ゲームミュージックの軌跡と奇跡・・・黒川文雄「エンタメ創世記」第38回 | GameBusiness.jp

ゲームミュージックの軌跡と奇跡・・・黒川文雄「エンタメ創世記」第38回

12月12日、御茶ノ水デジタルハリウッド大学、駿河台ホールにて、22回目の黒川塾が無事終了しました。

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12月12日、御茶ノ水デジタルハリウッド大学、駿河台ホールにて、22回目の黒川塾が無事終了しました。
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12月12日、御茶ノ水デジタルハリウッド大学、駿河台ホールにて、22回目の黒川塾が無事終了しました。

昨年の年末は、2014年からの黒川塾の開催場所を探していたことを思い出しました。

思えば、開塾からご支援をいただきましたサイバーエージェントベンチャーズ様の会社移転に伴い、大きな支えを失ったような気持ちのなか、デジタルハリウッド大学の杉山校長に打診、二つ返事で了解をいただけたことは忘れておりません。

その甲斐もあり、今年も自分が面白いと思うテーマをもとに数多くの素晴らしいゲストに登壇をいただけたことを改めて感謝しています。

私自身は世間一般を代表するような市井の存在でありたいと思っていますし、私のからっぽな知識を有識者によって、埋めてもらうことが一番の幸せであり、その有意義な知識を皆様とも共有できればいいと思っております。同時に、そこの集う方々による何らかの化学変化という連携や意識やコンテンツなどの発露があればこれ以上の幸甚はないと思います。

さて、その12日の黒川塾ですが、テーマは「ゲームミュージック」でした。

正確には「ゲームミュージックの軌跡と奇跡」。ここでいう「軌跡」はハードウェアや開発環境の進歩によってもたらされたゲーム音楽の変遷の歴史を当時を知る者たちによって語ってもらうことでした。

レッドブル社が後援したレッドブルミュージックアカデミー公式サイトで導入され、世に知られることになった「ディギン・イン・ザ・カーツ」に触発された企画内容になっています。70年代のゲーム黎明期から、現在までで、ゲーム音楽がどのように変わり続けたかというものです。

古くはアーケードゲームから始まり、ファミコン、スーパファミコン、次世代機、現在に至るまでをあますことなく紹介しています。できればこの映像は日本の誰かが製作に名乗りを挙げるべきだったのかもしれませんが、客観的なスタンスを考えれば、ニュージーランド人のニック・デュワイヤー氏が製作したことは必然だったのかもしれません。今の日本には柵(しがらみ)が多すぎるかもしれません。

さて、もう一方の「奇跡」は私が勝手に思っているだけのことかもしれませんが、日本から発生したゲーム音楽が世界中のゲームプレイヤーを通じて多くの影響を及ぼしていることです。軌跡というには大げさかもしれませんが、「ディギ」の中に登場するフライング・ロータス(ジョン・コルトレーンの孫)など海外ミュージシャンの幼少期に音楽的な影響を大きく残していることにほかなりません。

私の場合は高校生のときに『インベーダーゲーム』の洗礼を受けたものの、その後、やや時間が経過して、アーケードでの返り咲き世代ですので、セガがリリースした『アウトラン』や『ハングオン』あたりがゲームやゲームミュージックに触れた最初の記憶です。あとは大学時代の友人A君のアパートでファミコンを起動し、『ゼビウス』や『グラディウス』を遊んだくらいでした。

社会人になってアポロン音楽工業(2005年に解散)に就職すると、私は音楽制作の仕事に就きました。

あるとき、隣のデスクのKさんが、『ドラゴンクエスト』のゲームミュージックアルバムを手掛けると知りましたが、あまりピンとくるものはありませんでした。「ふーん、ゲーム音楽かぁ・・・売れるのかな??」的な気持ちだったと思います。

しかし、営業的な予想に反してこのレコードアルバムは売れました。Kさんに確認したところ、『ドラゴンクエスト』の「サントラアルバム1-2-3」のCD/LPレコード/カセットテープをすべてあわせて100万枚本超だったそうです。さらにはヒットの結果、レコード大賞のアルバム企画賞も受賞という大きなオマケがつきました。そして、アポロンはそれで80年代初頭、青息吐息だった業容が一機に改善しました。

その後、各社ともの味をしめてゲームミュージックというカテゴリーは開拓され、ジャンルとして確立しました。ちなみに海外では、それらはほとんどの場合パッケージ商品としては入手ができないようで、みんなゲームをしながら耳コピーで記憶にとどめていたようです。


個々の音楽に関しては、コンポーザーのそれぞれの生い立ちや音楽遍歴の賜物ですので、それを個別にここで語るつもりはありませんが、セガの川口Hiro博史氏や崎元氏の黒川塾での発言にあるように、当時は、音楽を作るというよりも音楽をプログラムし、それを再生するドライバーソフトウェアも同時に開発していました。

制限された特殊性の高い環境のなかでの音楽、効果音つくりだったということです。

しかし、それゆえに、その特殊性や制限をどのようにしたらクリアできるかという部分では面白かったと言っています。常に思考をめぐらし、入浴中に思いついたものを忘れないようにして、「明日、会社に行ったら、すぐに試してみよう」という気持ちが常に高ぶっている状態した。

現在のように、なんでも自由にできる環境は素晴らしいと思いますが、制限があるなかでの限界に挑戦するというケースのほうが新しいモノやコトが生まれる可能性は高いのではないでしょうか。

冒頭に書いたゲームミュージックのレコード、CDもしかりですが、今までなかったものを考えること、創ることの大切さを再認識して2015年を迎えたいと思います。本年もありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。



「黒川塾 (二十参)」 (23) 1月23日(金) 開催決定 初の関西、大阪での開催です!
「ゲーム作りは大変じゃない!?・・・」 お待ちしております。
楢村匠(nigoro)+五十嵐孝司(ArtPlay/元コナミデジタルエンタテインメント)+イバイ・アメストイ(PLAYISM)+吉田修平(ソニー・コンピュータエンタテインメント)+黒川文雄

http://peatix.com/event/66034/view

■著者紹介

黒川文雄
くろかわ・ふみお 1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミDE、にてゲームソフトビジネス、デックス、NHNjapanにてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。コラム執筆家。黒川メディアコンテンツ研究所・所長。黒川塾主宰。「ANA747 FOREVER」(映像作品)「アルテイル」「円環のパンデミカ」「モンケン」「鬼畜教師(仮)」他コンテンツプロデュース作多数。

ツイッターアカウント ku6kawa230
ブログ「黒川文雄の『帰ってきた!大江戸デジタル走査線』
ニコニコチャンネル 黒川塾ブロマガ」も更新中。
《黒川文雄》

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