デザインに対してCDPRさん側から反発は。
志太駿介(アニメーションプロデューサー):いやもう、キョウコとかは最初「絶対ダメだろ」と思ってたんですけど(笑)。ただこちらからも、「監督がやりたいことで、物語に居たら面白いからどうしたら世界観として許してもらえるか」というところでやり取りを重ねて。その中で許してもらえたみたいな感じですね。CDPRさんも懐が広いなというのも感じましたし。
――キャラの魅力さえ出してしまえば、という感じですかね。
志太:魅力ももちろんですし、「アニメーションにおいてこの世界にキョウコが必要なんです」っていうことをちゃんと説明したら許してもらえたっていうのは、けっこう驚きでもありました。
大塚:めっちゃチャレンジングだな~(笑)。「普通出さないよな!?」と思って。
志太:「ダメだろうな」とは内心思ってましたね。
――しかも、“ドラえもんチック”な声がして。
大塚:(笑)。そういう意味では僕はシナリオまでなんですけど、そこから監督も手を入れるし、コンテになってさらにアニメーターも動かして……という工程でキャラができていくので、僕にとっても最終的にできあがってるキャラって新鮮なんですよ。「こうなったか」みたいな。

だからどのキャラが一番好きっていうのは難しいんですが。「こういうキャラクター出したい」って言われたときって、監督から話を聞いてもシュティボルから聞いても、ひどい奴の話しかしない!(笑)。
「このキャラどうやって好きになってもらえって言うの?」というところからスタートしている。でも、彼らも最初からろくでもないキャラでもないはずだから、どうしてこうなったかをちゃんと整理していけば、僕も好きになれるかもしれない。
――なるほど、作りながらで好きになっていったと。
大塚:自分が愛せないと、お客さんにも好きになってもらえないので。そういう意味ではどのキャラにも愛着はあるんですよね。
――ありがとうございます。お二人から見てお気に入りの回があれば、お訊きできればと思うんですが。
五十嵐:うーん……。でも「どの視点で見るか」というところもあって。キャラそれぞれにとって大事な話数もあるし、さりとて事件が起こるという意味では……という視点もあるし。
コトが起こるっていう点では、やっぱり8話とかではあるんですけど。でも事件が起こる前の前哨戦としての9話もかなり良かったし。だから逆に、割と何も起こってない回もあるんですよ。それもそれで好きなんです。もっとあればよかったって思うくらい。

――なるほど、イベントとしては進んでいないみたいな。
五十嵐:だから、4話とか6、7話とか。自分の中でも、平場の回とか「もうちょっとやれると良かったんだけどな」と思いつつ、できなかったところもあって。ただ、「なんとなくいい空気感が出せたなぁ」みたいなところも好きなので、やっぱりどの立場に立つか。それで全然変わるっていう感じなんですよね。
大塚:シナリオ書いてる時からそうなんですけど、あんまり普通のテレビシリーズの感覚ではなかったんです。一挙配信というのは最初に伺っていたので、ちょっと長い映画ぐらいのつもりで、繋がっているストーリーとして書いていました。もちろん区切りはあるんですが。
その上で試写会でも言いましたけど、「やってる側の熱量がだんだん上がっていくし、技量も上がっていく」というのは、端から見ていて面白くて。
そういう意味では、後半に行くにしたがってのボルテージの上がり方とかは、客観的に面白いなと思って見ていました。最終回なんかはもう、「シナリオこうだったっけ?」みたいなところもあるし(笑)。
五十嵐:いや!流れは汲んでます(笑)。

――確かに、絶対脚本の段階ではこうじゃないだろうなと思いながら見てました。
大塚:(笑)。その面白さですよね。段々と作り手というか、現場のエネルギーに染まっていく勢いが面白かったので、逆にどの話数が良かったって決めづらいところで。全体で面白かったという印象です。
オープニング制作の裏側
――劇伴についてもお訊きしたいです。作品全体を俯瞰した時に、本作のトーンを決定付けているのが画だけではなくて、今堀恒雄【※1】さんの劇伴だなと感じています。そこで、サウンド面でのこだわりもお訊きできれば。
五十嵐:どうにもならないことに反抗するような姿勢は最初からつけたいと思っていて。それに合う音楽家の方が誰がいいかな、っていうのを副監督の内田さん(内田直人氏【※2】)ともずっと話していました。
【※1】今堀恒雄・・・マッドハウス版「トライガン(1998年)」などの劇伴を担当したギタリスト・作曲家。ブリティッシュ・トラッドという伝統的なジャンルから影響を受けつつ、フランク・ザッパなどの先鋭的なギタリストからも影響を受けているという。
【※2】内田直人・・・「モブサイコ100」シリーズ、「僕のヒーローアカデミア」シリーズなどで原画・作画監督、画コンテなどを担当しているアニメーター。人物のフォルムを端的に捉えた立体的な筆致はもちろんのこと、画コンテなどでの画面づくりによって状況を伝えるシネマティックな演出も魅力。

そんな中でやっぱりサイバーパンクものでもあるし、ふわっと今堀さんの名前が出たんですけど、しばらくアニメの仕事はされてないしな、という部分で足踏みするところもあって。
そこから今堀さんのライブに行ったりしたんですが、すごい迫力の演奏をされていて。古いものを焼き直してるわけでもないし、“今”をやってらっしゃるなっていう感じがすごくしたんで、今堀さんにお願いしました。
あとはさっき、「90年代とは言われつつ、そんなに90年代っぽくない」みたいな話してたじゃないですか。
――そうですね、失礼ながら。
五十嵐:いや、でもそのようにしたいなとは考えていて。だから今堀さんにお願いしたという部分もあったんです。今堀さんは90年代から、キャリアで言えば80年代中盤くらいからやられてると思うんですけど、その辺の時代をまるっと経験しながら、今もバリバリで音楽をやってる、というところで。
「こちらのトーンも分かってもらいつつも、90年代と今っていう所に架け橋を繋げてもらえるんじゃないか」っていう考えはあったんですよね。
本作で流れる精神的ジャンルも、ポストパンクとか、80~90年代の日本のロックだったり、2000年初めのアメリカン・ハードコアとかも意識してやってもらいたいって考えてて、それぞれの路線を集約させた時に、必然的に今堀さんになっていった。後から考えても納得できる感じになりましたね。

――その上で、OPでThe Cureの「10:15 Saturday Night」が流れるというのが衝撃で。「その手があったか」という感じでした。
五十嵐:「OPでかけたいのあります?」って聞かれたんですが、どういう流れだったかな。
志太:でも脚本(ホン)を制作している中で、The Cureの曲をイメージしているというのは五十嵐監督が言ってはいたので、そこからCDPRさんにオーダーを出したという流れでしたね。
――なるほど。The Cureの初期も初期の曲で、UKニュー・ウェイヴという部分でも非常に嬉しかったです。
五十嵐:フランツ(フランツ・フェルディナンド【※】)に比べると先祖返りしてしまったなという感じはあるんですが(笑)。
【※】スコットランドのロックバンドで、前作OPテーマの「This Fffire」を提供。キャッチーなリフとエイトビートをベースとしたダンサブルなリズムパートが特徴で、The Cureを始めとしたUKニュー・ウェイヴからの影響も感じられる。邦楽ロックにおける「4つ打ちロック」へも影響を与えたバンドの一つ。
――確かに。でも先祖返りという話で言えば、今堀さんが影響を受けたというフランク・ザッパが流れるよりは直接的じゃなかったと思います。
五十嵐:確かにそうですね。
――OPでは今石さんが画コンテを担当されて、原画に吉成さんやすしおさんがいらっしゃっていたんですが。
五十嵐:あれはもう、土壇場の都合があって。

志太:主題歌を指定してた事もあって、最初は五十嵐監督がやれたらって感じだったんですけどね。
五十嵐:どんどん切羽詰まってきて。「途中までアイデアはあります!」みたいな、アイデアといくつかラフ画はあったんですけど、終盤俺が実作業で立ち行かなくなってたから。
今石さんから助け舟を出してもらって、アイデアと元ネタのやり取りをした上でまとめてもらいました。あとは作画としては、土壇場だからすごく強いメンツが集まるっていう(笑)。
志太:アニメあるあるですね(笑)。
――描ける人が集まる(笑)。演出としてはシルエットとフレームの対比が印象的でした。
五十嵐:シルエットっていうのは前作からも踏襲してやろうかなと考えていたんですよ。そこでどう違う味を出していくかっていう部分で、色々と画策していった感じですね。
――OP・EDともに、本作ではナイトシティの空を舞うポリ袋がフィーチャーされます。個人的にはここに五十嵐監督の思いが集約されているのかなと邪推しているのですが、五十嵐監督が本作にこめた思いをお訊きできれば。
五十嵐:思いか……。やっぱり、色々と苦しいことが多いんですけど、「今この瞬間を見つめて、力強くやっていくしか何かを成すことはできない」っていうところを込めたいっていうのはありました。

――ありがとうございます。最後に、お二人から読者に対してメッセージをお願い致します。
大塚:いや、本当に若いスタッフがすごく頑張って作った作品で、必ずその熱量を感じられると思いますので、ぜひ見てください!
五十嵐:これはあえて言うのもアレなんですけど、全力を出したし、色んな人の全力も詰まっているし。それでいて、全力出したからといってこうなるかっていうと、そうではないものにはなってると思うので、ぜひ見ていただけると嬉しいです。
――ありがとうございました!

五十嵐監督と大塚氏、そしてスタッフの皆さん全員のアツい思いが込められた本作。本記事ではその舞台裏を垣間見ることができました。このインタビューを踏まえて、もう一度「エッジランナーズ2」の世界へ飛び込むのも良いかもしれません。
なお、TRIGGERのYouTubeチャンネルでは「エッジランナーズ2」の各話ごとのスタッフトークを順次配信するとのこと。こちらも本作をより楽しむための補助線になりそうです。
「サイバーパンク: エッジランナーズ2」は、Netflixにて独占配信中です。







