ニンテンドー3DSの特長は3Dではない・・・平林久和「ゲームの未来を語る」第3回 | GameBusiness.jp

ニンテンドー3DSの特長は3Dではない・・・平林久和「ゲームの未来を語る」第3回

2010年9月29日、幕張メッセで行われた「任天堂カンファレンス2010」は、予定開始時刻の午後2時よりも、少し遅れてから始まりました。壇上には岩田聡・任天堂社長が立ちました。

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2010年9月29日、幕張メッセで行われた「任天堂カンファレンス2010」は、予定開始時刻の午後2時よりも、少し遅れてから始まりました。壇上には岩田聡・任天堂社長が立ちました。
  • 2010年9月29日、幕張メッセで行われた「任天堂カンファレンス2010」は、予定開始時刻の午後2時よりも、少し遅れてから始まりました。壇上には岩田聡・任天堂社長が立ちました。
2010年9月29日、幕張メッセで行われた「任天堂カンファレンス2010」は、予定開始時刻の午後2時よりも、少し遅れてから始まりました。壇上には岩田聡・任天堂社長が立ちました。

岩田社長のプレゼンテーションは、聞き取りやすい発音、ゆったりとしたテンポで進みます。強調すべきところは適度なアクセントがつき、声域はバリトン。音楽的です。音楽的であると同時に、論理的でもあります。話の道筋がプログラムのフローチャートのような構造になっています。

ゲーム史に残るであろう、このスピーチが始まってから、約42分が経過した時でした。ニンテンドー3DSの本体価格と発売日が公開される場面がやってきました。スクリーンに映像で、また岩田社長の口頭からも発表されました。

発売予定日は2011年2月26日、希望小売価格は2万5000円(税込)。

この瞬間、会場内は静かでした。

アメリカで行われる発表会と違って、聴衆が立ち上がって指笛を吹くことはありません。日本の聴衆は静かに話を聞きます。ですが、このような重要事項が発表された瞬間、まばらであっても拍手や、ざわめきが聞こえてくるのが通例です。であるにもかかわらず、驚くほどに静かなのです。場内には、ただ、カメラのシャッター音だけが鳴り響いています。

静寂に包まれて、私の想像は飛躍し、とある場面を頭の中で描いていました。美術品のオークション会場です。競りにかかる作品が登場しても、かけ声がかからずに場が盛り上がらない光景。

もしも、事前に噂されていたように「ニンテンドー3DSの発売日は2010年11月21日、希望小売価格は2万円(税込)」と発表されたなら、会場内では盛大な拍手が起きたでしょう。年末商戦が活気づくのは確実だからです。

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来場者は約1200名でした。

1200名とはいえ、この聴衆はゲーム業界の縮図ともいえます。いわゆるサードパーティとデベロッパー、流通関係者、メディア関係者のキーパーソンたちが集っています。

業界を代表する聴衆は、オークション会場にいる美術商のように冷静な目で見定めたのです。発売日と価格を知った瞬間に、沈黙することを選択しました。それは無言の抵抗と言い換えることもできるでしょう。

のちのマスコミ報道も、同日に行った任天堂の業績下方修正とともに、ネガティブな論調が目立ちました。6月に行われたE3(Electronic Entertainment Expo)では、持ち上げられたニンテンドー3DSは、手のひらを返されたようにも読み取れます。

聴衆は、ニンテンドー3DSから恩恵をこうむることを期待していました。早く発売され、早く普及し、早く利益を得たい。厳しい市況ですから、その心情は理解できます。

ですが、あえて言えば、この見方は前時代的です。
未来志向ではありません。

食いつきやすいニュース、発売日と本体価格以外の製品特性をよく見てみましょう。真っ当に解釈すれば「ニンテンドー3DSは、育てたくなる製品」と、その将来像に対して、もっとワクワクしてもよいはずです。

ニンテンドー3DSは今までのどのゲーム機とも違う、独自の生態系を持った製品です。

ハードとソフトの関係は、よくクルマの両輪にたとえられてきました。
優良タイトルが出たらハードも売れる。ハードが売れると他のソフトも集まる。この循環がうまくいけば成功、そうでなければ失敗。ゲーム機ビジネスの成否は、単純な式で正解を導くことができました。

ところが、ニンテンドー3DSは違います。「すれちがい通信」や「いつの間に通信」と呼ばれる変数が加わります。この変数が入ることによって、ニンテンドー3DSは今までのゲームユーザーが未体験だったことを、体験させてくれる可能性があります。

ここで重要なことについて触れておきます。岩田社長は3Dという製品特徴については、多くを語りませんでした。熱心にアピールされたのは、通信のことでした。「任天堂カンファレンス2010」が終了すると手渡される、40ページを超える公式のプレスキットがあります。その中でも、3Dの解説部分は2ページしかありません。しかも、裸眼立体視の詳しい技術解説もありません。あっさりとしたものです。

ニンテンドー3DSのキャッチフレーズは「メガネがなくても3D」ではないことを、改めて確認しておきます。ニンテンドー3DSのキャッチフレーズは、「持ち歩く、響き合う、毎日が新しい」です。



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私は3Dよりも、通信に軸足においたコンセプトに好感を持ちました。

ニンテンドー3DSを持って外出する。帰路の電車のシートに腰かけたら、どんなデータが入っているのか、ドキドキしながらニンテンドー3DSを開く。その時の気持ちは、宝箱を開ける心理に似ているでしょう。これはユーザーとしての期待です。

「ゲームの未来を語る」立場としての私の見解は、過去2回の記事をお読みくだされば、ご理解いただけるでしょう。

第1回で私は「『が・になる』の時代」がやってくるとビジョンを提示し、「日常生活がゲーム化していく」との展望を述べました。

第2回では「3つの『間』」というキーワードを用いて、人間、時間、空間がゲームソフトとからまり合うことが、今後のヒット作の重要な要素となるだろうと予測しています。

簡単に言います。「閉じたソフト」よりも「開かれたソフト」のほうが、クリエイターはアイデアを生みやすく、ユーザーもおもしろさ感じるであろうということです。ゲームが3Dになった、という特長よりも、それ以外のニンテンドー3DSの特長がもたらす産物のほうが、ゲームの未来を明るいものにするだろう、との確信が私にはあります。

ニンテンドー3DSは、発売日によって見定めるようなものではない。長い時間をかけて、おもしろくなっていく。育成ゲームならぬ、育成ゲーム機なのです。

通信だけではありません。ニンテンドー3DSには、発売時に6枚のカードが同梱されています。これをAR(Augmented Reality=拡張現実)カードと呼びます。本体にはこのカードを遊ぶためのソフトが内蔵されており、外側についたカメラでカードを写すと、ニンテンドー3DSの上部画面にはゲーム画面が表示され、遊ぶことができます。

私はこのARカードにも魅力を感じています。
想像を膨らませてみましょう。パッケージのソフトと、ARカードと、ニンテンドーゾーンや無線LANアクセスポイントを自動で探索する機能が合わさると……。

あらゆるジャンルのテレビゲームと、カードゲームが融合した遊びが続々と生まれてくるでしょう。

今のところ、任天堂は「いつの間に通信」(無線LANアクセスポイントを使った通信)と「すれちがい通信」(本体同士の通信)を分けて説明をしています。ですが、将来、両者が合体したとすると何が起きるか?

東京にいる人と京都にいる人が「いつの間にすれちがっていることになっていた通信」ができます。東京にいる人と京都にいる人が、知らないうちにデータ交換をしていた、という意味です。通信は距離の隔たりを打ち消します。

商品パッケージにARカードと同様の機能を持たせ、「遊べるスナック菓子」を発売したいと思う食品メーカーがあらわれても、なんの不思議もありません。同様の発想で、商品パッケージの中にARカードを同梱して、「遊ぶ広告」を考える企業も出てきそうです。

無線LANアクセスポイントを観光名所に配置し、スタンプラリーのようにして旅行者は巡回するとします。ニンテンドー3DSを使った町おこしができます。販売促進のためのクーポンを「いつの間に通信」で配布することも可能です。ニンテンドー3DSの用途は、工夫次第で無限に広がっていきます。

以上、私はニンテンドー3DSに期待を込めた意見を述べてきましたが、発想の転換は任天堂においても求められます。

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ニンテンドー3DSは、ファミリーコンピュータとはまったく異なる、いかにも21世紀らしい新時代のガジェット(道具)となりました。

であるとするならば、任天堂の収益モデルも変化するべきでしょう。販売するものがハードとソフトだけの時代ならば、(1)任天堂製ハードの販売、(2)任天堂製ソフトの販売、(3)サードパーティからの製造委託費……が収益源の3本柱でよかった。変数がない単純な足し算です。

しかし、2011年以降、ニンテンドー3DSが育っていくためには、任天堂が先行投資をしてリスクをとる、「規格外の企画」について柔軟になる、適正な利益配分を創造的に考えて、通信網やダウンロード販売、動画配信などが自律的に活性化するようにする。このような変化も、同時に起こさなくてはいけません。

ゲーム業界に依然として残る、見えない対立の構造。ハードが普及することによって、ソフト会社は利益を得る。ハードメーカーは、その利益が肥大化しないように、自社の利益を守ろうとする。このゼロサムゲームから脱却することが、次世代のビジネスモデルを生むまえの、当面の課題となります。

ああ、上の文章、学者が書いた抽象的な論文みたいですね。読みかえすと恥ずかしい。

自分らしく、俗っぽく書きます。

ハード普及の「おこぼれ」をもらったんだから「テラ銭」をいただくよ。
この、今までのやり方を見直しましょうよ。
ハードの会社もソフトの会社も、同じ業界なのだから仲良くしてくださいよ。
ハードの会社とソフトの会社が、利益の奪い合いをすることはないでしょう。

ファミコン時代は無理だったけど、ニンテンドー3DSなら、よその業界から、ゲーム業界にお金を引っ張ってくる方法がありますよ、きっと。たとえば、強力な広告メディアになる、なんてところから考えはじめると、よいかもしれませんね。

と、私は言いたいのでした。

飛び出さなくてはいけないのは画面ではなく、ゲーム業界の昔からの掟や、縛りや、前例や、古くなった常識!


■著者紹介
平林久和(ひらばやし・ひさかず)
株式会社インターラクト(代表取締役/ゲームアナリスト)
1962年・神奈川県生まれ。青山学院大学卒。85年・出版社(現・宝島社)入社後、ゲーム専門誌の創刊編集者となる。91年に独立、現在にいたる。著書・共著に『ゲームの大學』『ゲーム業界就職読本』『ゲームの時事問題』など。現在、本連載と連動して「ゲームの未来」について分析・予測する本を執筆中。詳しくは公式ブログもご参照ください。Twitterアカウントは@HisakazuHです。
《平林久和》

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