◆「侵略者」が優秀な記者を生み出した!
この時代に『スペースインベーダー』をやり込んだ学生や新卒間もない若手社員が、10年後に「コンピューターゲーム開発の担い手」になっていきます。
さらに言えば、『スペースインベーダー』のブームは「コンピューターゲームに理解のある報道記者」をも生み出しました。
筆者は2024年11月24日、インサイドで「ドラゴンクエストIIIの発売を、新聞が同報道していたのか?」という趣旨の記事を配信しました。その時の調査では千田幸信さん、堀井雄二さん、そして今は亡きすぎやまこういち先生、鳥山明先生の奮闘を伝える日経産業新聞の記事を引用しました。これは同時に、ドラクエ制作陣の熱意と発想に未来を見たジャーナリストが存在したということでもあります。
昭和六十年暮れ、東京・西新宿のエニックス本社に各界の名だたる異能たちが集まった。「Dr.スランプ」で知られる売れっ子漫画家の鳥山明(32)、「学生街の喫茶店」をはじめ様々のヒット曲を生んだ作曲家すぎやまこういち(56)、ゲームソフト専門のシナリオライターとして売り出し中の堀井雄二(34)らの面々だ。
映画は製作者や監督の資質はもちろん俳優、シナリオ作家そして音楽家などが、それぞれの領分で才能と個性を発揮して初めて観客を魅了できる。――ゲームソフトもまったく同じではないか。何がヒットするか予測のつかないところまで……。
(技術創造(45)ゲームソフトに異能集結――大企業にない夢求め。 日経産業新聞1988年1月20日)
1988年は1979年とは違い、若年層の大半が「ゲームセンター経験者」になりました。偉い肩書きの人が何と言おうと、コンピューターゲームには豊かな可能性があり未来があり希望がある。それを信じて行動を起こした人々が、「傑作」と呼ばれるゲームシリーズを作ったのです。
『スペースインベーダー』は、そうした「ゲーム開発華の時代」の土壌を固める役割を果たしたのでした。










