有志翻訳者からプロへ転身した『Freedom Planet』Yuzchastics氏インタビュー「ゲーム翻訳者は全員マゾです」【有志日本語化の現場から】 2ページ目 | GameBusiness.jp

有志翻訳者からプロへ転身した『Freedom Planet』Yuzchastics氏インタビュー「ゲーム翻訳者は全員マゾです」【有志日本語化の現場から】

海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。前回に引き続き視点を変え、有志翻訳者からプロのゲーム翻訳者に転身し、『Freedom Planet』などの公式翻訳を手がけたYuzchastics氏に話を訊きました。

ゲーム開発 その他
『Bloody Chronicles』画像1
  • 『Bloody Chronicles』画像1
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  • 『Doki Doki Literature Club!』画像1
  • 『Doki Doki Literature Club!』画像2
  • 『Freedom Planet』画像1
  • 『Freedom Planet』画像2
Yuzchastics氏の代表作(公式翻訳)『Freedom Planet』

ゲーム翻訳よもやま話


プロのゲーム翻訳者は全員マゾです
――ゲーム翻訳に一番必要な能力はなんですか?

Yuzchastics氏英語力と日本語力は当然として、ゲーム翻訳に限ってはゲームへの理解が大事です。ゲームには特有の用語だとか、お約束、文化みたいなものがあります。たとえば『Freedom Planet』では、特徴であるレトロゲーム風の雰囲気を出すため、英語のままの部分をあえて多めに残しました。こういった点に関してゲーマーは極めて有利ですし、そうでないと“わかってない”ローカライズになりがちです。それと、もう一つ大事なのは……

――大事なのは?

Yuzchastics氏マゾっ気です。ゲーム翻訳というのは、不自由で、稼げず、人に認められることも少ない、けれどやっている本人は楽しんでいるという不思議な仕事です。プロのゲーム翻訳者は全員マゾですよ。無償でやっている有志も、もちろん全員マゾです。間違いありません。

――本当に?

Yuzchastics氏個人の意見です。真偽はご自分で試してみてください!

――翻訳を通じて新しい知識が得られることはありますか?

Yuzchastics氏それはもう日常茶飯事ですよ。英語の文章自体が発見の山ですし、引用などがあれば日本語で説明できるまでお勉強タイムです。『Bloody Chronicles』の神学用語や、『Quantum Suicide』の量子力学関係は、日本語の解説を読んでも意味がわからなくて大変でした。

――大変だけど楽しいのですね?

Yuzchastics氏楽しめないとやってられませんから。マゾでしょう?

Yuzchastics氏の代表作(公式翻訳)『Bloody Chronicles - New Cycle of Death』

――プロの翻訳者はどのようなツールを使用していますか?

Yuzchastics氏私個人の知る限りでは、ローカライズ会社にmemoQというCAT(Computer-Assisted Translation)ツールを指定されることが結構あります。でも、小規模なゲームではCATツールはほとんど必要ありません。普段はOmegaTというフリーソフトを、自分の訳文を見返したり進捗を確認したりするためにゆるく使っています。

――そうしたツールを有志翻訳で使用することはありますか?

Yuzchastics氏一人でやる際はOmegaTを使うでしょうね。むしろ複数人でのプロジェクトにも向いているツールだと思うのですが、各人が使い方を覚えないといけないのでなかなか難しいのではないかと。

――OmegaTはどこが便利なのですか?

Yuzchastics氏全部で何ワードあって今どれだけ進んでいるのかというのが確認しやすいので、日々のペース配分に便利です。また、同じ原文が出てくると以前に訳した翻訳が窓に表示されるので、それを見て同じにするなりちょっと変えるなり、といった感じですね。

――辞書や事典はどのように利用していますか?

Yuzchastics氏翻訳訳語辞典というオンライン辞書サイトが、それはもうとんでもなく便利ですよ。英単語のニュアンスは英英辞書でつかめるものの、そこから最適な日本語をひねり出すのが大変です。そんな時、翻訳訳語辞典で検索すると偉大な先達による工夫の凝らされた訳がずらりと出てきて、そういう発想もあるのかとすごく刺激を受けます。

――翻訳の実力を高めたい方におすすめの本はありますか?

Yuzchastics氏翻訳指南本は何冊か読んでおくといいと思います。私が面白いなと思ったのは宮脇孝雄さんの翻訳エッセイですね。何冊も出版されていて、一番最近の「翻訳地獄へようこそ」が題材も新しいし読みやすくておすすめです。あとはとにかく練習あるのみだと思います。

――地獄ですか。

Yuzchastics氏マゾらしいタイトルでしょう?

Yuzchastics氏が公式翻訳として参加した『Quantum Suicide』
宇宙船の管理AIによるデスゲームに巻き込まれた人々を描くSFサスペンスビジュアルノベル。近日発売予定。

――有志日本語化に携わる前から英語は得意でしたか?

Yuzchastics氏読解ならなんとか、アウトプットは苦手、という感じでした。書くのも話すのもまだまだ苦手です。翻訳という作業自体は読解力さえあればできるので、そこに甘えていましたね。海外の方とやり取りする際は当然こちらも英語を使う必要があるので、日々勉強させてもらっています。

――翻訳する上でやる気はどのように維持していますか?

Yuzchastics氏意識したことがないですね。仕事として引き受けた以上、やる気があろうがなかろうが全力を尽くすのみです。有志翻訳の場合も特に意識したことはありません。嫌ならやめればいいだけですし、完成させたいと思うならそれがモチベーションになりますから。

――特に翻訳が難しかった表現を教えてください。

Yuzchastics氏『Quantum Suicide』に、“A and B, sitting in a tree, K-i-s-s-i-n-g!”という英語のはやし歌が出てきます。仲良くしている女の子と男の子を冷やかす子ども特有の煽りソングなのですが、日本語でぴたりとはまるものはなく、そのまま訳してもニュアンスが伝わらない。おまけにフルボイスということで、日本語版でも声優に歌ってもらいたいとなると簡単なメロディも必要。そこで、著作権フリーの童謡をそのシーンに合う替え歌にしました。ぜひゲーム本編で確かめてみてください。

――そのまま翻訳したのでは駄目で、ローカライズしなければならない例ですね。

Yuzchastics氏まさにそうですね。最悪、原文をそのまま訳すという選択肢もあるにはあるのですが、英語版と同じゲーム体験を日本のユーザーにも体験してもらいたかったので、そのように変更しました。

Yuzchastics氏の代表作(有志翻訳)『Doki Doki Literature Club!』

――ビジュアルノベルの翻訳を多く手がけていますが、業界独自の翻訳事情はありますか?

Yuzchastics氏このジャンルは日本産コンテンツの影響力が圧倒的に強く、開発者にも日本を意識されている方が多いです。海外のファンも母国語より日本語のボイスを好む傾向があって、余計に和訳の需要自体は大きいんですね。ただ、テキスト量がとにかく膨大で、マイナージャンルゆえにその翻訳コストがまかなえないという構造的な問題があります。それだけにいい翻訳者がなかなか捕まらないようで、納品した時に開発者にすごく喜ばれたのが嬉しかったです。

――母国語より日本語のボイスが好まれるのですね。

Yuzchastics氏開発者から聞いたのは、少なくない割合のユーザーが日本語のボイスを望んでいるということです。おそらく普段から日本産ビジュアルノベルやアニメで慣れ親しんでいるからではないかと。

――海外にはアニメのファンサブ(愛好家による非公式字幕)文化がありますが、有志日本語化に似ていますね。

Yuzchastics氏海外ではビジュアルノベルのファン翻訳が活発です。有志翻訳者を公式に採用することも多いと聞いています。ビジュアルノベルは他のジャンルと違って前後の文脈が完全につながっていて、翻訳作業はやりやすいですし文章力の練習にもなると思います。海外と比べると日本ではビジュアルノベルのファン翻訳はあまり見ないので、もっと盛り上がってほしいですね。

Yuzchastics氏の代表作(公式翻訳)『Bloody Chronicles - New Cycle of Death』

――他にゲーム翻訳にまつわる苦労話はありますか?

Yuzchastics氏それではフォントの話を。ローカライズの際、基本的に有料フォントは使えません。予算の問題も大きいですし、フォントの利用規約で海外に存在するPCへのインストールが禁止されていたりするからです。一方、フリーフォントとなると選択肢は非常に限られてしまう。また、いわゆる中華フォント(日本の漢字とは異なる字体が表示されるフォント)と日本語フォントとの違いを非日本語話者に理解してもらうのがまた難しかったりします。国産ゲームと同じような垢抜けたフォントを使いたいのはやまやまなんですが、なかなか難しいというのが実情です。

――いわゆる中華フォントに悩まされた経験のある方は多いと思います。

Yuzchastics氏漢字の微妙な違いがなかなか認識してもらえず、それでも問題なく読めるんでしょといった反応をされることもあります。日本語フォントはファイルサイズも大きいですし、追加するとゲームのパフォーマンスに影響するケースもあって、別々にしてくれるのはよほど開発者に理解と余裕のある場合だけですね。

――フリーフォントを多数紹介しているサイトもありますが、それでも不足ですか?

Yuzchastics氏フリーフォントは全体の数自体は多いですし、クオリティが高いものも少なくありません。ただ、ゲームで使用するとなると、組み込みでの使用が規約で許可されている必要がありますし、ある程度の収録文字数とウェイトを備えたものでないと使いにくいというのがあります。それで結局無難な選択肢に落ち着く場合が多いのでしょうね。

ゲーム翻訳者からのメッセージ


翻訳の際は音読をおすすめします
――ゲーム翻訳を志す人は何から始めれば良いですか?

Yuzchastics氏辞書を引きながら、英語でゲームをたくさんプレイしましょう。慣れたらあとは有志翻訳に参加するだけです。それと、翻訳の際は音読をおすすめします。読み上げやすい文章は読みやすい文章ですし、自分で音読するとまずい翻訳に気づきやすいです。これはつい最近気づいたことなのですが、今は実況プレイ動画の投稿者がテキストを読み上げながらプレイしたりしますよね。そこで「ん?」と思わせてはまずい。動画の影響はもう無視できませんから。音読大事です。

――これからゲーム翻訳に携わる方へ一言お願いします。

Yuzchastics氏日本語化されたゲームをユーザーが遊んでいる様子を陰からこっそり覗いて喜ぶ。それがゲーム翻訳です。一緒に楽しみましょうね。

――ゲーム翻訳者として開発者や業界に伝えたいことはありますか?

Yuzchastics氏情報共有は大事です。情報漏洩の懸念を考えると難しいのはわかるのですが、十分な情報があった方がいい翻訳になるのは間違いありません。せめて、いきなり知らないキャラクターの台詞を一行だけポンと渡して「訳して」と言うのは勘弁していただきたい(笑)。

――本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。
《FUN@Game*Spark》

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