「ゲームにとっての究極のボスは何だろう?」――Google DeepMindとの研究提携
――では、Google DeepMindとのパートナーシップについて伺います。この提携はどのような経緯で実現したのでしょうか。また、Google DeepMindはFenrisのどのような点に魅力を感じ、提携に至ったのだとお考えですか。
ヒルマー:DeepMind共同創業者兼CEOのデミス・ハサビス氏とは長い付き合いで、おそらく10年ほどになります。実は2017年に、いわば「AlphaEVE」を作るという構想について、ハイレベルなミーティングをしたことがあるんです。当時の彼らはAlphaGoを作り、その後AlphaFoldや、『StarCraft II』をプレイするAlphaStarを開発していました。そのころ私とデミスは、こんなことを話し合ったんです。「あらゆるゲームの中で、究極のボスは何だろう?」と。それは明らかに『EVE Online』です。史上最大で、最も難しく、最も複雑なゲームですから。

そして昨年、ロンドンのカンファレンスでデミスと再会して、この構想が再び動き出しました。いまやAIは、『EVE』に挑めるほど強くなった。そう感じられるタイミングだったんです。このパートナーシップの主眼はAI研究です。そして同時に、『EVE』というゲームをより深く理解することでもあります。
私が強くインスパイアされているのは、囲碁で起きたことです。DeepMindはAlphaGoを作り、韓国に赴いてイ・セドル九段と対局し、あの「37手目」を放って勝利しました。次に彼らが作ったAlphaZeroは、人間の棋譜データを一切使わず、自己対局だけで囲碁を学びました。そして、囲碁というゲームは永遠に変わったんです。人類が3000年打ち続けてきたゲームが、AlphaGoとAlphaZeroを経て、戦略も打ち方も違う「別のゲーム」になり、しかも、かつてないほどの人気を集めている。DeepMindはAIを強くし、囲碁というゲームそのものも、すべての人にとってより面白いものになった。両方が得をしたわけです。
現在、Google DeepMind向けに、ライブサービス中のゲームとは切り離した、EVEの技術を活用した「プライベート・プレイグラウンド(研究環境)」を用意しています。この環境では、DeepMindのAIエージェントがEVEをプレイし、その遊び方を学習するとともに、同じ環境でプレイしているほかのAIエージェントとの相互作用についても学習しているのです。
『EVE』をプレイするために、AIが学ばなければならないことは山ほどあります。囲碁や『StarCraft』の対戦には始まりと終わりがあり、勝者がいます。でも『EVE Online』は23年間続いていて、いまだ誰も『EVE Online』に「勝って」いません。『EVE』は勝つためにプレイするゲームというより、「生きる人生」に近いんです。不完全な情報、長期的な計画、そしてAIにとって非常に難しい「記憶」の問題。世界は絶えず変化し続けるので、世界を学び直し続けることも求められます。AI研究として実にエキサイティングなテーマの数々です。それと同時に、37手目やAlphaZeroが囲碁にもたらしたもののように、AIがプレイを学ぶ過程を通じて、我々自身が『EVE Online』についてもっと多くを学べるはずなんです。
――お話を聞いていて気になったんですが、『EVE Online』はもう、おそらくヒルマーさんにも制御できないユニバースになっていますよね。それを研究対象として差し出して、AIに学ばせていくのは、"親"としてはどういう感覚なんですか?ワクワクするものなのか、それとも複雑なのか。
ヒルマー:実は『EVE Online』を、子どものようには考えていません。どちらかと言えば「有機体」でしょうか。それもかなり複雑な有機体で、ほとんどサイボーグのようなものです。コンピューター群とコードがあり、開発チームがいて、マーケティングチームがいて、そして何百万人ものプレイヤーがいる。それらすべてが極めて複雑な力学で結びついていて、多くの意味で、ゲームというより「都市」に近い。
東京を想像してみてください。東京とは何でしょう? ビルがあり、電車があり、人々がいて、配管があり、電気がある。無数の複雑な関係、経済、統治構造、無数の企業と店。巨大な生態系です。我々がいま座っているこの街は、おそらく世界最大の都市で、その大きさは想像を絶します。つまり『EVE』は子どもというより、東京なんですよ。すごいでしょう。

それで、もし私が東京都知事だったら、東京をもっと深く理解し、もっとうまく運営するために、AIの助けが欲しいと思うはずです。予算はどこに優先配分すべきか。何が本当の問題で、何がただの感情論なのか。東京のどのエリアに、最も手当てが必要なのか。東京都知事になったところを想像すると、頭が爆発しそうです。『EVE Online』に取り組んでいると、まさにそういう気分になります。やるべきこと、優先すべきこと、理解すべきことが多すぎる。
私は『EVE』について多くを知っていますが、私よりさらに詳しい人たちもいて、どうにかして「EVEとは何か」について合意に至る必要がある。だからGoogle DeepMindの超強力なAIが、この仕事をより効率的に、より良くして、『EVE』の可能性をさらに広げる手助けをしてくれる時代を、心待ちにしているんです。
AIは「顕微鏡と望遠鏡に続く、新しい装置」
――ちなみにヒルマーさん自身は、AIに対してどういう評価をしているんでしょう。人類を助けるものなのか、それとも何なのか。……漠然とした質問で恐縮ですが(笑)。
ヒルマー:我々は「AI」という言葉を、とても広い意味で使っていますよね。大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)、強化学習、ニューラルネットワーク……多様な技術と手法をひとまとめにした呼び名です。だから、いくつかの捉え方があります。
大規模言語モデルについて言えば、あれは人類の全知識に対する検索エンジン、いわば「索引」を作るようなものです。かつて我々は、何かを調べるためにGoogle検索をしていました。いまは人類の知識を圧縮したものがスマホやPCに入っていて、何でも説明してもらえる。これは魔法のようなことです。私は量子力学の愛好家なんですが――物理学の学位はなくて、あるのは計算機科学の学位です。でも量子力学はあまりに奇妙で、学ぶのが大好きなんです――いまや私には、量子力学を教えてくれる"先生"がいる。ゲームの世界観(ロア)作りにも、よく使っていますよ。それに言語モデルは、偶然にも、プログラミングが得意です。ゲーム制作で時間がかかるのはまさにそこですから、価値を生み出して届けるまでの時間を短縮できるのは良いことです。

もう少し深いところを、計算機科学者として話すと、コンピューターは昔から「曖昧さ」の扱いが非常に苦手です。曖昧さに対処させようとするたびに、コンピューターはつまずく。そういうプログラムを書くのは本当に難しいんです。ところが、隣接するデータでニューラルネットワークを訓練することで、曖昧さに対処する能力を獲得させられるようになった。曖昧さへの対処というのは本質的に非決定論的で、そして人間にとっては普通、決定論的なものより非決定論的なもののほうがずっと面白い。曖昧さに対処し、非決定性の中で創造し、起こりそうにない結果を生み出す。「コンピューターにやってほしいことをやらせる」ための新しい方法を、我々はいくつも手に入れつつあるんです。これらが全部まとめて「AI」と呼ばれている、というのが実際のところでしょう。
2024年のノーベル賞を見てください。デミスがAlphaFoldで受賞したのは化学賞ですが、同じ年の物理学賞は、物理学とニューラルネットワークの間のアナロジーに関するものでした。我々はいま、世界について何か深いことを発見しつつあるのだと思います。そして人間の脳だけでは、それらを解き明かすには力が足りない。小さなものを見るために顕微鏡が必要で、大きなものを見るために望遠鏡が必要だったように、いま我々は、世界の複雑な物事を理解するための新しい装置を手に入れたんです。
長期的には、良いことだと思います。短期的には、あまりに速く進んでいるがゆえに、大きな混乱を伴うでしょう。私自身、それを感じています。人生でいまほど働いたことはない、と感じるくらいです。『EVE Online』を作ったときも必死に働きましたが、いまは世界で起きていることについていくだけでも大変ですから。それでも、長期的には良いものになるはずです。
――いまの話に紐づけると、ゲームエンジンもどんどんMCPに対応して、自然言語でゲームが作れるようになってきています。極端に言えば、何もわからなくてもエージェントが勝手にゲームを作っていく時代が徐々に来る、と。さっき「短期的には大きな混乱がある」という話でしたが、ゲームの作り方や、それこそ遊び方も変わっていくと考えていますか?
ヒルマー:ええ、変わると思います。ただ、すぐにではないでしょう。ゲーム作りは非常に複雑で、とりわけ「良いゲーム」を作るのは大変です。ゲームを「作ること」自体は、UnrealやUnity、Steamや『Roblox』のおかげで、もう難しいことではなくなりました。今日ではほとんど誰でもゲームを作れます。モバイルでは1日およそ1000本、おそらくもっと多くのゲームがリリースされていて、Steamでは昨年、2万本近くがリリースされました。しかもこれはAI以前の話です。ただ人間が作っているだけで、この数なんです。

その一方で「良いゲームを作ること」は、むしろ難しくなり続けています。過去20年間にあまりに多くの良いゲームが作られたので、その蓄積されたカタログすべてと競争することになるからです。10年前の傑作は、いま遊んでも傑作ですからね。「そこそこのゲーム」は世の中に溢れていて、良いゲームのハードルはどんどん上がっている。我々は「良いゲームとは本当は何なのか」を、もっと突き詰める必要があると思います。
いま利用可能になりつつあるツール群は、その助けになるでしょう。でも、魔法の解決策ではありません。誰かがプロンプトから、どこかで見たようなゲームを生成できたとして、そんなゲームを遊びたい人はいないんです。それは昨年の時点で、すでにはっきりしています。昨年Steamでリリースされたゲームの4割ほどは、100ドルの出品料に満たない売り上げしか上げられなかったと言われているんですから。
過去の名作カタログと競い、『EVE Online』や『フォートナイト』『Roblox』『マインクラフト』のようなライブサービスゲームと競う。そこへ来て、何に使えばいいのか誰もまだわかっていない、めちゃくちゃに強力な新しいツールが、それこそ作られながら次々と登場している。ゲームにとって非常にチャレンジングな世界です。同時に、非常にエキサイティングでもある。ゲームは昔から、技術革新の最前線であり続けてきましたから。だからこそ、Google DeepMindとの研究パートナーシップには大きな期待を寄せています。新しい章、いや、新しい始まりのように感じています。「Second Genesis(第二の創世記)」ですね。
※『EVE Online』の初期の正式名称は『EVE Online: The Second Genesis』だった。
――今回の提携の意味を、もう少し広く捉えて確認させてください。『EVE』でAIに研究をさせて、その成果を開発に還元するというより、DeepMindがAIのレベルそのものを引き上げていく方向のパートナーシップ、という理解でいいんでしょうか。
ヒルマー:こういうことです。『EVE』は人間にとって難しいゲームです。プレイするには非常に賢く、非常に打たれ強く、そして断固としていなければならない。地球上でも一握りの人々にしかプレイできない、要求の厳しいゲームです。そしてそれは、AIにとってもまったく同じなんです。『EVE Online』は、AIがプレイするにも非常に難しい。つまりAIは、『EVE』をプレイするために、もっと賢く、もっと強くならなければならない。

AIはチェスをプレイするために、Deep Blueで強くなる必要がありました。囲碁のためにAlphaGoとAlphaZeroで、『StarCraft』のためにAlphaStarで強くなる必要があった。そして次に来るのが『EVE Online』――ゲームの中でも、AIにとって"ラスボス"ともいえる存在です。AIを強くする方法を見つけ出すための遊び場としては、他に類のないものですよ。そしてAlphaZeroが囲碁の新しい姿を解き放ったように、我々も『EVE』についてもっと多くを学ぶことになる。東京都知事に"超頭脳"のサポートがつけば、東京はもっと良い街になるに決まっています。同じことが『EVE』にも起きるはずです。







