
2025年12月に全面施行された「スマホ新法(スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律)」により、日本でもアプリ外課金や外部Webサイトでの購入導線をめぐる選択肢は広がりました。
一方で、実務面では慎重な見方もあります。たとえば日本のApp Storeでは、外部Web購入リンクであっても通常15%のStore Services Commission(Appleが外部購入リンク経由の取引に対して課す手数料)が発生します。また、Apple In-App Purchaseとの同時提示、同等以上の表示、開示シート、税務・返金・サポート責任など、ゲーム会社側が設計すべき論点も残ります。
前回の記事では、グローバルで年間240兆円以上の決済を処理するStripeの日本法人から、多くのゲーム会社の課金システム導入を支援してきたユンジエ・ディン(Yunjie Ding)氏に、アプリ外課金がもたらすコスト削減を超えた可能性──ユーザーとの新たな接点構築、グローバル展開、そしてAIエージェントによる決済の未来について語っていただきました。
しかし、視点を国内から米国に移すと、景色はまったく異なります。Sensor TowerとBainが実施した調査によると、収益上位のモバイルゲームで自社オンラインストアを持つ割合は、この5年間で12%から44%へ拡大。Webストアやアプリ外課金を「単なる手数料削減策」ではなく、プレイヤーとの直接接点・キャンペーン・ロイヤリティ施策を含む「収益チャネル」として本格活用し始めています。
今回は、MoR(Merchant of Record)を包括する「Stripe Managed Payments」を中心に、日本のゲーム会社が米国市場で、アプリ外課金やWebストアを小さく始め、データを見ながら拡張していくための実践論を、ディン氏に聞きました。
インタビュイープロフィール
ユンジエ・ディン(Yunjie Ding)氏 ストライプジャパン株式会社 ソリューションアーキテクト

2021年、Stripe日本法人最初のインプリメンテーションコンサルタントとしてStripeに入社。IBMでエンタープライズアプリケーション領域のテクニカルコンサルタントを経験後、決済・収益化基盤の導入支援に従事。Stripeでは、ゲーム、自動車、金融、メディアなど幅広い業界に対して、決済・サブスクリプション・グローバル展開・収益化基盤の設計を支援している。
国内では慎重、米国ではD2C収益チャネルとして検証が進む
──前回のインタビューでは、スマホ新法を契機としたアプリ外課金の可能性についてお話しいただきました。あれから数カ月が経ちましたが、「まだメリットが見にくい」という声も聞こえてきます。Stripeとしてはどのように受け止めていますか。
ディン氏(以下、敬称略):おっしゃる通りで、選択肢は増えている一方、事業者側としてはまだ慎重に検証している段階だと思います。
理由は、アプリ外課金を導入しても、単純に手数料がなくなるわけではないからです。日本のApp Storeでは、外部Web購入リンクであっても一定のStore Services Commissionが発生しますし、Apple In-App Purchaseとの同時提示、開示シート、税務・返金・サポート責任など、実務上考えるべき論点が多くあります。
そのため、国内だけで見ると「すぐに全面導入する」というよりも、どのタイトルで、どのユーザー層に、どの購入体験として提供すれば事業インパクトが出るのかを見極めている段階だと感じています。
ただ、我々が一貫してお伝えしているのは、アプリ外課金を単なる手数料削減策ではなく、プレイヤーとの直接接点を作るD2C戦略として捉えるべきだということです。価格から特典、キャンペーン、ロイヤリティ施策、ファーストパーティデータ活用まで含めて設計できるかが重要です。
──では、世界的に見て、アプリ外のWeb決済はどのような状況でしょうか。
ディン:米国を中心に見ると、アプリ外課金やWebストアを「収益チャネル」として捉える動きが進んでいます。
もちろん、米国でもプラットフォームルールや係争状況は変化しており、恒久的に条件が固定されているわけではありません。ただ、現時点では、iOSでは米国ストアフロントのアプリで外部購入リンクやボタン、CTAを出しやすくなっています。Androidでも、米国ユーザー向けに外部購入リンクを提示できるExternal Content Links Programが用意されています。
つまり、米国はD2CやWebストアを小さく検証しやすい市場になりつつあります。ここで重要なのは、単にプラットフォーム手数料を下げることではありません。プレイヤーとの直接接点を持ち、価格や特典、キャンペーン、サブスクリプション、ロイヤリティ施策を自社で設計できることです。
──市場規模の観点ではどうでしょうか。
ディン:2025年のゲームのマーケットシェアを見ると、米国と中国がやはり一番大きい市場です。欧州も、合算すればある程度の規模にはなりますが、分散しています。市場規模の観点からも、米国から始めるというのが非常に合理的です。

また、公開情報を見ても、収益上位のモバイルゲームで自社オンラインストアを持つ割合は5年間で12%から44%に拡大しています。半分近くの企業がすでにやっているわけです。これは単に手数料が安いからというよりは、自分たちでファンとの接点を持ちたい、コミュニティを作りたいというプラットフォーム設計としての動きだと見ています。
──つまり、日本国内はさておき、まず米国からスタートするというのは、いいタイミングだと。
ディン:そう思いますね。グローバルではすでに動いていますし、日本企業が米国市場を含めて顧客との接点を考え直す非常にいいタイミングだと思います。
日本企業の強みはIP。課題は“米国で売り続ける仕組み”を作れるか
──直近では、日本でもアジア発の大型タイトルが話題になることが増えています。日本のゲーム会社が米国でD2CやWebストアを活用する上で、どのような強みと課題があると見ていますか。
ディン:日本のゲーム会社の強みは、やはりIP、キャラクター、世界観、長期的なファン形成にあると思います。私自身も小さい頃から日本のゲームで遊んできましたが、日本発のコンテンツには、米国でも通用する強い魅力があります。ですから、課題は「米国で売れるコンテンツがない」ということではまったくありません。
課題は、その強いIPを、米国で継続的に収益化する仕組みに変えられるかです。単に英語のWebストアを作るだけではなく、米国のプレイヤーがどこで情報を見つけ、どのクリエイターを信頼し、どのコミュニティで熱量を持ち、どの特典に価値を感じるのかを理解する必要があります。
一部のアジア発の先行企業は、Webストアや公式Top-Up Centerを、単なる決済導線ではなく、キャンペーン、ロイヤリティ、コミュニティ施策と一体で設計しています。そこから学べるのは、「大きく始めること」ではなく、「小さく試して、データを見ながら改善すること」だと思います。
──日本企業が米国でWebストアやアプリ外課金を進めるうえで、意思決定や社内調整の面ではどのような課題がありますか。
ディン:日本企業の場合、意思決定が遅いというより、判断に必要な情報を非常に丁寧に揃える傾向があると思います。特にゲーム会社は、IPやブランド、ユーザー体験をとても大切にしています。ですので、新しい販売導線を導入する際にも、法務や税務、サポート、不正対策、プラットフォーム規約、既存のアプリ内課金への影響などを慎重に確認するのは自然なことです。
ただ、米国市場では、Webストアやアプリ外課金をD2Cの収益チャネルとして検証しやすい環境が整いつつあります。ここで重要なのは、最初から全社的な大きな経営判断にしないことです。1タイトル、1商品、1キャンペーンといった小さなスコープに絞り、実際の遷移率、購入率、承認率、返金率、チャージバック率、サポート問い合わせ率を見ながら判断する。そうすれば、事例がないから動けない、という状態から、社内で判断できるデータを自分たちで作ることができます。
先行企業の事例から日本企業が学べる点は多いですが、それは「とにかく早く大きく始める」ということではありません。むしろ、リスクを限定しながら、小さく検証して学びを得る設計が重要です。
Stripe Managed Paymentsのような仕組みは、その小さな検証を始めやすくするための選択肢です。税務や不正対策、紛争対応、取引レベルのサポートといったグローバル販売の複雑性を下げることで、現場が仮説検証を始めやすくなる。日本企業の慎重さを否定するのではなく、その慎重さを保ちながら、より早く学習できる環境を作ることが大切だと思います。
──米国で先行している企業は、具体的にどのようなものを売っているのですか。
ディン:単発のコインやアイテムもあれば、ファンクラブや月間パスといったサブスクリプションモデルに使っていただくこともあります。ただ、根底にあるのは「ファンとの接点を作る」という設計思想です。
自社アカウントを軸に、同意に基づいた購買履歴やファーストパーティデータを活用しやすくなります。カード番号などの機微な決済情報を自社で直接保持するという意味ではなく、プレイヤーとの関係性や購入体験を自社で設計しやすくなる、ということです。
たとえば、あるタイトルでWebストアを利用したプレイヤーに対して、別タイトルのキャンペーンやイベント、サブスクリプション、限定特典を案内する。そうしたCRMやロイヤリティ施策を、自社アカウントを軸に展開できるようになります。

MoR選びは、見かけの料率ではなくTCOと運用設計で見る
──前回のインタビューでもMoR(※Merchant of Record)サービスについて触れていただきましたが、今回は「Stripe Managed Payments」について、より詳しくお聞かせください。
※MoR(Merchant of Record)=「販売記録上の事業者」の意。ゲーム会社に代わって法的な販売者となり、各国の税務処理や不正対策、チャージバック対応、カスタマーサポートなどを引き受ける仕組み。ゲーム会社は商品・コンテンツの提供に集中でき、グローバル販売に伴う運用の複雑さを大幅に軽減できる。
ディン:Stripe Managed Paymentsは、企業がグローバルでデジタルコンテンツを販売するときに、StripeがMoRとしてその取引を扱うソリューションです。通常であれば、ゲーム会社が自分たちで返金やチャージバック対応などを行わなければなりませんが、こうした運営部分をまとめてStripeが対応します。

MoRパートナーを選定する際に見るべきポイントが大きく4つあります。
第一に「実質コスト(Total Cost of Ownership)」です。 ヘッドラインの料率だけではなく、ローカル決済手段や為替、チャージバック、返金、税務、サポート運用まで含めて見る必要があります。Managed Paymentsでは、こうした複数の運用要素をまとめて考えられるため、米国向けに小さく検証する際のコスト構造を見通しやすくなります。
第二に「決済承認率」です。 ここが収益に最も直接的に影響する部分です。重要なのは、「なぜ承認率に差が出るのか」という構造です。決済インフラを自社で保有し、ネットワークトークン、アクワイアリング戦略、発行会社との連携を直接制御できるかどうかが、承認率の決定要因になります。他社の決済インフラの上に構築されたサービスでは、これらの要素を自ら調整・最適化することができません。
Stripe Managed Paymentsの場合、Stripeは自社がPSP(Payment Service Provider)そのものです。MID(加盟店番号)やネットワークトークン、決済ルーティング、リトライロジックを直接制御しています。これが高い承認率を実現する構造的な理由です。
第三に「導入のしやすさ」です。 ここで強調したいのは、我々は本当に1トランザクション単位でMoRのオン・オフをコントロールできるということで、これは業界で唯一の機能です。他社のMoRサービスでは、「MoRを使うならすべてMoR」「PSPを使うならすべてPSP」という二者択一になりがちです。たとえば最初はMoRで海外展開して、途中から「このタイトルだけは自社で運用したい」となった場合、完全に別のシステムを導入しなければなりません。Stripeなら、例えば米国向けの1タイトル、1商品、1キャンペーンだけにStripe Managed Paymentsを使い、他の取引は既存のまま、という運用が可能です。
第四に「入金スピードと安定性」です。 業界の平均的な入金スケジュールはだいたい30日間ですが、Stripeでは5~7営業日で入金できます。ゲーム業界では、マーケティング費用を先行投資してユーザーを獲得して回していくモデルですから、運転資金の面でも大きな差が出ます。
また、2025年にはグローバル最大級のMoR事業者が経営破綻しています。MoR事業者は顧客の資金を預かる立場にあるため、その財務安定性は「機能比較」以上に重要な評価軸です。Stripeは年間1.9兆ドル以上の決済を処理しており、MoRは事業全体の一機能であるため、MoR専業事業者とは財務リスクの構造が根本的に異なります。
──具体的な比較事例はありますか。
ディン:個別の案件詳細はお話しできませんが、大規模なゲームタイトルでは、決済成功率が数ポイント変わるだけでも、年間売上への影響は非常に大きくなります。さらに、為替やローカル決済手段、税務、チャージバック、サポート運用まで含めると、表面的な料率だけでは実質コストを見誤ることがあります。
そのため、MoRや決済パートナーを選ぶ際には、「決済手数料」や「対応国数」、「決済手段の数」だけで単純比較するのではなく、決済のライフサイクル全体で何が起きるかを見ることが重要です。
──コンバージョン向上のための取り組みについても教えてください。
ディン:「Adaptive Pricing」という機能を提供しています。たとえばAdaptive Pricingでは、顧客の所在地やセッションシグナルをもとに、購入者にとって馴染みのある通貨で価格を表示できます。日本の事業者が日本円で商品を定義していても、米国のユーザーにはドル建てで見せる、といったことが可能です。ゲームのようにグローバルで販売するデジタル商品では、購入者が価格を理解しやすいこと、支払い方法に不安がないことがコンバージョンに影響します。Adaptive Pricingは、そうしたクロスボーダー販売の摩擦を下げるための機能です。

──入金スピードも含め、相当なインパクトですね。
ディン:はい。日本では30日の入金サイクルが当たり前という認識になっています。ですが、たとえば広告費を先行投資して、売上が1週間で入金されれば、最初からある程度攻めた投資をしても、ちゃんとキャッシュフローが回ります。小さい企業でもグローバルで勝負できるようになるんです。
サブスクリプションでは、決済リカバリがLTVを左右する
──サブスクリプション展開の可能性についてもお聞かせください。
ディン:中長期的にファンのLTVを高めるという意味で、サブスクリプションは非常に相性が良いモデルだと思います。月額パスやVIPプログラム、バトルパス、限定コンテンツ、コミュニティ特典など、さまざまな形が考えられます。ただし、サブスクリプションは初回決済だけで終わりません。更新や支払い失敗、カード期限切れ、解約、返金、地域別価格、税務対応など、継続的な運用が必要です。ここを自社でゼロから作ると、想像以上に負荷がかかります。
我々は「Stripe Billing」という課金エンジンを、もともと多くのSaaS企業やAI企業に提供してきました。Stripe Managed Paymentsを利用いただければ、このMoRサービスの中でそのままBillingの課金エンジンが使えます。

数百万社の運用実績で磨かれてきたエンジンですから、サブスクリプションのライフサイクル管理──更新時の決済失敗への対応、決済のリトライのタイミング、督促、解約防止──がすべて組み込まれています。ゲーム会社がサブスク管理の基盤をゼロから構築する必要はありません。
──決済失敗時のリトライのタイミングはどう最適化しているのですか。
ディン:Stripeの「Smart Retries」という仕組みで、数百万社の決済データをもとに機械学習モデルがリトライの最適なタイミングを自動で判断しています。単純に一定間隔で再試行するのではなく、カードの種類や、失敗理由、曜日・時間帯、過去の成功パターンなど複数のシグナルを組み合わせて、「いまリトライすれば通る確率が最も高い」瞬間を選んでいます。興味深い例としては、給料日の直後にリトライすると通りやすい、といったパターンもデータから見えています。

──ぼくのことですね(笑)。
ディン:(笑)。そういったデータをもとに、「ここなら一番リカバリ率が高い」「督促はいま送るべきだ」という判断を自動的に行います。
サブスクリプションでは、支払い失敗をどれだけ適切にリカバリできるかがLTVに大きく影響します。たとえば2カ月目で決済に失敗して、そのまま解約になってしまうと、本来得られたはずの残り期間の収益が失われます。だからこそ、やみくもにリトライするのではなく、カード会社からの見え方やユーザー体験に配慮しながら、適切なタイミングで回収する設計が重要です。

──解約を防ぐ仕組みはありますか。
ディン:実は解約の半分以上は「意図しない解約」なんです。たとえば与信枠を使い切ったタイミングでサブスクの更新が来てしまい、決済が失敗し、本人が気づかないまま解約になってしまう。気づいたときには「まあいいや」となってしまう。これが一番多いパターンです。
意図して解約したいお客様を取り戻すのはなかなか難しい。ですが、知らない間に解約してしまうお客様は、良いタイミングでのリトライやそもそもの決済成功率の向上──つまり我々のテクノロジーでリカバリできます。
よくある一般的な実装で「決済が失敗したら1時間ごとにリトライする」というパターンを見かけますが、同じ条件で繰り返しても成功率はほとんど上がりません。むしろ、短時間に何度もリトライすると、カード会社側から不正利用を疑われてカードを止められてしまうリスクがあります。結果的にお客様の体験を損ない、サービス離脱につながりかねません。
通常のMoRサービスが提供する単純な定期課金と、Stripe Billingエンジンが支えるManaged Paymentsとでは、裏側の性能にかなりの差があると考えています。
最初の一歩は、1タイトル・1商品・1キャンペーンから
──米国でアプリ外課金を始めたいゲーム会社は、具体的に何から手をつけるべきでしょうか。
ディン:まず大事なのは、検証スコープを決めることです。最初から本格的なWebストアや全タイトル展開を目指す必要はありません。米国向けの1タイトル、1商品、1キャンペーンから始めるのが現実的です。
Stripeでは、最小構成で始めるならPayment Links、より本格的にWebストアやゲーム内導線と連携するならCheckoutという選択肢があります。
実装面では、Payment Linksを使えば、コードを書かずに決済リンクを作成できます。Stripe Managed Paymentsを利用する場合は、まず商品カテゴリや販売形態が対象要件を満たしているかを確認し、Dashboard上でManaged Paymentsの設定を行います。そのうえで、対象となるデジタル商品を作成し、Payment Linksで決済リンクを生成します。そのリンクは、プラットフォーム規約上認められる範囲で、公式サイトやメール、SNS、コミュニティ、米国向けのアプリ内導線などに配置できます。

実際にこのリンクから購入が発生すると、ダッシュボード上で通常の取引とStripe Managed Paymentsの取引が区別して表示されます。実際の購入データを見ながら、遷移率や購入率、承認率、平均購入額、返金率、チャージバック率、サポート問い合わせ率などを確認します。Stripe Dashboardでは、取引や返金、チャージバックなどの状況を確認できますし、ゲーム側のデータと組み合わせれば、既存IAPへの影響やLTVへの効果も検証できます。
お伝えしたいのは、最初から大規模なシステム刷新をしなくてもよいということです。まずは1タイトルの1つの導線から始めて、手応えがあればCheckoutや本格的なWebストア、複数商品、複数導線へ広げていく。そうした段階的な進め方ができます。
──MCP連携を使えば、さらに効率化できるのでしょうか。
ディン:MCPを使うことで、MCP対応のAIクライアントからStripe APIを操作し、Payment Linksの作成や商品・価格設定の作業を補助することは可能です。たとえば「新しいゲーム商品のPayment Linksを作って」と自然言語で指示するだけで、チャットの中でリンクが生成されて返ってきます。商品の設計もAIに任せられるので、少人数のチームでも効率よく準備を進められます。
──逆に、「始めてみたけどうまくいかなかった」という失敗パターンはありますか。
ディン:一番多いのは、決済リンクやWebストアを作れば自然に売上が増えると考えてしまうことです。実際には、Webストアへの導線から価格設計、キャンペーン、プレイヤーへの説明、購入後のアイテム付与、返金対応、不正対策、サポートまで含めて設計しないと成果は出ません。
先ほどの最小構成で始められるというのは事実ですが、実際に成果を出すには、カスタマージャーニー全体を設計しなければなりません。サイトのどこかにリンクをぽんと貼り付けるだけでは、なかなか難しいです。
AIエージェント決済は、まずゲーム会社の業務・B2B領域から
──前回の記事でも触れたAIエージェント決済について、最新の動向を教えてください。
ディン:直近実施したStripe の年次カンファレンス「Stripe Sessions 2026」では、AIエージェントが商取引に関わる「エージェンティック コマース」に対応する取り組みが複数発表されました。
特に印象的だったのは、基調講演でStripeのCEO Patrick Collisonが「シンギュラリティ」という言葉を使っていたことです。もちろん、ここで言うシンギュラリティは、AIが人間を完全に超えたという意味ではありません。むしろ、AIによって事業の立ち上げ方や開発のスピード、商取引の担い手が、これまでとは違う曲線で変わり始めている、という意味合いだと捉えています。
実際、Sessionsでは、2026年初頭からStripe上で新しく立ち上がるビジネスの数が大きく伸びていること、AIによって新しいプロダクトやビジネスモデルが生まれ、経済全体が再プラットフォーム化していることが語られていました。Stripeとしても、その変化を支えるために、AI時代の経済インフラを作っていくというメッセージを出しています。

その文脈で見ると、エージェンティックコマースは単なる未来予測ではなくなってきています。「Stripe Sessions 2026」では、企業が商品カタログをアップロードし、Stripe DashboardからAIエージェントのアクセスを管理できるAgentic Commerce Suite(ACS)や、Linkのagent wallet、そしてエージェントがマイクロトランザクションや継続課金をプログラム的に実行できるMPP(Machine Payment Protocol)が発表されました。
──MPPとはどのような仕組みですか。
ディン:MPPは、HTTPの仕組みを使ってエージェント同士が自動的に決済できるオープンプロトコルです。仕組みはシンプルで、AIエージェントがあるサービスのAPIを呼び出すと、サービス側がHTTP 402(Payment Required)というステータスコードで「この処理には○ドル必要です」と返します。エージェントはその情報をもとに自動的に支払いを完了し、再度リクエストすると結果が返ってくる。利用者はその裏側のやり取りをまったく意識しません。
支払い手段としては、少額・高頻度の取引に適したステーブルコインと、従来のカード決済に対応したShared Payment Token(SPT)の2つが用意されています。特にエージェント間のマイクロトランザクションでは、従来のカード決済ではコストや速度の面で対応が難しかったため、ステーブルコインによるリアルタイムの少額決済が有効です。
プロトコルの仕様はmpp.devですべて公開されていて、実際にHTTP 402が返ってきて、支払いが通って、結果が得られるという一連の流れを、ターミナルから数分で体験できますので、ぜひ触ってみていただきたいですね。
──ゲーム業界では、どのような領域から始まると見ていますか。
ディン:ゲーム業界でいうと、プレイヤーのAIエージェントがいきなりゲーム内課金を自律的に行う、というよりも、まずはゲーム会社側の業務やB2B領域から始まる可能性が高いと見ています。たとえば広告運用やコミュニティ運営、クリエイター支払い、開発ツール、クラウドリソース、API利用、サポート業務など──ゲーム会社が開発・運用のプロセスの中で使う外部サービスに対して、エージェントに予算を渡して「この範囲でやっておいて」と任せる。そのエージェントが使う各サービスへの課金がMPPで行われる、というイメージです。
一方で、プレイヤー向けのゲーム内課金にエージェント決済が広がるには、まだもう少し時間がかかるでしょう。ゲームはやはり「自分で操作する」「自分で選ぶ」楽しさがありますから、エージェントに任せるモチベーションがまだ薄い領域です。ただ、ゲーム周辺のB2B領域では比較的早く実用化されるのではないかと見ています。

日本のゲーム会社へのメッセージ
──最後に、国内だけを見て「アプリ外課金はまだ早い」と考えている日本のゲーム会社に向けて、メッセージをお願いします。
ディン:日本国内だけを見ると、アプリ外課金はまだ慎重に見極める段階だと感じる企業も多いと思います。一方で、米国市場では、Webストアやアプリ外課金をD2Cの収益チャネルとして活用する動きが進んでいます。
日本のコンテンツは強いです。ちゃんと勝てるコンテンツを持っています。ですから、最初は小さくでもいいので、まず始めてみるのがいいのではないかと思います。
Stripe Managed Paymentsであれば、Payment Linksから、1タイトルの1つの動線からすぐに始められます。そしてMoRパートナーを選ぶときは、料率と決済手段の数だけではなく、自分が展開する対象国での実質コスト、決済の成功率、そしてサブスクリプションをやるかどうかも含めて評価していただければと思います。
──ありがとうございました!
「小さく始める」環境は、すでに整っている
スマホ新法から数カ月、国内では「期待したほどではない」という慎重な空気がある一方で、ディン氏の話から浮かび上がったのは、視野を米国に広げれば、すでに大きな収益機会が動き始めているという事実でした。
収益上位のモバイルゲームの44%がD2Cストアを展開しているという調査データ、Adaptive Pricingによる収益向上、業界平均30日に対して1週間以内という入金スピード──これらの実績は、MoRパートナー選びを「見かけの手数料率」だけで判断してはいけないことを明確に示しています。
また、サブスクリプション領域では、決済リカバリのわずか数%の改善がLTVに大きなインパクトを与えるという話は、ライブサービス型ゲームが主流となった現在、すべてのゲーム会社にとって見逃せないポイントでしょう。
そして何より印象的だったのは、「始めるためのハードルが非常に低い」というディン氏の言葉です。Payment Links 1本から、1タイトルの1つの動線から始められる。MCPを通じてAIに商品設計を任せることもできる。大きな経営判断やシステム刷新を待たなくても、現場レベルで「まずやってみる」ことが可能な環境が整っています。
前回ディン氏は「ゲーム会社には本業に力を入れていただきたい。規制対応や決済の運用に振り回されるのではなく、良いゲームを作ることに集中していただきたい」と語りました。その言葉の通り、Stripe Managed Paymentsによって「良いコンテンツさえあれば、グローバルで勝負できる」環境は着実に整いつつあります。「事例がないと動けない」という壁を超えるために──まずは1本のリンクから始めてみてはいかがでしょうか。
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