【注意】以降では『D2』のエンディングに関するネタバレがあります。
『D2』とWARPが締めくくる千年紀の終わり

『D2』の制作は逼迫していたが、その理由のひとつとして本作が抱えたタイムリミットがあった。窪川はこう述べる。
「『D2』はゲームより先に“タイムズスクエアで2000年を迎える”というエンディングムービーがもう決まっていたんです。『D2』ではそこが大事なんですよ。アニメーターも何となくそのエンディングは知っていて。飯野さんは何としてでも年内(1999年)に間に合わせたかったんじゃないですかね」
以下、この時期にリリースされることが「大事」だったという、そのエンディングについて記載する。

『D2』で飛行機事故が起きたのは2000年12月。一連の狂気的状況をもたらした元凶を倒したローラは、大いなる意思に導かれ、2000年を迎える直前の1999年のタイムズスクエアへと飛ぶ。彼女はそこで、飛行機事故が発生してからしばらくの間、自身を守ってくれていた男性・デビッドと再会する。

未来の彼を知るローラに対し、機内で初めて会った時と全く同じ台詞で笑いかけるデビッド。いまの彼はローラを知らない。そんなふたりの間を、ローラの手もとにあった一冊の詩集が取り持つ。

それは事故後、ローラとともに時を過ごしたキンバリーが書いたものだった。デビッドはキンバリーのファンで、その詩に登場する人物とローラがどこか似ていると言う。街に舞い始めた雪を目にし、その場から立ち去ろうとするデビッド。
そこでローラはようやく声を上げた。“デビッド”――彼の名を、彼に向かって呼ぶことができたローラは、足を止めたデビッドを抱き締める。そして時刻は2000年1月1日を迎えた。

こうして『D2』におけるローラの物語は終幕するかのように見える。だがこのあと更なるエンディングが流れる。
「アニメーターはみんな知らなかったんですが、このエンディングの後に実写で地球や人類の歴史のエンディングムービーが流れ始めて。プレイヤーの間でも結構賛否を呼んでいたと思うんですが、2000年を迎えるにあたって、飯野さんは環境問題とかエイズといった社会問題を改めて見直したかったんだろうなと思います。2000年っていうのが、飯野さんの中でも人類の節目というか。そういうのを感じていて実写のムービーを最後に流したんだろうなって。やっぱりアーティストなんですよね」


窪川が言う実写のエンディングとは、恐竜の大量絶滅を描いたCGや映画のワンシーン、記録映像などをコラージュし、地球と人類の歴史を示したものだ。これらの映像は、エンディングに先んじて、ローラのフラッシュバックとしてゲーム中に断片的に現れている。エンディングムービーが終わると、現在の地球や人類の状況を示すテキストが画面上に淡々と示され、スタッフロールに移る。そして最後に現在時刻が表示される。


「エンディングについては知ってましたけど、らしいよね、って感じですかね。あれが入るなら2000年までには絶対発売しなきゃっていうことなんだろうなって、そんな開発寄りのことを考えてましたね」と、林田も当時を振り返る。


一連のムービーは20世紀の締めくくりと、人類の歴史全体への、そして飯野自身をも含めた反省があるようにみえる。実写エンドの最後には、子どもたちの写真が続けざまに表示される。なぜなら彼らが、この歴史を越えて生きていく当時最先端の人類たちだったからだ。ローラが生きていくことを願った2000年以降の世界は、その子どもたちと同じ世界にある。21世紀を迎える直前の、なにかできることはないのか?という問いかけ。私たちはそこから25年を経た地点にいる。


『D2』リリース後の2000年、株式会社ワープは株式会社スーパーワープへと社名を変更(さらに翌年、fytoに社名変更)。飯野と会社はビデオゲームとしばらく距離を置き、その活躍の場を移す。彼がコンシューマーで再びゲームをリリースするのは、その9年後のこと。Wiiダウンロードソフトの『きみとぼくと立体。』を待たねばならなかった。
飯野賢治はゲーム制作に飽きていた?相反するもののはざまで

『D2』はWARP作品のなかでも注目度と規模がともに大きく、これまでの話にもあるように高い技術力を結集して制作された、「大作」と言って差し支えないゲームだ。一方で『D2』に携わったメンバーは全員合わせても30人ほど(リリース時、最終的に動いていたのは20人程度だという)と、WARPの集団としての規模は決して大きいとはいえない。飯野は会社をバンドにたとえていたが、それは現在でいうインディーゲーム的な精神にも近しいものでもある。

インディーからメジャーになりつつあった同社のひとつの象徴である『D2』。それがWARPと飯野に何をもたらしたのか、改めてメンバーに訊ねた。
「『D2』スタート時点はまだ少人数でよかったけれど、途中から人が増えてきて、バンドから会社になって。そのあとは右肩下がりになったという展開だった」と林田は言う。

また林田は他のメンバーたちにこうも投げかけた。
「飯野さんはどのあたりからゲーム作りに飽きたんだと思う?『D2』の途中まではやる気あった気がするけど、あれって飽きてたよね?」
野末は当時の状況をこう評する。「『バイオハザード』など、意識をしたゲームが『D2』は多すぎたのかなって個人的には思いますね。僕が『D2』よりむしろ『エネミー・ゼロ』をリメイクしたいと思うのは、それが理由かもしれない。そこにゲームの楽しさというか、飯野さんオリジナルのテイストや、WARPのスピリッツが入ってるな、って感じてました」

「『D2』の時の飯野さんは細かい仕様を気にするっていうよりも、もうちょっと体験全体を気にしてたような気がします。人が増えて、そういうところは任せようって思ったんじゃないですか。僕は、よく飯野さんがウクレレ持って夜中に徘徊してたのを思い出します」

窪川はこう答えた。「会社の段階的にもメジャーのほうに向かわなきゃいけない。飯野さんにも相当なプレッシャーはあったと思いますね。飯野さんってグルーヴ感をプロデュースする天才だと思うんですよ。でも大作のゲームとグルーヴ感を共有するプロデュースするのって、うまく入れ込むことができてなかったのかな、と思います。もう少し尖ったゲーム、飯野さんが作りたいゲームを作っていった方が良かったんじゃないかなとは思いますよね」

「飯野さんって、ウクレレ弾きながら来て他人の席で他人のタバコを吸うのが好きだったじゃないですか。途中で飽きちゃったっていうのは、私もちょっとわかってて。こちらが担当した仕事に対してのチェックの熱量がそんなに無いというか、“うん、いいんじゃないの”ぐらいな。終わらせることに集中していたというか。『D2』の規模感がWARPの体制や飯野さんの資質と含めて、合っていなかったじゃないかなと個人的には思います」
一方で林田は「プログラマーにはチェックで結構しつこく言っていましたけどね」とアニメーター側とプログラマーとで印象が異なっていたことを語った。

「ずっと前、EIM(WARPの前身となる会社)時代の話になるけど、“ゲームを作るのと広告を作るのどっちが好きなの?”って飯野さんに訊いたら“五分五分”って答えてて。半分ゲーム、半分広告。でもそれが結構WARPの成功に繋がっていた。その途中で軸足が広告に寄っちゃったのかなっていうのはあるんです。飯野さんってパーティーとか配信とか、イベントが好きだったじゃないですか。考えの半分がそれだから、うまくいったところもあるし、うまくいかなかったところもあるという印象がある」と、飯野のなかにある「ゲーム」と「広告」のバランスのズレが『D2』で起こり、自家中毒的に悩みを生み出していた状況を指摘した。
座談会に参加したメンバーの誰もが、当時の飯野が経営者とクリエイターの間で悩んでいたことに肯く。しかしそんな悩みのさなかでも、飯野は「ゲーム」を忘れていたわけではなかったようだ。

「飯野さんと俺ともうひとり、終電を逃してカラオケに行ったことがあって。そしたら普通に選曲番号入れるのは禁止で、気持ちで数字を入れるみたいな(笑)。それで知らない歌を色々アドリブで歌わされて……。でもそれで、意外とイケんだ!みたいな気づきがある。そういう音楽の楽しみ方をしてるというか」と、飯野に仕掛けられた「ゲーム」を菅村は語る。

「飯野さんって、常に何でもゲームにしようとしますよね。旅行先でも罰ゲームとかすごかったじゃないですか。ある社員に“飯野さんが出張行くんだけど名刺忘れたって言ってる。一応空港の中に入るかもしれないからパスポート持ってってね”って、届けに行かせて。そしたら全社員が待っててそのままロサンゼルスに行ったとか。今だったらヤバいやつですけど、飯野さんは必ずゲームにするとか、なにか面白くするような工夫をしてましたね。ついていけない人には、ちょっと辛いでしょうけど」と野末も続けた。

当時の飯野は『D2』の脚本執筆のためにホテルに籠っていた。そこでWARPメンバーたちに仕掛けられた「ゲーム」について林田が明かす。「夜中に六本木のホテルの会議室にみんなで呼ばれて、行ってみたら飯野さんは居なくて、全員の席に“ゴミン”って紙が置いてあって……スカを引いたっていう。シナリオ作るほうも大変だろうけどね」

こうした飯野の行動の一端には、自身に掛かるプレッシャーへの息抜きとしての面も少なからずあったのかもしれない。ただ、飯野にとって「ゲーム」とは、何もないと思われていたものに新たな意味づけをすることや、そこに誰かを(時には自分をも)巻き込んで驚き・楽しみを与えること、そうした一連を指していたのかもしれない。前回の『エネミー・ゼロ』座談会の元メンバーによる話や、飯野が残した発言をみていると、筆者にはそのように思えてならない。
“僕はこれからゲームを論評する人はたとえば「ゲームの新しい遊び方」みたいなのを提唱してくれるようにしたらいいのになって気がするんだ。
ひとつ例をあげると、僕はセガの『バーチャコップ』というゲームが好きなわけ。
ガンマンの映画が大好きだからね。ロドリゲスの『デスペラード』とか。で、僕はその『バーチャコップ』で使う光線銃を一丁じゃなくて二丁買うわけ。
それで、一人で二人プレイをやる。銃を二丁持って手をクロスしたりして両手でバンバン撃つ。そうすれば、気分はもうアントニオ・バンデラスだよ。
そういう遊び方をすればただでさえおもしろい『バーチャコップ』がさらにすげえおもしろくなるのね。メチャメチャにカッコいいし。
これからのゲームについて語る人は、できればそういうゲームの新しい遊び方を僕らに教えてくれないかな。そっちのほうが文章を読んでいるユーザーの人は楽しいと思うし、ゲームをつくっている側にとっても励みになるよ。”(1)
翻って『D2』は飯野にとって「ゲーム」だったのだろうか。ここには『D2』のシステム面がいかにゲーム的か、ということとはあまり関係がない。むしろ『D2』はローラ三部作のなかでも遊びやすく、一般的に言ってゲームらしいゲームだろう。
だが、本作は飯野とWARPがこれまで作り出してきた「ゲーム」以上に、より広告性の強い作品だったのではないか。そして『D2』は結果的に、当時の飯野が人々に対して広くメッセージを伝えるためのメディアとなった。ものづくりにおいて大切なのはメッセージであると、飯野は著書でも発言していた。だからといって彼のメッセージが、必ずしも「ゲーム」という形をとるとは限らない。
しかしそれでも『D2』は「ゲーム」という形をとった。そんな矛盾こそ『D2』なのだ。

これまで「ゲーム」というメディアで描こうとしてきたものと、人々が期待し今まさに自分たちが作りつつある「ゲーム」との間に生じたズレ、メジャーになり「バンド」から会社に変わりつつあるWARP、そしてクリエイターと経営者のはざまにある自分自身。『D2』制作時の飯野が感じていたのは、それらの矛盾によって生じる衝突、あるいは引き裂かれていくような苦しみだったのかもしれない。
そうしたアンビバレントな空気感は、『D2』を実際にプレイしてみれば十分に感じ取れるはずだ。

サイケデリックかつスピリチュアルで心理学的なモチーフのある、世紀末の空気感が強い『D2』。そのシナリオの背後には、生と死、終わりと始まり、上昇と下降、反省と展望、宇宙と地球といった二元論的な力の衝突がある。

セクシャルとバイオレンスの演出は前二作より過激かつ直接的になった。一方でゲームの難度は高くなく、これまでの作品にあったような時間制限・アイテム使用回数制限はほぼ取り去られている。飯野が前作『エネミー・ゼロ』では難易度低下のアドバイスを聞き入れなかったこと(2)はよく知られているが、対して『D2』は誰しもがクリアに到達できそうなほど緩和されている。そこにもどこか裏腹なものがあるように感じられる。

なにより、最後のボス・シャドウの演出はそれが最も露わになる瞬間だ。前二作で敵対してきた者たちとは異質な、ふと可笑しさを覚えてしまうような大仰で尊大な台詞回し。外見こそグロテスクで奇怪だが、その言葉や行為とのギャップにシャドウの威厳は上滑りしていく。『D2』はエンカウントで遭遇する敵からボスキャラクターまで、いずれも気味悪さだけではない、どこかユーモラスさを感じさせる動作と台詞を持っている。
本作の台詞を担当した脚本家・坂元裕二は、書籍の中で以下のように語っている。
“最初のボスキャラクター、スチュワーデスのシーンがすべてを決めましたね。あれは狂っているというより、笑える怖さ。あのキャラクターとセリフを見た瞬間に、ああ、今回はコレでいくんだと納得がいきました。それまで、ほかのキャラクターはおとなしかったんだけど、全部スチュワーデスのテイストにそろえたんです。”(3)
そしてシャドウが異常な激昂をみせながら使う技は、視界を奪う・聴覚を消し去るなど、どれも過去のWARP作品を自己言及したような技だ。

だがそれはプレイヤーをなにひとつ苦しめはしない。シャドウはまったく強敵ではないのだ。暗転し、何も聞こえなくなった画面を前に、プレイヤーはただボタンを押下し続けるだけでいい。時折、攻撃を受けてヒットポイントが減るが、特段大したダメージでもない。それとは裏腹に、戦闘の合間のカットシーンでローラは苦悶している。

こうしてプレイヤーとローラは切り離される。そこにはまるでシュールなコントでもみているような奇妙さがある。普通、最後の戦いといえば、プレイヤーとキャラクターの一体感が重要となるはずなのだ。それは過去2作でも非常に上手く表現されてきた。しかし『D2』は、なぜかここで冷や水を浴びせかけ、プレイヤーとローラお互いの感覚を奪い、ゲームを無意味にしてしまう。
しかしそれは、感覚することへの問いかけであり、プレイヤーとローラがふたたび重なるまでの前フリなのだ。暗転した画面のなかで聴こえてくるデビッドからのメッセージ。導かれるままに私たちがコンパクトを開けば、そこには一輪の「花」が映る。その「花」を前にしたシャドウは、苦悶し、ただの標的となる。時を待たずシャドウは死ぬ。

この演出は考え抜いた末のものであったのだろう。だがそれと同時にある種の開き直りと、限界があったことを隠していない。座談会で語られたことを思えば、その先にあるエンディングムービーがメッセージの本体ということになる。しかしローラとプレイヤーが一度切り離されるという経路があればこそ、そのメッセージはただ俯瞰的に知るだけでも、主観的に経験するだけでもないものになる。

WARPの最終作であるとともに、千年紀の終わりに生まれた本作。それは1990年台に一世を風靡したWARPと、飯野賢治のひとつの臨界点といえる。『Dの食卓』のヒット以降、大きくなる規模と期待、減衰していくビデオゲームへの熱情と個性。そのふたつの衝突地点に『D2』という作品は生まれたのだ。

「『D2』をプレイされた方はどう感じたんですかね?」と座談会の終わり、野末はインタビュアーたちに問いかけた。
その問いに対して、いまここで筆者自身のことを述べさせてもらいたい。かつて本作のエンディングをみた筆者は、しばらくの間放心した。そしていますぐ誰かに『D2』のことを伝えねばと思い、具体的な言葉もないままに筆をとっていた。いまもそれをしている。
プレイヤーたちは『D2』からどんなメッセージを受け取り、それを受けて何を発したのか。今回のレコード化と座談会を機に、ふたたび思い出してみてほしい。
レコードで再生する『D2』の音楽

座談会中にウクレレの話が飛び出したように、WARPのオフィスには楽器があり、飯野がキーボードで演奏している姿はWARP社内でもよく見られた光景だったようだ。かつて飯野が使っていたキーボードやサキソフォン、そうした楽器の一部はいま、メンバーたちの手もとに残されているという。
音楽に造詣が深く、またゲームのサウンドに力を入れていたことで知られる飯野。そんな飯野自身の手で作曲が行われた『D2』の音楽が、今回レコード化を果たす。それが「KENJI ENO 55: D2 Best Selection」だ。




製品情報
商品名 KENJI ENO 55: D2 Best Selection
発売日時 2025年11月25日 午後23時(予約販売開始)
仕様 12インチアナログレコードLP3枚組
価格 £59.99(約12,000円+送料+税)
発売・販売元:LOST IN CULT RECORDS
トラックリスト
「Dの食卓2 イメージアルバム Scenes」より全曲収録
1. Sketch #1 ~ Main Theme
2. Rhythm Sketch #1
3. Sketch #2 ~ Snow Theme
4. Rhythm Sketch #2
5. Sketch #3 ~ Morning Theme
6. Rhythm Sketch #3
7. Sketch #4 ~ Love Theme
8. Rhythm Sketch #4
9. Sketch #5 ~ Fear Theme
10. Rhythm Sketch #5
11. Secret Track (D2 Scenesより)
「Dの食卓2 イメージアルバム Scenes 2」より全曲収録
1. Main Theme (Piano Version)
2. Rhythm Sketch #6 ~ Interlude 1
3. Sketch #6 ~ Theme of “White”
4. Rhythm Sketch #7 ~ Interlude 2
5. Sketch #7 ~ Theme of “Gray”
6. Rhythm Sketch #8 ~ Interlude 3
7. Sketch #8 ~ Theme of “Red”
8. Rhythm Sketch #9 ~ Interlude 4
9. Sketch #9 ~ Theme of “Green”
10. Rhythm Sketch #10 ~ Interlude 5
11. Sketch #10 ~ Theme of “Black”
12. Rhythm Sketch #11 ~ Interlude 6
13. Secret Track (D2 Scenes 2 より)
「Dの食卓2 オリジナルサウンドトラック」よりセレクト収録
1. distraction #1
2. disprove #5
3. disprove #11
4. disprove #13
5. disprove #15
本作のサウンドは各種デジタル音楽配信でも聴くことができる。配信中の『Dの食卓2 サウンドトラック』はおもにゲームプレイ中に流れる音楽を収録、『Dの食卓2 イメージアルバム』は『D2』のイメージを音楽で表現したもので、ゲーム内のカットシーンやムービーに楽曲が使用されている。『D2』サウンドが、いまレコードでよみがえる。この機会にぜひチェックしてみてほしい。

参考文献/引用元
「ゲーム」 星海社 電子書籍版 293-294p
遠藤雅伸氏の公式blog「ゲームの神様」より
「D2読本 Dの食卓2 -Deep File-」双葉社/レッカ社 96p









