なぜ人は「バッドエンド」のゲームに惹かれるのか? 神経美学が紐解く、ネガティブな感情が感動に変わる理由【CEDEC2026】 | GameBusiness.jp

なぜ人は「バッドエンド」のゲームに惹かれるのか? 神経美学が紐解く、ネガティブな感情が感動に変わる理由【CEDEC2026】

プレイヤーの感情に訴えるシナリオや演出を考えるうえで大きな手がかりとなるでしょう。

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なぜ人は「バッドエンド」のゲームに惹かれるのか? 神経美学が紐解く、ネガティブな感情が感動に変わる理由【CEDEC2026】
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エンタメにおいては楽しさや美しさだけでなく、悲しみ・恐怖・醜さなど、ネガティブな感情もまた感動へと至る要素となり得ます。しかしなぜ人間にとってマイナスな感情が感動へとつながるのでしょうか? また音楽における無音の演奏パートや、絵画における余白など、「無」もひとつの美として捉えられます。「無」にはどのような価値があるのでしょうか?

2026年7月22日から24日までパシフィコ横浜ノースで開催された、ゲーム開発者向けの国内最大級のカンファレンス「CEDEC2026」では、その疑問を「神経美学」の学問分野で分析。

「泣けるゲーム、静かなゲームの神経美学──美的感情の仕組みをエンタメ設計に活かす」の講演タイトルで、研究に基づいたセッションが実施されました。

登壇者は関西大学で心理学の教授を務める石津智大氏。「神経美学」と「芸術認知科学」が専門分野のエキスパートです。

氏が語る「ネガティブな感情のエンタメでの有効活用法」とは? ゲームのみならず、あらゆるエンタメ分野で活用できるだろうその知見をうかがいました。

まずは自己紹介から。

◆神経美学とは?

神経美学とは、芸術分野に接した際の心の動きを脳科学で解き明かす学問のこと。心理学の実験と、MRIや脳波計などを用いたデータ計測で研究をする、ここ20年ほど研究が続いている新しい分野です。「美的範疇」と呼ばれる定義のもと、美しさ、感動、ユーモアなどさまざまな要素が幅広く含まれますが、同時に悲しみや恐怖といったネガティブな要素もまた美のいち要素として研究しています。

研究の柱となるのは「物理的特徴」「脳・身体反応特徴」「心理的特徴」の3点。「物理的特徴」では、芸術を鑑賞した際の、美に対する主観的な心の状態を研究します。「脳・身体反応特徴」では、脳と身体が芸術に対してどのような反応を示したかを脳波計などを使用してデータ採取します。「心理的特徴」では芸術に接した後に、その人間にどのような心理的効果が生まれ、たとえば人に優しくなったり社会参加に対してポジティブになったりするなど、劇場を出た後の効果を研究します。

これらの研究を行うのが神経美学です。

そもそもなぜ美を研究する必要があるのか? 美は心の中で発生するものなので、それ自体が社会にどのような影響を与えているか分かりません。しかし解き明かすことで経済活動を活性化させることもできますし、面接などで良い印象を与えるなどの効果を得ることもできます。また「善いおこないをする」という社会福祉活動もまた美に含まれるなど、人間からは切っても切り離せない要素です。

◆ネガティブな感情にも美的価値がある

悲しみや醜さは、本来、生物にとっては回避したいネガティブな感情です。しかし人間は悲劇・悲恋・鬱エンドなど、ネガティブな要素にも美的価値を見出し、あえてそれを摂取してきました。そこでネガティブな感情を、どこまで受容できるかについての研究が行われました。

キーポイントは、「混合感情」「心的距離」「仮想の情動」の3つです。

まず「混合感情」とはポジティブな感情とネガティブな感情が入り混じった状態を示すもの。例えば『ロミオとジュリエット』の一節では、有名なバルコニーのシーンで「sweet sorrow」というセリフが登場します。「甘い」と「とても悲しい」という、ポジティブとネガティブが同居するワードであり、「今は別れなければならないけれど、明日また秘密の恋人たちは会うことができる」というシーンに登場するセリフです。

また利他性や自己犠牲の精神もまたポジティブとネガティブが混在する「混合感情」であり、そういった「悲哀の美」を体験させた人たちが社会に戻った際、庇護感を促進するという効果も見られました。つまり優しさが増したと言えるのです。さらに複数の感情が入り混じるほど、美を強く感じる傾向にあることも分かりました。

「混合感情」とはネガティブな感情とポジティブな感情が同居する状態。塩を加えると甘みを増すスイカのような効果です。
実験により、複数の感情が入り混じるほど強く美を感じるとの研究結果が出ました。

それではどの感情とどの感情が効果のある組み合わせなのか?

「悲哀と美しさ」と「恐怖と美しさ」がどちらも高い効果が得られたのに対し、「嫌悪と美しさ」ではあまり効果が出ないとの研究結果が出ました。つまり「嫌悪」は他の要素と混じり辛い要素ということです。ならば「嫌悪」はエンタメでは適さない表現なのでしょうか? 組み込む方法はないのでしょうか?

そこで出番となるのが2番目の要素となる「心的距離」です。

「混合感情」の効果的な組み合わせを試す実験がこちら。

「心的距離」とは自身と情動の間合いを示す言葉。イギリスの美学者エドワード・バロウによると、ネガティブな要素は一定の距離のもとで成立します。近すぎると拒絶の対象になり、遠すぎると効果が薄く、適度な距離を保つことで効果を発揮します。

「嫌悪」も同様で、「心的距離」に基づき、うまく配置することで成立させられると考えられます。

「心的距離」の解説。

3つ目の要素は「仮想の情動」です。当たり前に感じるかもしれませんが、作りものであるから受容できるという考え方です。

現段階の研究では、「観劇によって得られる悲しみと、現実世界での悲しみは性質が異なるのではないか」「観劇によって得られる“美しい悲しみ”はポジティブな情動の一種ではないか」との仮説もあり、今後の研究が待たれるところです。それでも、演出等で適切にデザインされたネガティブな感情は、作品の美や満足度を高める可能性があるのではないかと結論付けていました。

「仮想の情動」の解説。

◆余白の価値を考える

芸術の分野において、余白や「無」も重要な表現のひとつです。

アメリカの音楽家ジョン・ケージが1952年に発表した「4分33秒」は、環境音や観客のざわめきも音楽であるという考えのもと、楽器を演奏しない楽曲として作られました。江戸時代の絵師「酒井抱一」による「月梅図」も背景が余白となった、観る者の想像力に委ねた日本画です。

「酒井抱一」による「月梅図」。

その一方、現代は「タイパ社会」と呼ばれるほど、タイムパフォーマンスに敏感な時代です。無音や余白はただ情報が欠落したかのようにしか見えない人もいることでしょう。

しかし余白に情緒を見出すのが人間であり、AIでは理論的には可能であっても現実的には学習が難しい処理です。

また無音の状態を調査した結果、5秒で演奏が再開されるタイミングがもっとも美しさを感じるとのデータも出ており、一定の時間内なら余白部分を心の中でつなぎとめられるのではないかとの見方も出てきました。

「無」の価値は、AI時代にこそ真価を発するという見方もできるでしょう。

これらの研究により導き出されたのは、ネガティブな感情も、適切に扱えば作品の美や満足度を上げることができるということ。また無音や余白にも価値があることが分かりました。

今後この分野での研究が進めば、さらに有益な応用法が生み出されることでしょう。

「無」は無価値とは言い難い要素です。
《気賀沢 昌志》

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