文化と価値観を考えたローカライズを考える・・・「ゲームウォーズ 海外VS日本」第11回 イバイ・アメストイ | GameBusiness.jp

文化と価値観を考えたローカライズを考える・・・「ゲームウォーズ 海外VS日本」第11回 イバイ・アメストイ

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今回は、ローカライズ作業の基礎となる翻訳について、少しお話をしてみたいと思います。すでに何度か言及したことのあるテーマではありますが、翻訳というものはなかなか一筋縄ではいかないものなのです。というのも、翻訳とは、一つの言葉を別の言葉に置き換えるだけの行為のことではないからです。

例えば小説の場合、その文章の中に起点言語(Source Language)の文化固有の単語や固有名詞が出てくることは少なくありません。映画も同様で、作品中に起点文化(Source Culture)に固有の映像が出てくることがあります。さらに複雑なケースとしては、「固有の文化に独特なものでなくとも、文化によって見方や捉え方が異なるもの」があるのです。特に暴力的、性的、宗教的な表現に関しては、文化によって考え方や価値観が大きく違ってきます。目標文化(Target Culture)で違和感・抵抗感などを与えないために、作品の中の表現を修正することもよくあります。もちろんゲームも、小説と映画の性質を合わせもつエンターテインメントの一種として、修正の対象となることがあります。とりわけゲームの場合には、子どもが遊ぶ可能性がある、ということから、特に厳しく評価される傾向があります。

近年の分かりやすい例を挙げるとすれば、2008年に米国のBethesda Softworks社が発表した『Fallout 3』というRPGの、主人公が原子爆弾の不発弾処理を頼まれるクエストをあげることができるでしょう。原作には爆弾を意図的に爆発させて周りの町とその住人を全滅させる選択肢がありました。当然このシーンは日本市場にとって不適切なものですから、日本語版ではその選択肢が削除され、爆発への鍵となっていた登場人物の存在自体がゲームから消されることになりました。

もちろん、逆に日本では問題ではないものの、米国では受け入れることができないような内容もあります。日本ではあまり知られていないかもしれませんが、ゲーム修正の中で特に先駆者とも言えるのは他でもない、任天堂です。老若男女を問わず、家族全員で抵抗なくゲームを楽しんでもらいたい、このような方針が現れているのでしょう。日本の任天堂はもちろんのことですが、アメリカの任天堂(Nintendo of America)はなおのこと厳しく、ファミコン時代から日本のゲーム作品を徹底的に修正しています。暴力的な表現やちょっぴりエッチなキャラクターデザインといった映像的なものはもちろん、セリフにおける「酒」「売春」「宗教」を連想させるような言葉は全部、害のないものに変更されています。

欧米のゲーム翻訳界で特に有名な例としては『ファイナルファンタジーIV』(1991)の米国版である『Final Fantasy II』(同年)があります。(少し話がそれますが、FFシリーズのナンバリングは欧米とはかなり違います。ファミコンやスーパーファミコン時代には和製RPGはまだそんなに人気がなく、FFという代表的なシリーズでも全作が翻訳されたわけではありませんでした。例をあげると、日本のFFIV=米国のFFII、日本のFFVI=米国のFFIIIとなっていました)。『ファイナルファンタジーIV』では娘が殺されそうになったテラが、その犯人だと勘違いした吟遊詩人と戦う場面があります。そこでテラは「貴様よくも娘を!」と怒鳴るのですが、日本語の「貴様」のように相手をけなす二人称は英語にはありません。それを汚い言葉を使わずに訳すことは非常に難しいのですが、米国版では

「You Spoony Bard!(「この間抜けな吟遊詩人が!」)」

となっています。しかし、この「Spoony」という古臭くおかしい単語に対してひどく違和感を覚えたというプレイヤーの声が多く、今現在でも90年代のゲーム翻訳の不具合を代表する名(迷)台詞として記憶に残っています。一方では日本のプレイヤーにとってはドラマチックな名場面として記憶に残ったにも関わらず、もう一方の米国では笑えるシーンとして歴史に刻まれてしまったのです。この事態が翻訳の難しさを物語っているのではないでしょうか。

他にもスーパーファミコン時代の名作『クロノトリガー』(1995)では「酒」が「Soda」(ソフトドリンク)や「Poi」(イモ料理)と訳されたところがあります。『クロノトリガー』と『ファイナルファンタジーIV』の英訳はTed Woolseyという翻訳者が担当していましたが、彼はとりわけスーパーファミコン時代に多くのRPGを翻訳しました。そのユニークかつユーモア溢れる訳で欧米のゲーマーから高い人気を誇ることになりました。

他にも、かの有名な「ドラゴンクエスト」シリーズによく出てくる「ぱふぱふ」という、ちょっぴりエッチな行動を想像させる言葉をとりあげてみましょう。原作の『ドラゴンクエスト』(1986)では次のように使われています。

「おいで、ぼうや。ぱふぱふしてほしいなら50ゴールドよ。」

本作をやっていない人でも十分意味が伝わるかと思いますが、この台詞は英語版の『Dragon Warrior』(1989)ではこのようになっています。

「No, I have no tomatoes. I have no tomatoes today.
(いいえ、トマトはないわ。今日はトマトはないわよ。)

と、米国版ではなぜかトマトが売り切れた野菜商人という一風変わった設定に変更されています。種明かしをすると、米語ではTomatoは「美人」または「娼婦」という俗語的な意味をもっているのです。子どもにとっては一見何とも思わない野菜の話になっているのに対し、翻訳者は分かる人には分かる、大人であればこのダブルミーニングが通じる、と、元々の設定を暗示的に連想させる翻訳がなされています。こちらは翻訳が非常に面白い効果を成している例と言えるでしょう。

日本語の名台詞が海外ではこんなものになっているとは! と思う方もいらっしゃるでしょう。文化的な価値観によってゲームの内容はかなり細かいところまで修正されているのです。起点文化を理解しながら、目標文化の考え方に合わせて翻訳するのが翻訳者の務めですが、努力次第では原作よりも面白い効果が得られることもありうるのです。みなさんにもこれから「これは元の作品でどうなっていたのかな」と意識しながらゲームをやっていただけたら幸いに思います。

さらに詳しく知りたいという方には是非、八尋茂樹氏の『テレビゲーム解釈論序説』(2005、現代書館)をお薦めいたします。
《イバイ・アメストイ》

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