笑いやショックの“道具”だったゲームのトランスジェンダー表現はどう変わった?キャサリン、ポイズンから『Celeste』『Tell Me Why』まで、その歴史と現在 | GameBusiness.jp

笑いやショックの“道具”だったゲームのトランスジェンダー表現はどう変わった?キャサリン、ポイズンから『Celeste』『Tell Me Why』まで、その歴史と現在

人々が自分らしくいても安全だと思える環境を作るためには?

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笑いやショックの“道具”だったゲームのトランスジェンダー表現はどう変わった?キャサリン、ポイズンから『Celeste』『Tell Me Why』まで、その歴史と現在
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笑いやショックのために物語に登場していたトランスジェンダーのキャラクターは、いつ自分自身の物語を持つようになったのでしょうか。

1987年に登場した『スーパーマリオUSA』のキャサリンのように、かつてのゲームではトランスであることが笑いやショックを生むための“仕掛け”として使われることが少なくありませんでした。やがてトランスのキャラクターが物語に登場するようになっても「トランスだと明かされること」自体が物語に起伏を与えるための事件として扱われる時代が続きます。

それが近年では、『Celeste』のマデリンや『Tell Me Why』のタイラーのように、トランスであることを説明の対象にせず、悩みや成長を抱えた1人の主人公として描く作品が現れました。

ポーランド・ポズナンで開催されたゲームカンファレンス「Game Industry Conference(GIC)」では、Ten Square GamesのVIP Team Leadであるペトラ・グシチョラ(Petra Guściora)氏が、「Transness in Gaming: Exploring the On-Screen & the Real-Life」と題して講演しました。

ゲームにおけるトランス表現の変遷を、“珍しいもの”として扱われた初期、“暴露”として描かれた時代、そして物語の主体として描かれる現在という3つの段階で紹介しました。

講演はそこで終わらず、ゲームのキャラクタークリエイト画面になぞらえて、現実の職場で「本来の自分」を隠さずに働けることが、チームの協働にどう影響するのかへと踏み込みます。自分を偽ることに使われる精神的エネルギーや、「開放性は伝染する」という考え方を、氏自身の体験も交えて語りました。



初期の表現:ギミック、ジョーク、珍しいもの

ペトラ・グシチョラ氏は、ゲームがトランスのキャラクターを「ただのキャラクター」として扱えるようになるまでの道のりを3つの段階で説明しました。最初の段階は控えめに言っても「荒削り」で、トランスであることがギミックやジョーク、珍しいものとして扱われていた時代です。

最初の例に挙げたのは1987年発売の『夢工場ドキドキパニック』で初登場し、後に『スーパーマリオUSA』にも登場したキャサリン(海外名Birdo)です。公式の英語マニュアルがこのキャラクターを「彼は自分を女の子だと思っている」と説明していたと読み上げ、のちの印刷物や描写で内容は変わったものの、ローカライズは一貫して混乱していたと述べました。

この点を踏まえ、「最初のキャラクターだからと象徴にしている人もいるが、アイコンとして扱うには良い例ではない」とも話しました。

続いて『ファイナルファイト』や『ストリートファイター』に登場したポイズンを挙げました。氏によれば、ロキシーというキャラクターとともに、欧米のプレイヤーが“女性を殴ること”に否定的に反応するのを避ける狙いでトランスという設定が使われたといいます。意図も経緯も混乱していて、バージョンによってはこれらのキャラクターが削除されたり、カプコンの担当者が各所で異なる説明をしたりしたと指摘しました。

「可視化」が先行した時代:暴露としてのトランス

次の段階は「洗練より先に、まず可視化」の時代です。トランスのキャラクターが登場し始めたものの、多くの場合「他の人とは異なり、トランスであることが明かされること」自体が、ゲームのなかの“大事件”として扱われていたと述べました。

例として挙げられたのが『キャサリン』のエリカです。エリカは独自のストーリーを持つキャラクターで、そのストーリーはアイデンティティを扱っています。しかし、トランスの人々を適切に描くというより、プレイヤーに当惑やショックを与えるために使われたように見えると指摘。エンドロールではデッドネーム(本人が過去に使用していた名前)で表記され、公式の設定資料集では男性として扱われていたといいます。

また、あるエンディングでは、エリカがトランスだと知った相手のキャラクターが、衝撃や嫌悪、後悔を示し、別の世界線のエンディングではエリカが男性のままになっています。これらは主にショック・バリューとして使われていたと分析されました。

『マスエフェクト:アンドロメダ』のヘインリーは逆の例です。ヘインリーは作中で初めて話しかけた時点で、問いかけもないまま自らデッドネームを明かします。氏はこのようなシチュエーションは「現実では起こらないこと」だと指摘しました。

トランスのキャラクターを描き、包摂的であろうとする意図は明らかだったものの、非現実的な前提に基づいていて、不自然で形だけの配慮だという批判を受けたといいます。この会話はその後、批判を受けて修正されたそうです。

「説明しない」表現とプレイヤーが決める表現

3つ目の段階は「包摂から、物語の主体性へ」です。トランスのキャラクターが主人公として登場するようになると、プレイヤーはそのキャラクターたちをほかの主人公と同じ基準で評価できるようになります。

最初に例として挙げられたのが『Celeste』のマデリン。ゲーム内ではトランスであることが明示されず、環境のディテールや開発者へのインタビューを通じて知ることができます。そのため、『Celeste』はトランスのキャラクターを主題にしたゲームではありません。

ただ、このゲームが描くのは、不安、自己受容、恐怖、恥、そして自分の一部と共存することを学ぶ過程で、トランスの人々にとって身近な問題だと分析されます。「表現は、キャラクター自身の説明を必要としないからこそ機能することもある」というのが、氏の見方です。

もう1つが『Tell Me Why』のタイラーです。タイラーはトランス男性の主人公の1人で、自分がトランスであることを隠していませんが、それが物語の中心ではありません。物語の主軸は過去と向き合い、姉と再会し「かつて別の姿で知られていた場所に戻っても、今の自分のままでいられるのか」という問いにあると説明されました。

さらに「プレイヤー自身が決められるとしたら?」という視点から、非常に自由度の高いキャラクタークリエイト画面にも触れました。氏は望む姿を望む組み合わせで作れる仕組みを「とても包摂的」だと評価しています。その例として『サイバーパンク2077』を挙げ、このキャラクリエイトの方法は比較的新しい流れだと位置づけました。

キャラクタークリエイト画面から、オフィスへ

ここから話はゲームから現実の職場へ移ります。投げかけたのは「頭の一部が“偽ること”で忙しいとき、チームワークにどれだけの思考力を割けるのか」という問い。この議論は「多くのゲームは、キャラクターを作るところから始まる。職場にもキャラクタークリエイトはある。ただ、そう呼ばないだけだ」と強調されます。

職場にいるときの自分は家族やパートナーといるときの自分とは違う。そして、他人に受け入れられやすいと考えて、本来の自分とは違う“デフォルトのキャラクター”を作ってしまう人がいるといいます。

そうした状態では「どう振る舞うべきか」「自分の一部を隠すべきか」「周りは自分をどう見ているのか」といった疑問が頭を巡ります。氏はこれらは自分が過去に実際に自問していた言葉だと述べました。

一方「本来の自分」として働けると、そうした頭のなかのノイズは小さくなり「このタスクを最もうまくこなすには、どうすればいいか」という問いが増えるといいます。そしてゲームがこの点で現実の世界に示唆を与えると語りました。

ゲームはプレイヤーが外見や名前、人からどう見られたいかを自由に試すことを許し、好きな誰かを演じているプレイヤーに「なぜ別の誰かになれないのか」とは問いません。「世界はそこから何かを学べるのではないか」というのが、新たな問いかけです。

本来の自分になったことで、仕事がどう変わるか

第3部では「本来の自分になったことで、仕事がどう変わったか」というトピックが語られました。キーワードは「開放性は伝染する」という言葉。人々が自分らしくいても安全な環境であると知ると、他の人が自分らしくいることにも寛容になるのだといいます。その結果「正直でいることのコストが下がる」そうです。

この話はトランスの人々だけの話ではないと強調されました。スライドには「トランスの人々は、多くの人が経験することの一例にすぎない」とあり、それを「自分が何者であるか」と「自分が何者になれると思っているか」の間のギャップだと説明しました。

自身の経験においては、入社初日から職場に助けられ、移行の過程を通じて支えられてきたと話しました。そのうえで「すべての人がそうした環境を持てることを願っている」と述べました。

また、自分はこの場(GIC2026)で語ることになるとは思わなかったが、トランスの話題について根拠のない情報が広がり、よく理解していない人が声を上げている状況に怒りを覚えたことが登壇のきっかけになったと明かしました。

そして最後に「私たちには、誰もが自分としてプレイできるチームが必要だ」というメッセージを残して講演を終えました。

《タナカハルカ@Game*Spark》

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