2026年6月18日、東京ビッグサイトで開催された第19回 コンテンツ東京のセミナーの会場に、「AI時代に人の心を動かすブランド設計と広告戦略の実践論」と題されたセッションが設けられました。
KDDI ブランド・コミュニケーション本部長の合澤智子氏、ファンベースカンパニー取締役会長の佐藤尚之氏、そしてThe Breakthrough Company GO代表取締役CEOの三浦崇宏氏の3名が登壇。企業マーケターとクリエイティブディレクター、それぞれの立場が交差するセッションは、「AIが当たり前になった世界でブランドとは何か」という問いから始まりました。

「AIを活用して制作しました」は既に古臭く感じる時代
合澤氏は冒頭、KDDIが社内で使っている「AI前提時代」という言葉について紹介しました。

3Gから4G、5Gと通信技術が進化してきたKDDIでは、次を「6GとAIの時代」と定義している。「AIを使う時代」ではなく、「AIが当たり前になる時代」という意味だ。その変化は既に始まっていると合澤氏は語ります。
KDDIは2024年1月の三太郎お正月CMでAI生成映像を使いました。当時は「AIを活用して制作しました」がニュースになる時代で、業界でも先手を打った事例として注目されました。しかし結果は賛否両論でした。「お客様からは、毎年恒例の三太郎ファミリーが出演しているCMがみたかった!という声もいただきました」と合澤氏は振り返りました。
2、3年で状況は変わりました。スピーチや動画に「AIで考えました」と敢えて、そこにフィーチャーする事が古臭く感じると合澤氏は観察しています。
AIが当たり前になったとき、差がつくのは何か。合澤氏はそれを「AIで壊されにくい価値」と表現します。その一つとして挙げたのが、ブランドでした。
「何か予期せぬ事態が発生しても、ブランドがしっかりしている事で、簡単に崩れたりしない。ブランドがしっかりしていて、お客さまとの信頼関係が構築できていれば、時には応援するよ、と言われることもある」と述べ、ブランドは企業とステークホルダーとの信頼関係の蓄積だと説明しています。
三浦氏は司会として場を整理しながら、自らの見方も混じえました。「AIのツールを使える人よりも、人にしかできない判断ができる人が重要になる」。クリエイティブにおいてAIにできることが増えていく中で、「何かを新しく意味づけし、文化的な文脈と接続させることが人間の側に残る」と述べました。
「AIルート」と「ファンルート」 佐藤尚之氏が示した2つの戦略
佐藤氏は「AIが変えるのは生活者の買い物の仕方だ」という切り口で「我々の仕事は人に伝える仕事です。生活者がどう変わるかを考えなければ何も意味がありません」とプレゼンを始めました。

佐藤氏が会場に問いかけました。「膝が痛いんだけど、膝に優しいランニングシューズはどれがいいか」とAIに聞けば、AIは3つしか示しません。「100個あったら、95個はAIに選ばれません。どんな広告をしようが、どんなブランドを訴えようが、生活者の目に入ってこない」。
この変化を佐藤氏は「B2A with C」と表現しました。企業(B)が生活者(C)に直接伝えるのではなく、AI(A)が企業の情報を読み込んだ上で生活者に提示する構図です。AIDMAのような購買ファネルの全段階を、AIが代替する可能性があると説明しています。
ではどうすればAIに選ばれるか。佐藤氏が挙げたのは、口コミやレビューの評価を高めること、そして企業活動を誠実に積み重ねることです。「AIはあらゆる情報を読み込んでいます。表面的にハックしてもダメで、結局、企業活動をかなり愚直に誠実にやっていかないと選ばれない」。
次に示したのが、AIに選ばれない95個のブランドに残る唯一の道でした。「どんなことをAIが言おうが、俺はナイキを買いたいんだ」という指名買いです。佐藤氏はこれを「ファンルート」と呼びます。「これはもう、AIがどう言おうと、好きという感情です。共感とか愛着とか信頼とか。これは論理では変えられない」と語ります。
佐藤氏が長年提唱するファンベースマーケティングが、AI時代に改めて意味を持つとの主張です。ファンが喜ぶ施策は口コミを生み、口コミはレビューを増やし、レビューはAIの評価を上げます。「AIルート」と「ファンルート」は一見別々に見えて、実は相互に強化し合う構造を持っています。
KDDIの実践 ブランドマネジメントと組織設計
合澤氏は、ブランド・コミュニケーション本部について、ブランドを「お客さまに伝える」だけではなく、「ブランドを作っていく」組織でありたいと語りました。合澤氏は2026年4月より同本部の本部長を務めています。AI前提時代において、KDDIが何を大切にし、どのような価値を届けていくのかを、社内外に伝えるだけでなく、ブランドそのものを形づくる役割を担っていく考えです。
このタイミングでKDDIは、新ブランドスローガン「Spark Your Journey」を掲げました。社内で若手から管理職まで集めてワークショップを重ね、AI前提時代に自分たちの強みと向かう先を議論した末に出てきた言葉だということです。
ステートメントの核心は「すべてのテクノロジーと品質は人を輝かせるために存在する」という一節です。「AIがネガティブなトーンで語られることが多い中で、ポジティブな側面に光を当てる意思決定です」と合澤氏は述べました。iPhoneやインターネットがそうだったように、AIも人々の生活を豊かにするものとして捉える姿勢を、ブランドの言葉として明示したものです。
クリエイティブの本質は「人の心を動かすこと」
三浦氏が著書「言語化力 言葉にできれば人生は変わる」に込めたように、クリエイティブの本質を「状況や感情を言葉に変換し、人を動かすこと」と捉えています。

ディスカッションの中で三浦氏が持ち出したのが「感情労働」という概念でした。情報を整理する「情報労働」、物理的に作業する「物理労働」については、AIやロボットへの代替が進みます。だが顧客との関係で感情が動く場面は、人間に残ります。
三浦氏は挨拶回りの例で説明しました。「若手営業が先輩に『なんでオンラインじゃダメなんですか』と聞いた。先輩はうまく答えられなかった」。オンライン会議で担当者交代の挨拶をすれば、情報は伝わります。だが実際に訪問した際の「すごい大声で挨拶してくれた、漫画の話をしてくれた、あいつ可愛いな」という記憶は、オンラインでは生まれません。「それが感情労働です」と三浦氏は言いました。
「記憶に残すだけじゃなくて、思い出を作るみたいなところに、自分の仕事のトリガーを変えていくといい」という三浦氏の言葉は、クリエイターへの問いかけであると同時に、ブランド担当者へのものでもありました。
さらに三浦氏は「Out of Browser(画面の外)」というキーワードを使いました。インターネット上のあらゆる情報はAIにクローリングされ意思決定の素材になりますが、リアルな場での体験はその外にあります。「スニーカーショップで店員に選んでもらった体験」が、後の購買行動を変えます。THE CREATIVE ACADEMYでクリエイターの育成に携わる三浦氏は、「次世代のクリエイターが身につけるべき力」もプロンプトの書き方よりも、こうした体験を設計する感覚だと考えています。
3者の対話 AI時代に変わることと変わらないこと
セッションの後半では合澤氏・佐藤氏・三浦氏の3者のクロストークが活発化しました。
三浦氏はファンを育てることとPLの関係を整理しました。スポーツスポンサーシップのような活動は、単年度の売上には直結しにくいです。「短期的には非合理だが、長期的には合理的になっていく。その積み重ねがブランドになっていく」と説明しています。
佐藤氏はスキルとWILL(意志)の関係を論じました。AIの普及でスキルの価値が下がる一方、WILLの価値が上がるという時代認識です。「プロンプトの書き方を学ぶより、自分は何をしたいのかという問いに向き合う方が重要だと思っています。自分の中に生まれるときめきに耳を澄ませること、それがすごく大事な時代になってくる」と佐藤氏は言いました。
合澤氏は「揺らがないもの」という言葉を使いました。テクノロジーが変わり、企業本質に根差した意思決定の積み重ねがブランドになっていきます。変化の速い時代だからこそ、変わらない軸を持っておくことが企業の強さになるという考え方です。
AIが多くのクリエイティブを量産し、情報があふれる時代に、「届くブランド」と「届かないブランド」の差はどこで生まれるのか。3名の議論が収束していったのは「設計の差」という点でした。何を伝えたいか、誰に伝えたいか、なぜその言葉なのか。AIにできるのはその「形」を作ることですが、形の前にある「意図」と「文脈」は人間が持ち込まなければなりません。
三浦氏は最後にこう整理しました。自社のビジネスがAIルートとファンルートのどちらに向いているかを考え、ファンルートを選ぶなら「インターネットの画面の外にあるものを資産として使っていく」こと。そして「単なる世界観づくりだけじゃなくて、感情を動かしていく、思いを起こしていくようなことをしていく」ことが、これからのブランド作りのヒントになると述べました。
おわりに
このセッションが示したのは、「AI対人間」という対立軸ではなく、「AIを使いこなしながら、それでも人の心に届くことを諦めない」という姿勢でした。合澤氏が語ったKDDIの組織的な取り組みも、佐藤氏が整理した2ルートの戦略も、三浦氏が問い続けるクリエイティブの本質も、いずれも「技術よりも先にブランドの意図を設計する」という共通の地盤に立っていました。
情報があふれる時代に届くブランドを作ることは、以前より難しいです。しかしそれは同時に、本物の設計思想を持つブランドが際立つ時代でもあります。
3者の対談からは、立場や出発点こそ違いますが、「人の心を動かす」ことの本質については共通の認識を持っているように見えました。







