【インタビュー】『サマーレッスン』が提案する新体験は“人間関係の構築”…その真髄を原田P&玉置P/Dに訊いた 2ページ目 | GameBusiness.jp

【インタビュー】『サマーレッスン』が提案する新体験は“人間関係の構築”…その真髄を原田P&玉置P/Dに訊いた

インサイドでは、『サマーレッスン』開発にて、新たな一歩を踏み出すまでに、開発陣が当時どのような心境で制作に当たり、そして配信に向けて挑み続けたのか。その胸中に迫る開発者インタビューを本作の配信直前に実施しました。

ゲーム開発 VR
◆『サマーレッスン』のゲームデザインは絆創膏にあり?


──デモ版はシチュエーションや全体的な動きで「おおー」と思ってたんですが、製品版は目の動きとか顔の表情が凄く良くてメチャクチャ興奮しました。

玉置:デモ版は一種の企画書なんですよ。しかし製品版は全体で製品なので、作り方も受け止められ方も違います。そこが苦労の源です。しかし、開発チームも最初はゲームを作る組織だったんですが、だんだんと「VRコンテンツを作る組織」になり、最適化できたことに救われましたね。あと、作り方も分かってきて、全部完成してから一気にチェックをするよりも、作りかけでも「この時点でダメだったらこの後もダメだよね」みたいな判断や段取りがうまくなっていき、その結果ブラッシュアップに充てる時間が増え、効率的にクオリティアップ出来ました。顔の表情含め、全編高いクオリティで楽しめます。

原田:「どこかで手を抜こう」というのがVRでは出来ないんですよね。これまでの(ゲームの)カメラは、ほとんど開発側が持っていました。当然ですが、どのような演出をどう見せるのか、それはクリエイターが決めていたんです。例えば、『ゼビウス』はカメラが真上から見ていることで成立するゲームじゃないですか。格闘ゲームも、真横から見ることで成立しているわけです。

このように、カメラによってゲームがデザインされていることが多いんですが、今回はユーザーがカメラを握っているんです。これはもう、僕からすれば非常に恐ろしいことです(笑)。カメラを動かして描画を稼ごうとか、移動する時に視点を固定すれば見えないところは作らなくていいとか、今までは色んなことがやれてたんです。ところが今回は、ユーザーがどこを見るか分からないので、どこも手を抜けない。そういった視点で考えていただけたら、VRは作りこみが大変だなと理解してもらえると思います。


──製品版で「ひかり」の足に絆創膏が貼ってあることに気づいたんですが、あれは前からあったんですか?

原田:前からありましたね。僕は昔からずっと言ってたんです、絆創膏付けてくれって(笑)。

玉置:一番最初の時から「貼ったら?」とは言われていたんです。ところが、原田さんはアイディアの量がもの凄いので、一度受け止めはするものの、出来ることからやっていって、ある程度は聞き流しているんですよ。

だから絆創膏に関しても「そっすね」と言ってれば忘れるだろうなと思ってたんですが、開発が進んだ後でも「まだ絆創膏貼ってないの?!」って怒られて、「あ、やらなきゃダメなやつだったんだ」と気づいて貼りました(笑)。

原田:昔はテクスチャーの都合で、片方に貼ると両方に貼られてしまってダメだったんです。その後、だんだんと出来るようになってきたので、『鉄拳』の頃から「絆創膏、ワンポイントにいいよ」と言ってきたのに、誰も貼ってくれないんですよ(笑)。

玉置:その背景を知らなかったんですよね(笑)。

原田:『サマーレッスン』だと、絆創膏貼ってたら「あれ、どうしたのかな?」とユーザー側が思って、その結果広がりに繋がるんじゃないかなと思ったんですよ。ただ先ほどの話でもあったように、トップダウンにはしないよう決めてたので、命令はしなかったんです。

玉置:「例えば絆創膏貼るとかさー」と仰るので、例えなんだなと思ってたら、例えじゃなかったと(笑)。

原田:VRをスタートさせた時に、僕がトップダウンで進めてたら、こんな感じにはなってなかったと思います。世界観も、下手したら「マッドマックス」みたいになって(笑)。そういう意味ではトップダウンでなくてよかったので、絆創膏に関しても出来るだけ「提案」をしていたんですが、最終的には「なんでやらねーんだよ!」みたいになって(笑)。

──まさに原田さんの仰るとおりで、絆創膏を見つけた瞬間「何かスポーツをやってるのかな」「もしかしてドジっ娘か?」と考えてしまい、そこに面白さを感じました。この提案は間違いなく大正解ですよ。

玉置:『サマーレッスン』のレベルデザインは、そういうところなんですよね。キャラクターやしぐさ、プレイヤーのアクションに対する反応自体が、レベルデザインなんです。

原田:面白い点のひとつに、絵コンテがいらない、絵コンテの意味がないところもありますね。こちらでカメラを決められないので。

玉置:見取り図と字コンテをもとにリハーサルして、いろんなアングルから撮りまくったりしましたが、一番大事なのはその場にいた人たちの記憶なんですよね。記憶にある印象を落とし込んでいくという。


──PSVRは座ってプレイすることが基本になりますが、開発する上でその点は制限になりましたか?

原田:今思えば座るべきなんですが、一番最初にVRを始めた時、立つか座るかで結構議論したんです。その時僕は、単純に「立たせるのは怖いから、座らせた方が良いんじゃない?」くらいの考えで言ったんですが、プレイヤーを拘束するのってとても重要なんですよね。例えば、VRでちょっとしたコックピットに入ってる時に自由に動けると、コックピットから頭が突き抜けたりするわけですよ。そういう問題を解決するには、座らせて操縦桿を握らせればいい、と。その状態で首から上しか動かせない方が、体験としてより良いものになるんですよ。

──その体験はあまり味わいたくないですからね。

原田:そういうのって作っていくと気づくんですが、作る前は意外と分かってなくて。

玉置:アニメーションキャプチャーをする収録の前日か前々日くらいまで、立つか座るか決まってなくて、「じゃあこっちにしよう」くらいの感じだったんですが、それが後々大きな決断だったことに気づきました(笑)。

原田:数年前の自分を今見たら、「こいつ分かってねー!」って感じです(笑)。座ることが重要というよりも、ユーザーをどう誘導するかが肝心なんです。視線の誘導もそうですし、どういう風に体験させるかというデザインそのものが、「ユーザーをどう拘束するか」に繋がるんです。カメラをユーザーに委ねている分、こちらに振り向かせる作り方が必要なんですよ。だからVRは、座った方が面白いコンテンツ多いですよね。ユーザーを誘導することで固定し、そうすると体験が上がると。

玉置:これは日本のゲーム会社の上手いところだと思うんですけど、「コンセプトを絞って、その中でこだわり抜く」というやり方なんですよね。キャラクターは一人です、プレイヤーは動きません、部屋の中にいます――といった制約を敢えて自分たちに課した上で、その中でこだわる。「座る」というのも、その一環です。「座ったうえでどうするのか」と決めた方が、正直ネタも出しやすいです。もちろん将来的には、技術の発展に応じて、立って歩くような体験も出来るようになると思います。

──先ほど「目の前の人間は無視できない」という話がありましたが、自分も体験をしました。記事用にあえて無視してみようと思ったんですが、5秒持たなかったんです(笑)。前回のインタビューでは「よそ見するとリアクションが変わる」という話がありましたが、この要素は製品版にも引き継がれているのでしょうか。

玉置:ありますが、最適化もしています。これまで何度もデモ体験を実施してきたので、作ったけどもお客さんがしてくれないようなものは減らして、逆に多くのお客さんがやるというものはより多く盛る、という形で進めています。あと、「プレイヤーのよそ見」に関してあまり敏感に反応すると、周囲を見渡すことが出来なくなってしまいますし、構ってちゃん度合いが増すので(笑)、そこは良いバランスに調整しています。


──また製品版には育成要素が入りましたね。

玉置:もちろんゲーム内に影響する要素となりますが、いわゆるシミュレーションゲームでの育成といった難しいもの、がっつりとやるものではなく、プレイヤーの“体験”をより促すためのものです。僕たちはゲーム屋なので、そのための手法として、作り慣れたゲームの形式を選んだまで、程度に考えていただければ。とはいえ、プレイを工夫することで短い周回で良いエンディングに到達できたり、プレイスタイルによって貰えるアイテムや衣装が変化したりというのはあります。

原田:あのステータス自体はゲームの中のものですが、会話を通じてコミュニケーションし、彼女の様々な反応を見ていくことで、プレイヤーの中での関係性も変化していくと思うんですよ。体験を通して感じた変化や関係性は、プレイヤーごとに違うものになるんじゃないかなと。

玉置:「ひかりをどう思っているか」という印象はセーブデータの中に残るものだけじゃなくて、プレイヤーの中に残るんですよ。

原田:僕は、デバックの観点から、わざと意地悪なアクションを選んだり、同じことを繰り返させたりするんですよ。でもそういったプレイを積み重ねると、自分の中で罪悪感が芽生えるんですよね。困惑させた時の表情が、凄く印象深く残ったりして。だから、僕の中のひかりちゃんは、凄く不憫な子になっちゃってます(笑)。でも玉置とか他の人にとってのひかりちゃんの印象はきっと違っていて、「明るくて良い子だね」って感じてるんじゃないかな。その違いも面白いですよね。なので、繰り返しプレイしていく中でも、彼女への印象がどんどん変わっていくでしょうね。

玉置:僕は『サマーレッスン』で人間の多面性を感じました。人間って、あの人の前ではこういうだし、この人の前だとこう、みたいに変化するじゃないですか。仕事場と家庭では、見せる一面が異なるでしょうし。そういった多面性を『サマーレッスン』で感じたんです。それって凄く「人間」らしいですよね。誰か他人がやっているプレイを見ると、ひかりちゃんという人間の多面性を感じるので、機会があればそこも味わって欲しいですね。
《臥待 弦(ふしまち ゆずる)》

関連ニュース

特集

人気ニュースランキングや特集をお届け…メルマガ会員はこちら