【CEDEC 2010】「ゲームプログラマという生き方」には変化を楽しむ心が大切 | GameBusiness.jp

【CEDEC 2010】「ゲームプログラマという生き方」には変化を楽しむ心が大切

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CEDECの併催イベントとして開催された「ゲームのお仕事 業界研究フェア」の講演として、スクウェア・エニックスでサウンドグループ テクニカルディレクターを務める土田善紀氏が
  • CEDECの併催イベントとして開催された「ゲームのお仕事 業界研究フェア」の講演として、スクウェア・エニックスでサウンドグループ テクニカルディレクターを務める土田善紀氏が
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CEDECの併催イベントとして開催された「ゲームのお仕事 業界研究フェア」の講演として、スクウェア・エニックスでサウンドグループ テクニカルディレクターを務める土田善紀氏が"ゲームプログラマという生き方"と題した講演を行いました。

土田善紀氏 株式会社スクウェア・エニックス 開発部 サウンドグループ テクニカルディレクター


内容はゲームプログラマとして生きてきた半生の振り返りとなりましたが、「どうしてここに私が選ばれたのか分からない、結構な問題児です」というようにぶっちゃけトーク連発の「これは個人的な見解です」という講演となりました。

そんな土田氏とプログラムの出会いは高校時代。入学祝いに買って貰ったパソコンに入っていた「N88BASIC」でひたすらプログラムに没頭。大好きだったゲームを作っていたそうです。そうこうしていると、名門私立中学に通い70もあった偏差値は、高校を卒業する頃には40という見事な落ちこぼれに。もちろん大学にも行けず、親に予備校に入れられるものの、3日間で辞め、黙ってソフトメーカーに就職してしまったそうです。当時はバブル景気でプログラマは超売り手市場。どこでも就職できたそうですが、3K(きつい、きたない、給料安い)と言われたゲーム業界は避けたそうです。

腕は確かな土田氏。活躍します。その後、何社かソフトメーカーを転々とし、フリーになり22歳で社長になったものの、バブルが終了すると共に会社も終了。新聞配達員となって汗をかく日々となります。そのとき23歳。「新聞配達は、徐々に配る新聞が減っていく達成感のある楽しい仕事だった」そうですが、改めて人生を見つめたとき、「本当にやりたいことをやろう」と決意を決めたそうです。

土田氏はゲーム会社を一社経て、25歳で当時のスクウェアに入社します。『ファイナルファンタジータクティクス』や『ベイグランドストーリー』などで主に描画系のプログラムを担当しました。また、『FFG』と呼ばれるプレイオンライン向けの開発中止になったタイトルも手掛けました。内製のゲームエンジンCrystal Toolsに従事しました。後に畑違いのサウンドプログラムに異動になり、チームを仕切る立場に。意外にも今まで一番充実しているとか。

そんな土田氏がトピック毎に業界を語っていきます。

マイナスイメージプラスイメージ


まずは「ゲーム業界は損か得か」という議論。マイナスイメージもプラスイメージも「その通り」ということですが、やりたくない仕事を定時で返ってプライベートを楽しむより、やりたい仕事を多少長くやって、それでお金も貰える方がハッピー、と言います。土田氏自身、当初は一番好きだったゲーム業界を避けてソフトメーカーでプログラムを書いていたわけですが、「いま本当に幸せです。何としてでもゲーム業界に入るべき」と話していました。

次いで「どうやったら業界に入れるか」という疑問ですが、きちんと就職すると仮定すれば、小さい会社でもいいのでまずは潜り込むのが先決と言います。「実力が認められればどこでも転職できる。転職はマイナスにならないし、新卒はプラスにならない業界」とのこと。「就職が大変と言ってる人に聞くと受けてる会社が任天堂、ソニー、スクエニだったりする」と大手ばかり視野に入れる甘さを戒めていました。大手の倍率は千倍〜数万倍がザラ、そんなところに新卒で入れるのは「奇跡」と指摘していました。

では「プログラマとして必要なスキルは」という問題があります。しかし土田氏は「何ができる人が必要かは会社によって違うし、時期によっても違う」と指摘。幾つかスライドで技術を挙げましたが「全部できる必要はないが、どれもできない人は駄目」としていました。普遍的なスキルを一つ挙げるのは難しいということでしたが、「必要なスキルは時代によってどんどん変わります。その変化を楽しめる性格が大事なんじゃないでしょうか」。土田氏は「もはや何言語書けるか分からない」とか。

業界で働いているような「クレイジー」とも言えるような、いたずら小僧ばかりだそうです。いわば「節度ある自由」で、「ガンプラなんかは普通だし、アニメや声優のCDはごろごろ。歩けばジャンプにつまずく」とか。以前いたビジネスソフトの業界と比べるとみんな「いい顔をしている。理想に燃え、夢に燃え、ギラギラした顔つきで仕事をしている」そうです。

15年間ゲームプログラマを見てきた感想としては、「駄目な奴は何をやっても駄目、忙しい人はより一層忙しくなる」と他の業界と変わらないようです。また、「将来伸びる人は入った時から異彩を放つ」とか。自身のように「自分のキャリアは自分で決められない」ものの「人間万事塞翁が馬」として今は幸せな仕事が出来ているとのこと。ちなみに「女性プログラマは割と美人が多い」という気になるメッセージもありました。

ちなみに、土田氏が3Kと思ったゲーム業界ですが、「徐々に改善されてきている」とのこと。入った当初は徹夜などはザラにあったそうですが「リスクコントロールがうまくなり、マスターアップ前も徹夜は減ってきている」とのこと。

「今日この話を聞いて、大丈夫だと思った人はゲームプログラマに向いてます。そう思った方はぜひ一緒に頑張っていきましょう」とエールを送っていました。
《土本学》

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