2026年3月23日、Brancのトークイベント「アニメ・マンガ・国内と海外を繋ぐ~エンタメ業界に今、なぜ『横串のデータ分析』が必要なのか?~ Dialogue for BRANC #12」が開催された。
ゲストには、世界最大級のアニメ・マンガデータベース/コミュニティを運営するMyAnimeListの溝口敦氏、マンガ領域のデータ基盤構築に取り組むコミチの萬田大作氏、国内テレビ視聴データを分析するTVS REGZAの片岡秀夫氏が登壇。後半のディスカッションからは、NECの深田航志氏も参加した。
日本のエンターテインメント産業は、アニメ、マンガを中心に海外市場で存在感を高めている。一方で、マンガの売上データ、アニメの視聴データ、国内外のファン動向、配信プラットフォーム上の視聴ログなどは、それぞれの領域で分断されているのが現状だ。
海外市場における配信データはプラットフォーマー側に閉じていることが多く、国内配信も同様に横断的な把握は難しい。マンガ領域でも、紙とデジタル、各電子書店、海外展開、グッズ売上などのデータは分かれている。こうしたデータを「どう繋ぎ、どう文脈化するか」が、今後のエンタメ業界にとって重要になる。本イベントでは、こうした「サイロ化」されたデータをどう横断的に結びつけ、日本IPの価値向上につなげるべきかが議論された。本稿ではその一部をレポートする。
MyAnimeListが可視化する海外アニメファンの熱量
最初に登壇したMyAnimeListの溝口氏は、同サービスが持つ海外アニメファンのデータについて紹介した。

MyAnimeListは、アニメとマンガのデータベースおよびコミュニティサービスだ。英語圏を中心に利用されており、登録会員数は2,000万人を超えている。
同サービスの大きな特徴は、ユーザーが自分の視聴・読書履歴を「リスト」として管理している点にある。どの作品を見ているのか、見終わったのか、途中でやめたのか、何点を付けたのか。こうした行動データが蓄積され、各作品のスコアに反映される。
さらに、作品スコアは時系列で変動する。あるアニメは放送開始時点では7点台後半だったスコアが、話数を重ねるごとに上昇し、最終的に8点台後半まで伸びていったという。どの話数で評価が跳ねたのか、逆に離脱が起きたのか。こうした変化を見ることで、作品が海外ファンの熱量を獲得していく過程が見えてくる。
加えて、MyAnimeListにはレビューやフォーラム投稿といった定性的なデータも蓄積されている。これらを分析することで、単なる点数やランキングだけでなく、ユーザーが作品のどこに魅力を感じ、どの部分でつまずいたのかを読み解くこともできる。
溝口氏は、こうしたデータはクリエイティブを縛るものではなく、作り手や事業者の判断を支えるものだと強調した。海外展開やアニメ化の際に、どの要素を打ち出すべきか、どの点に注意すべきかを考える材料になり得るという。
コミチが挑む“マンガ版セイバーメトリクス”
続いて登壇したコミチの萬田氏は、マンガ領域におけるデータ活用の課題と、同社の取り組みを紹介した。

コミチは、出版社が直接運営するWebマンガ媒体の裏側を支えるプラットフォームを提供している。現在、複数の出版社のWebマンガ媒体を支援し、月間PVは約1.3億、月間ユーザー数は1,000万超規模にのぼるという。
萬田氏は、マンガ産業の課題として、デジタルコミック市場が踊り場に差しかかっていること、そしてデータが分断されていることを挙げた。紙の出版データ、電子書店の販売データ、グッズ、海外展開、アニメ化後の動向などが分かれており、作品のポテンシャルを総合的に判断しづらい。
そこでコミチが目指すのが、“マンガ版セイバーメトリクス”だ。野球においてOPSやWARのような指標が選手評価を変えたように、マンガでも読者数、課金、継続率、読者の伸び、熱中度などを指標化し、作品のポートフォリオを可視化する。どの作品に注力すべきか、どの作品が将来的に伸びる可能性を持つのかを、データから見極めようという取り組みである。
一方で、萬田氏は「データは作品を作るためではなく、作品を届けるために使うべき」とも強調した。マンガは作家と編集者が作るクリエイティブ産業であり、データが創作そのものを支配するべきではない。データは、どの読者に届けるか、どの媒体で広げるか、IP展開をどう進めるかを考えるために活用するのが重要だという。
REGZA視聴データが示す「総合順位」の罠
TVS REGZAの片岡氏は、国内テレビ視聴データから見えるアニメ視聴の実態を紹介した。

REGZAでは、ユーザー許諾を得たテレビから視聴ログを取得しており、その台数は全国で約500万台にのぼる。NHKをはじめ全国100以上の放送局がデータを利用しているほか、テレビ画面上でのアンケートや広告配信などにも活用されているという。
片岡氏が強調したのは、「総合順位に騙されてはいけない」という点だ。アニメの人気を測る指標として、SNSの投稿数やフォロワー数、視聴率、ランキングなどが使われることは多い。しかし、それぞれの指標にはバイアスがある。
REGZAが重視しているのが「シーズン接触率」だ。1話だけ見た人をカウントするのではなく、ワンクールのうち一定以上の話数を継続して見たかどうかを基準にする。これにより、単なる“試し見”ではなく、作品を継続的に視聴したユーザーを把握できる。
通常の接触率では上位に見える作品でも、シーズンを通して見た人の数で見ると順位が変わることがある。逆に、総合順位では目立たなくても、特定の年代や性別で非常に強い作品も存在するという。
片岡氏は、データの価値はヒット作品を発見することだけではなく、「NGを発見する」ことにもあると述べた。どの話数で視聴が落ちたのか、どの場面が繰り返し再生されたのか、どの層が離脱したのか。こうした情報は、作品のプロモーションやタイアップ、将来的な企画判断に活用できる。
データ非対称性をどう是正するか
後半のディスカッションから参加したNECの深田氏は、グローバル市場における日本IPの「取引」に焦点を当てた。
深田氏は、日本のアニメが世界で大きな需要を獲得している一方で、その価値が日本側に十分還元されていない可能性を指摘した。Netflixをはじめとする海外配信プラットフォームでも、日本アニメは大きな視聴時間と収益を生んでいる。

しかし、配信プラットフォーム上の視聴ログや配信結果は、多くの場合IPホルダー側に共有されない。テレビCMの世界では、ビデオリサーチのような第三者機関の視聴率データを広告主、広告会社、テレビ局が共有し、取引通貨としている。一方、海外配信におけるIP取引では、プラットフォーマー側がデータを持ち、IPホルダー側は情報が少ないまま交渉に臨まざるを得ない。
深田氏は、これを「データの非対称性」として問題視した。需要や視聴実態が見えないままでは、日本側は自らのIPがどれほどの価値を持つのかを十分に主張できない。その結果、本来よりも安い価格でライセンスされてしまう可能性があるため、データを武器に交渉へ臨むべきだと訴えた。
データを繋ぎ、日本IPの価値を引き上げる
ディスカッションでは、各社のデータをどう繋ぐかについて議論が広がった。
MyAnimeListのデータは、海外ファンの評価や熱量、レビューなどの定性的な声を可視化する。コミチのデータは、マンガ読者の行動や課金、ジャンルごとの親和性を示す。REGZAのデータは、国内におけるアニメ視聴の実態や、どの層がどの作品を継続的に見ているかを明らかにする。
これらを組み合わせれば、「海外で評価されているマンガ原作が、国内アニメ視聴ではどの層に刺さり、海外配信ではどの地域で需要を持つのか」といった、一連のIP展開を横断的に捉えることができる。アニメ化前の原作段階での読者データ、放送時の国内視聴データ、海外ファンコミュニティの反応、配信市場での需要を繋げれば、ライセンス交渉やプロモーション、グッズ展開、海外展開の精度を高められるはずだ。
一方で、データ連携には課題も多い。溝口氏は、各社が持つデータを安全に結合するには、システム面と契約面の信頼関係が不可欠だと指摘した。また、作品名やタイトル表記の揺れを統一する「名寄せ」の問題も大きい。日本語、英語、ローマ字、略称、シリーズ名、シーズン名などが混在する中で、同一作品を正しく結びつける作業は容易ではない。これは業界全体で取り組むべき基盤整備の課題でもある。
最後に深田氏は、日本IPを海外に高く売るためには、個社ごとの努力だけでなく、データを武器にした交渉力の強化が必要だと訴えた。海外プラットフォーマーは専門人材と豊富なデータを持って交渉に臨む。一方、日本側が十分なデータや専門家を持たなければ、対等な交渉は難しい。
日本のアニメ・マンガは、世界で大きな需要を獲得している。しかし、その「本当の価値」を日本側が把握し、正当な対価を得るためには、マンガ、アニメ、国内、海外、配信、グッズといった領域を横断するデータ分析が欠かせない。
分断されたデータを「横串」で繋ぎ、IPの価値を構造的に把握すること。それは、グローバル市場で日本のエンタメ産業が次の成長段階へ進むための重要な一手となるだろう。







