中国の有志翻訳事情に迫る“ParaTranz”管理人Bruce氏インタビュー「ParaTranz以前の翻訳作業は驚くほど原始的でした」【有志日本語化の現場から】 | GameBusiness.jp

中国の有志翻訳事情に迫る“ParaTranz”管理人Bruce氏インタビュー「ParaTranz以前の翻訳作業は驚くほど原始的でした」【有志日本語化の現場から】

海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。今回は視点を変え、中国の有志翻訳事情に迫ります。日本の有志翻訳にも使われる翻訳プラットフォームParaTranzの管理人であり、公式翻訳も手がけた経験を持つBruce氏に話を訊きました。

ゲーム開発 その他
中国語にローカライズされた『Europa Universalis IV』
  • 中国語にローカライズされた『Europa Universalis IV』
  • 中国語にローカライズされた『Crusader Kings II』
  • 中国語にローカライズされた『Crusader Kings II』
  • 中国語にローカライズされた『Europa Universalis IV』
  • 中国語にローカライズされた『Europa Universalis IV』
  • 中国語にローカライズされた『Imperator: Rome』
  • 中国語にローカライズされた『Imperator: Rome』
Bruce氏の代表作(有志翻訳)『Europa Universalis IV』
大航海時代からフランス革命までの全世界を舞台に外交、戦争、探検、宗教などで覇権を争うストラテジー

海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。今回は視点を変え、中国の有志翻訳事情に迫ります。日本の有志翻訳にも使われる中国産の翻訳プラットフォームParaTranzの管理人であり、有志翻訳だけでなく公式翻訳も手がけた経験を持つBruce氏に話を訊きました。

日本語化とは海外のゲームを日本語で遊べるようにすることです。その中でも、デベロッパーやパブリッシャーによる公式の日本語化ではない、ユーザーによる非公式な日本語化を有志日本語化(有志翻訳)と呼びます。一般的にボランティアで行われ、成果物は無償で配布されます。

有志日本語化には、デベロッパーやパブリッシャーが許可する範囲内で行われるものと、無許可のものがあります。許可されているものには、Mod(ユーザーによる改造)が公式に認められている場合や、直接許可を得ている場合などがあり、最近はインディーゲームを中心に有志日本語化が公式日本語版として採用される例も出てきています。



連載第9回は中国産の翻訳プラットフォームParaTranzの管理人Bruce氏に話を訊きました。Bruce氏の所属するチームは『Crusader Kings II』『Europa Universalis IV』などParadox Interactive作品の有志翻訳を手がけ、同社の『Imperator: Rome』では中国語の公式翻訳を担当しています。

Bruce氏の代表作(有志翻訳)『Crusader Kings II』
中世ヨーロッパを舞台に政治、陰謀、宗教、戦争などの人間ドラマを描くRPG風ストラテジー

有志翻訳者としての人物像


英語力は二の次で、中国人にとっては中国語力、日本人にとっては日本語力が重要です
――有志翻訳に携わるようになったきっかけを教えてください。

Bruce氏まず簡単に背景をお話したいと思います。中国におけるParadox Interactive作品の有志翻訳は“52 Team”が10年以上にわたって行っています。2年前、『Crusader Kings II』がバージョンアップしたのですが、中国語の翻訳は以前のバージョンで止まっていました。52 Teamは翻訳を終えていたものの、技術的な問題から中国語が表示できなかったのです。私は日本語を表示する技術があることを知り、それが中国語に応用できることに気づきました。

――それで問題は解決したのですか?

Bruce氏いいえ。当時の私は52 Teamのメンバーではありませんでした。最新の翻訳成果を許可なく使用することは出来ませんし、一人で翻訳するには文章量が多すぎます。そこで、有志を募ってオンラインで翻訳しようと考えましたが、CrowdinTransifexといった翻訳プラットフォームはアクセスが遅い上に高価でした。私はフルスタックエンジニアなので、似たようなサイトを自分で作ることにしました。

フルスタックエンジニア
IT業界において、全分野のスキルを身につけた開発者を指す言葉。通常であれば複数の専門技術者が分業して行う開発業務を一人で行うことができる。

――それがParaTranzですか?

Bruce氏そうです。一日で試作版を作り、52 Teamのフォーラムに投稿して反応を見たところ、かなりの訪問者がありました。そこで、さらに数日かけて改良して行ったのです。一ヶ月後に52 Teamから連絡があり、私はチームに加わりました。

――なぜボランティアで活動しているのですか?

Bruce氏お金にはなりませんが、みんなから“大佬”と呼ばれる達成感はあります。また、自分で翻訳したゲームをプレイするのも楽しいですね。

大佬
中国のネット上でよく使われる敬称。博識で尊敬に値する年長者を指す。

――有志翻訳に一番必要な能力はなんだと思いますか?

Bruce氏語学力だと思います。つまり、正確な言葉、流麗な文章、適切な文化理解に基づいて考えを伝える能力ですね。ただし、英語力は二の次で、中国人にとっては中国語力、日本人にとっては日本語力が重要です。また、情熱を持つことも大切です。ボランティアの仕事は愛がなければ続かないでしょう。

Bruce氏の代表作(有志翻訳)『Europa Universalis IV』

中国の最新有志翻訳事情


客観的に言えば、中国語に翻訳されたゲームは中国で売れるのです
――中国ではどんなゲームが有志翻訳されますか?

Bruce氏あらゆるジャンルのゲームが有志翻訳の対象になりますが、ほとんどは小規模なインディーゲームです。こうしたゲームのデベロッパーは発売前に中国語の翻訳を準備するリソースがありません。一部の人々の間であるゲームの人気が高まれば、有志が自発的にグループを作り、翻訳作業を始めます。

――中国に特有の翻訳が難しい表現はありますか?

Bruce氏個々の単語の翻訳が一番難しいかもしれません。例えば、“intrigue”と“scheme”という二つの単語は中国語に多くの類義語があり、どの言葉を選ぶかで悩みます。他にも、開発者が同音異義語を別の場所で使い回す場合があります。例えば、“cancer”には病気のガンと星座のかに座という二通りの意味がありますが、『Crusader Kings II』ではこの単語が使い回されて混乱を招きました。

――中国に特有の技術的な問題はありますか?

Bruce氏一番難しいのはテキストの抽出と置き換えです。大部分のゲームではテキストがそのまま読み書きできる状態で存在しないため、ゲームのファイルを展開してテキストを取り出し、翻訳したテキストに差し替える必要があります。この作業を行うにはチームに技術スタッフが不可欠ですが、そうした人材の不足は有志翻訳か商業翻訳かにかかわらず、中国語の翻訳チームが直面している共通の課題です。

――どのような辞書や事典が利用されていますか?

Bruce氏メリアム=ウェブスター辞典オックスフォード英語辞典Eudicですね。これらの辞書はTOEFLやGREのような標準化された試験向けに推奨されており、その権威は信頼に値します。通常の英語辞書以外に、歴史的な文書や史料も参照しています。他にも、文学作品を探すこともありますよ。SF小説は『Stellaris』のようなゲームを翻訳するのに役立ちます。

――どのようなツールが利用されていますか?

Bruce氏一般的なテキスト処理ツールはNotepad++Beyond Compareなどです。どのようなツールを選択するかはチームによって大きく異なり、私たちのチームでは主にParaTranzを使用しています。一部の有志翻訳チームではBaiduYoudaoなどの機械翻訳をメインに使用しているそうですが、私たちは機械翻訳の使用は推奨していません。

Baidu(百度)、Youdao(有道)
ともに中国の大手検索エンジン、ポータルサイト。

Bruce氏の代表作(公式翻訳)『Imperator: Rome』
紀元前のローマとその周辺を舞台に戦争、外交、宗教などを通じて古代世界の覇者を目指すストラテジー

――個人プロジェクトとチームプロジェクトの比率はどのくらいですか?

Bruce氏個人プロジェクトは極めてまれで、その比率は大雑把に言って個人とチームが1:9くらいだと思います。個人プロジェクトには技術に精通している人が必要ですが、先ほど述べたように技術スタッフは非常に不足しています。

――チームプロジェクトではどのような形で作業が行われていますか?

Bruce氏ParaTranz以前の翻訳作業は驚くほど原始的でした。まず、技術スタッフである管理者が、抽出した英語のテキストをバラバラに切り分けて各翻訳者に配ります。翻訳者はテキストエディターを用いて翻訳作業を行い、修正したテキストを管理者に送り返します。最後に、管理者がテキストをすべて統合してModを組み立てるのです。

――日本ではGoogle スプレッドシートを利用した共同作業が一般的です。

Bruce氏現実問題として、中国ではGoogleのサービスが利用できません。また、オンライン文書作成ツールでは、履歴や校正といった問題を解決するのが困難です。例えば、バージョンの変化を一文字レベルで追跡できないといった問題ですね。数年にわたってアップデートし続けるゲームがそれでは厄介です。そのため、私たちはこうしたツールをほとんど利用していません。

――チームプロジェクトではどのようにコミュニケーションを取っていますか?

Bruce氏Discordも使っていますが、作業グループにはQQを使用しています。時々オフラインミーティングもありますが、これは翻訳とはあまり関係のない趣味の集まりです。

QQ
中国のテンセントが運営するインスタントメッセンジャー。

Bruce氏の代表作(有志翻訳)『Crusader Kings II』

――中国の法律は有志翻訳にどのような影響を及ぼしていますか?

Bruce氏国外パブリッシャーの多くは中国で“公式に”ゲームを販売していませんが、中国のプレイヤーはまだSteamを通じてゲームを購入できます。そうしたゲームは中国の法律が適用されていないためグレーゾーンになっています。また、有志翻訳チームの大半は開発者の許可なくゲームを翻訳しており、厳密に言えばこれは違法行為です。

――日本の有志翻訳では著作権問題を回避するために権利者の許可を得る場合もあります。

Bruce氏私は法律の専門家ではありませんが、欧米のパブリッシャーの多くは有志翻訳を一種の“Modding”とみなしているようです。ですから、非営利などModdingのルールを守って第三者の著作権を侵害しない限り、彼らは有志翻訳に対してオープンであり、著作権問題は発生しないでしょう。パブリッシャーは有志翻訳に対して好意的にすら見えます。客観的に言えば、中国語に翻訳されたゲームは中国で売れるのです。

――政治的な理由から中止された有志翻訳プロジェクトはありますか?

Bruce氏個人的にはそのような話は聞いたことがありませんし、あったとしても非常に珍しいでしょう。有志翻訳の成果はたいてい匿名で掲示板に投稿されます。もしそのようなことが起きても、投稿者か管理者が単に投稿を削除するだけです。

――中国の有志翻訳ならではのエピソードがあれば教えてください。

Bruce氏誰かが翻訳チームに忍び込み、大量の誤りが含まれた未完成の翻訳テキストをこっそり持ち出して、自分の作品としてフォーラムに投稿したことがありました。まったく馬鹿げた話ですが、その人物は私たちの“権威”に挑戦し、“独占”を破ろうとしたのです。日本では考えにくいことかもしれませんね。

次ページ:中国産の最新翻訳プラットフォームParaTranzとは?
《FUN@Game*Spark》

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