2026年4月28日、Facepunch Studiosはゲーム制作プラットフォーム『s&box』をPC(Steam)向けにリリースしました。
本作は、20年にわたってSteamのサンドボックスゲームを支えてきた『Garry’s Mod』(「GMod」とも称される)の開発者が送り出す精神的後継作であり、より進化したサンドボックスのゲームプレイと高機能なゲームエンジン、それによって作られたユーザー生成コンテンツが売りとなっています。
さっそく本作の紹介に入りたいのですが、本作について知る前に『Garry’s Mod』について軽く振り返っておきましょう。前作のことを知らずに本作を語ることはできないからです。
そもそも『Garry’s Mod』とは?
『Garry’s Mod』とは、Garry Newmanさんが作った『Half-Life 2』のModです。Valve社が開発、2004年に発売した『Half-Life 2』は同社のゲームエンジン『Source Engine』で開発されており、低負荷でありながら美麗なビジュアル、現代から見ても目をみはる物理演算、高機能なAI(NPCの挙動)といった2004年当時もっとも高度で柔軟性にあふれたシステムを持っていました。
このSource Engineの高機能さをサンドボックスとしてプレイヤーが自由に遊べるModにし、普及に成功させたのが2004年のGarryさんでした。GarryさんのMod(つまり『Garry's Mod』)はそのあまりの人気ぶりから、2006年にはValveとの契約を経て1本の独立したゲームとしてリリースされることになります。GarryさんはFacepunch Studiosの創業者として『Garry’s Mod』を20年アップデートしつづけるほか、2013年にはマルチプレイサバイバルゲーム『Rust』をアーリーアクセス黎明期にリリースするなど、Steamの歴史と共に歩んできています。
2015年、Garryさんは『Garry’s Mod』の後継作を開発中であることを発表しました。2017年に初公開されたプロトタイプはUnreal Engine 4製でしたが、2020年に開発を中断、2021年にはゲームエンジンをSource 2 Engineに変えて作り直すことを発表しました。2023年からクローズドのベータテストがはじまり、2026年にようやく一般向けリリースとなります。
『s&box』を起動すると、アバターのクリエイトから始まります。ソーセージ状のアバターは「Citizen」、リアル調のアバターは「Citizen_Human」と呼ばれており、任意で切り替え可能ではあるものの基本はCitizenが中心です。


また、アバターのコスチュームの現金による販売も実施されています。

『s&box』のサンドボックス
『Garry’s Mod』といえばサンドボックスであり、『s&box』(s+and+box)でもタイトル通りサンドボックスモードは存在します。サンドボックスとは、ゲームのオブジェクトを好きに組み合わせて遊ぶモードです。椅子にタイヤをくっつけることで疑似的な車に仕立てあげたり、その椅子の後ろにジェット噴射をつけて無茶苦茶なスピードで走らせたり、車になんらかのオブジェクトをロープでくくりつけて引きずりまわしたりできます。

『Garry’s Mod』でおなじみのギミックやPhysics Gun、Tool Gunといった道具、操作形態はほぼそのままs&boxに引き継がれていて、経験者はすぐになじめるでしょう。明確な改善点はModの取り扱いが便利になったことです。『Garry's Mod』では新しいMod(ゲーム内ではアドオン表記)を導入したい場合はゲームプレイを中止してから別途ブラウズ、インストールする必要がありましたが、『s&box』ではサンドボックスを中断せずその場でModを探してインストールしてすぐに使えます。


ただ、本作がリリース直後とはいえ、サンドボックスで使える遊び道具は思っていたよりも少ないです。物理挙動に沿って動く家具や小道具、ロープやジョイントなどは数がそこそこあるものの、クラフトで用いたい壁や足場、天井といった建築の基礎的なオブジェクトがありません。特に不満を覚えるのがNPCの数の少なさであり、NPCが3種類「科学者(プレイヤーから逃げる)」「警察A(プレイヤーの敵)」「警察B(プレイヤーの味方)」しかありません(本記事を執筆しはじめた時点では2種類だけでしたし、警察Aと警察Bは見た目が同じです)。
では、なぜ『Garry’s Mod』はNPCや乗り物が充実していたかといえば、それはMod元である『Half-Life 2』がシングルプレイのFPSとしてバラエティに富んだで高機能なNPCや乗り物、あらゆるゲーム内のオブジェクトを充実させていたからですし、逆にいえば『s&box』はそういった元となるゲームがありません。『Garry’s Mod』のファンが『s&box』に期待していたのは、Source 2 Engineで作られた『Half-Life: Alyx(2020)』や『Counter-Strike 2(2023)』のアセットが使えることだったはずです。
しかし、そういったことはないうえに、Garry’s Modで使うことのできた『Half-Life 2』や『Counter-Strike Source』などSource Engineのゲームのアセットが標準で使えないとなると「いったいなんのために『Garry’s Mod』から『s&box』に乗り換えなければいけないのか」といった疑念を抱くユーザーも出てくるでしょう 。本来は以下の動画(『Half-Life: Alyx』にサンドボックスのModを入れたもの)のようなことができるのが『s&box』の理想形であるはずです。
いちおう「公式が対応せずともユーザーがModとして対応させるだろう」といったことも考えらますし、本作にはマウントという仕組みが用意されていて、連携ができる特定のゲームをインストールしていると、それらのゲームのアセットを取り込んでサンドボックスに入れることもできます。ただし、このマウント機能は現状Source Engineの前身となるGoldsrc Engine、つまり2004年以前の古いPCゲームにしか対応していません。もしも『s&box』がわけあってSource 2 Engineのゲームとの連携が難しいようであれば、Facepunch社自身のゲームタイトル『Rust』との連携を期待したいところです(なお、『s&box』の開発者向けドキュメントには『s&box』と『Rust』との連携をにおわせる記述があります)。

『s&box』でゲームを遊ぼう

『s&box』は、サンドボックスだけでなくユーザーが作ったゲームモードを自由に遊ぶことができ、その中でも運営からピックアップされた有志のゲームがいくつかあります。『Tony Hawks’s Pro Skater』シリーズを意識したスケボーだったり、『My Summer Car』を想起させる北欧ライフシミュレーターだったり、空き家に籠城しながらゾンビを撃ちまくるゲームだったり、『Vampire Survivors』系だったり、互いを妨害しながらマルチプレイでゴルフをする『Super Battle Golf』みたいなゲームだったり。s&boxの開発環境は商用のゲームエンジンで作られたゲームに見劣りしないものを作れることを教えてくれます。
特に本作のようなゲーム開発系ゲームはオンライン機能のインフラをまるっと運営が負担してくれるので、開発者はほぼノーコストでインターネット接続が必須のマルチプレイゲームを作ることができます(ふつうオンライン接続のマルチプレイゲームを開発、販売をする際はサーバー業者との契約や維持にそこそこの費用を突っ込まなければいけません)。ただ、サービス開始直後なので当然ではありますが、公式にピックアップされるほどの品質があるモードは、現状としては両手で数えられるほどです。



少し話はそれますが、『Garry’s Mod』はただ『Half-Life 2』のサンドボックスModであるだけでなく、その基盤をもとにユーザーが様々なゲームモードのModを投稿、共有していたことで有名です。代表例として、数多くのFPSで採用されているミニゲーム「Prop Hunt」(プレイヤーがゲーム内のオブジェクトに変身して、その場の風景に溶け込む「かくれんぼ」の遊び)が広く知られるようになったのは『Garry’s Mod』であり、同作で一定の人気を博したMod開発者がUnityやUnreal Engineなど商用ゲームエンジンに乗り換えて羽ばたいていきました。
一方、Garryさんはそういった状況を苦々しく思っていたようです。Garryさんは『s&box』を作った理由の一つとして「Garry’s Modで人気になったModの開発者が商品化を目指したとき、開発者は『Garry’s Mod』から離れざるをえなかった。だから、『s&box』ではユーザーが『s&box』の中で収益化できるようにした」と公式ブログで述べています。
ユーザーが『s&box』で収益化するための手段は主に二つあります。ひとつ目は、ユーザーのプレイ時間が長くなればなるほど収益が支払われる制度です。ふたつ目は、『s&box』で作ったゲームをSteamでリリースできる制度ですが、こちらは2026年5月時点では実装されていません(将来的にはSteam以外でも出せるようになるかもしれないとのこと)。
なお、Modで課金を実装できないのは、Garryさんが『Roblox』のPay to Winモデルの課金が嫌いだから、というのが大きな理由です。『Roblox』をプレイしたことのある方はわかると思うのですが、同プラットフォームでは開発者が自由に課金を実装できるので、あらゆるゲームが10秒に一度ぐらいの頻度で、人類が考えられるすべての口実にかこつけて課金を催促してきます(そうして全世界の小学生のこづかいをめぐって争うのが『Roblox』の収益モデルだからです)。
ただ、『s&box』の現状唯一の収益化手段である「プレイヤーのプレイ時間が長ければ長いほど利益が出る」というモデルに従うならば、利益を追従する開発者にとっての最適解は長時間プレイするゲームを作ることであり、その大半はクリッカー・インクリメンタルゲーム、あるいはローグライク要素を取り入れたゲームを作ることへのインセンティブが働くわけです。古今東西、ゲームデザインはプラットフォームの経済と収益の構造によって規定されます。

さらにいえば、手っ取り早くユーザー獲得したいを出したいのであれば、既存のUGC(ユーザー生成コンテンツ)ゲーム、特に『Roblox』と『フォートナイト』ですでに流行っているゲーム(そういうのもだいたいプレイ時間を限界まで引き延ばします)をそのまま『s&box』で作れば、リスクをかけずに収益化を望めるゲームを作ることができます。都度課金がなくともプレイ時間による収益化システムが導入された時点で、おそらくGarryさんが好きではないタイプのゲームが量産されるのは回避不能なのです。そうはいっても、それらの中で遊びたいものを決めるのはユーザーではありますし、今後収益化に別のモデルが用意されれば状況が変わるかもしれません。
『s&box』の開発環境
記事冒頭で触れましたが、『s&box』はゲームエンジンにSource 2 Engineを採用しています。Source 2 Engineは『Half-Life: Alyx』や『Counter-Strike 2』など近年のValve社製ゲームに採用されている一方、Modのみならず多くの企業で使われたSource Engineとは違ってSource 2はValve以外のスタジオへのライセンス付与や貸出しは行っていませんでした。これまで一般ユーザーがSource 2 Engineを触れたのは、『Half-Life: Alyx』や『Counter-Strike 2』のMod開発ツールとしてのみ。
また、これはある程度個人の力量や視点によるものの、UnityやUnreal Engineといった汎用ゲームエンジンはアマチュアにもわかりやすいフレンドリーなUIになっているのに対して、Source 2 Engineはそういったフレンドリーさはありません。「UnityやUnrealの経験はありますよ」というユーザーが触ったとしても、すぐに習得できるとは限らないでしょう。

そこで、Facepunchは、Valve社以外で初めてSource 2 Engineを採用するにあたって「『s&box』は中身がSource 2 EngineなのにUIと使い勝手だけUnityそっくりにする」という、ゲームエンジンではあまり前例のない実装を行いました。筆者は本業がゲーム開発であり、個人的な経験としてはUnityを使う時間が一番長いのですが、『s&box』開発環境の使い勝手はあきらかにUnityそのままです(部分的にGodot Engineらしさも取り入れられています)。スクリプトもC#なので、Unity経験があればいつもの延長線上で作業できるのではないでしょうか。

とはいえ、筆者にとって意外だったのは「テンプレ素材でぱっと作れる」ではないということです。もともと『Garry’s Mod』自体が『Half-Life 2』の素材をそのまま使うことで「個人でも商用の素材を使える」といったことを担保していたものの、『s&box』にはあらかじめ用意されているテンプレートがソーセージ状のプレイヤーキャラクターぐらいしかありません。
運営やユーザーが作ったアドオン(特定のプログラム、あるいは3DCG、効果音などアセット全体)をその場でさっとインストールするこもできますが、それでも「これを入れればさっとゲームが作れる」といったテンプレート的なモノはまだ存在せず、別途GitHub(プログラムのソースコードを共有するサービス)でのみ公開されているサンプルプロジェクトを入手してきてようやく、というレベルです。
ユーザーにゲームを開発させるツールは商用ゲームエンジンよりもシンプルにするとか、ユーザーフレンドリーでとっつきやすくすることが多いのですが、本作は商用ゲームエンジンと並ぶ開発環境をそろえたぶゲーム開発経験者じゃないと身構えるのではないでしょうか。
筆者としては、今後テンプレートが充実すれば本作がゲーム開発の入門(Source 2 EngineのリソースでFPSを作ってみたいとか、フレンドスロップを短時間で作ってみるとか)になりうるポテンシャルを持っています。ただ、それは今ではないですし、それに到達するにはもう少し時間がかかるはずです。

とにかくリソースが不足、将来で化けるかどうか。
『s&box』の最大のライバルは前作『Garry’s Mod』なのですが、その二つの違いはシステムの機能性さではなく、とにかくリソースが足りないということです。当然『Garry’s Mod』のアップデートはこれからも続きますから、『s&box』のリソースが『Garry’s Mod』に追いつくことはないでしょう。だからこそ2004年のゲームエンジンを元に作られた『Garry’s Mod』では導入しえなかったSource 2 Engineの最新のリソースが入っていることを期待していましたが、そうではありませんし、前に使えたリソースと互換性があるわけでもないのは、前作のファンにとっては致命的でしょう。Source 2のリソースが使えないなら、何かしら別の手段を講じる必要があるはずです。
ユーザーの作ったコンテンツが少ないのは、こればかりはしょうがないです。ベータ期間にコンテンツを開発していたユーザーの数もごく限られていますし、リリース直後であればユーザーの作成コンテンツが少なくて当然です。ただ、ユーザーにコンテンツを作成してもらいたいであろうわりにコンテンツの作成ハードルは相応に高く、これもコンテンツを作るためのリソース(テンプレートや参考資料)が足りていません。いずれにしても、時間をかけてリソースをそろえることができれば、『s&box』が相応のポテンシャルを発揮するのも間違いないでしょう。あとはFacepunch Studiosのリソースと根気の問題です。
2026年5月時点で、お手軽にざっとサンドボックスでNPCやオモチャでふざけて遊びたい、ということであれば、『Garry’s Mod』よりも『s&box』を選ぶ理由は現時点ではあまりないと筆者は考えています。どちらも経験したことがないのであれば、まずは『Garry’s Mod』から入るとよいでしょう。









