
IGDA日本が主催する「東京シリアスゲームサミット」が4月17日、Redbull Gaming Sphere Tokyoにて初日を迎えました。本サミットは、教育・医療・企業研修・社会問題解決など、ゲームの知見を実社会の課題解決に活用するシリアスゲームの最前線を共有することを目的としたイベントです。
初日の最後を締めくくるセッションとして、消化器外科医のほか、omniheal代表取締役や医療法人社団おうちの診療所の院長を務める石井洋介氏と、ゲームメディアSQOOLの代表を務める加藤賢治氏のクロストーク「ゲームのヘルスケア分野活用の実例」が実施されました。重大な疾患への興味を喚起する手段として、また社会問題を考えさせるきっかけとしてのゲームの可能性を語り合いました。
消化器外科医が、笑いで届ける大腸がん啓発ゲームを開発した背景

まず石井氏は、消化器外科医でありながら、過去にスマートフォンで『うんコレ』を開発した実績を持っています。石井氏によると、実体験から「大腸がんの早期発見に課題を感じた」ことがゲーム活用の原点だったとのことです。
その後、厚生労働省での勤務を経て在宅医療に転じ、現在は中野区で「おうちの診療所」を開業しながら複数の会社を運営しています。また日本うんこ学会(通称・うんこ学会)の会長として、ゲームを通じた大腸がん検診の啓発活動も精力的に行っています。さらにデジタルハリウッド大学大学院の卒業生兼教員、高知大学デジタルヘルス学講座の特任准教授も務めるなど、多様な活動を行っています。

加藤賢治氏は2013年にゲームメディアSQOOLを運営する会社を設立。オランダ大使館と港区が共催するプログラムでユトレヒト大学を訪問し、ゲームを使った社会貢献の取り組みに触れたことをきっかけにシリアスゲームの世界に本格的に関わるようになったといいます。

さて、石井氏が医療でゲーム活用を考えたきっかけは、まず一般人に大腸がんの啓発を行うことが難しいということでした。大腸がんは初期段階では腹痛が起きにくく、便に血が混じる・便が細くなる・下痢と便秘の繰り返しなど、「うんこの変化」として症状が現れることが多いといいます。
「うんこが症状の一つだと知らないと、一ミリも気づけない」と石井氏は語ります。しかし講座で真面目に伝えようとしても、健康意識が高い人にしか届かず、一番情報を伝えたい健康に関心が薄い層に伝わらない壁があったといいます。

そこで石井氏が始めたのが、「日本うんこ学会」による笑いを前面に押し出した啓発活動です。「バカバカしく届けた方が、ハッシュタグで拡散されて広がる」という考えのもと、うんこをテーマにしたゲーム『うんコレ』を開発しました。
『うんコレ』のゲームデザインは明快です。課金の代わりに毎日のうんこを報告するとガチャが回せる仕組みで、大腸細菌の擬人化キャラクターを集めるゲームとなっています。
石井氏は「ゲーマーはゲームをやりたいからうんこを見る。大腸がんを治したくてうんこを見る人はいない」という発想でこのゲームデザインを設計したといいます。
さらに『うんコレ』では「血便が続く」など異常が検知されるとアラートを出し、病院への受診を促す仕組みも組み込まれています。こうしたゲーム開発を通して「本当に必要なタイミングで啓発できる」という点に医療的な発見があったと石井氏は語ります。

さらに『うんコレ』ではゲームを通じてコミュニティを育てた点も大きな成果となりました。腸の不調を抱えた人や医療職の方が集まり、「ここならうんこの話ができる」という匿名の場が生まれたといいます。
コミュニティには看護師や声優など、有志の参加によってゲームがフルボイス化されるなど、熱量がそのまま開発の推進力になっていったとのことです。シリアスゲームとして実績を見せた『うんコレ』ですが、現在はiOSのアップデート速度やUnityの更新に対応しきれず、活動を停止しているとのこと。加藤氏は「これほどの取り組みが止まっているのは残念すぎる」と惜しむ場面もありました。
『エンディングゲーム』の考案。他人の人生を通じて「人生の最終段階」を考える

石井氏が手がけた2つ目のゲームが『エンディングゲーム』です。こちらは人生の最後をどう過ごすかを事前に考える「ACP(アドバンス・ケア・プランニング、通称・人生会議)」の普及を目的に、自治体の広報案件として制作しています。
従来のACPの啓発は、エンディングノートの記入や対話を求めるものが多く、自分ごととして考えにくいという課題がありました。そんな課題に対して石井氏は「恋愛リアリティショーで他人のことならやいのやいの言えるけど、自分ごとになると傷つく。それと同じで、他人の人生を追体験させることで当事者としての気持ちになってもらった」と語ります。
そんな『エンディングゲーム』では、プレイヤーは他人の人生を辿りながら最後を見届け、他人のエンディングノートを書くという設計ですが、実際には自分の妻や親を思い浮かべながら書いていることが多かったといいます。

ゲームとしての仕掛けも工夫されており、クリア条件として「最もお金持ちになること」という競争要素を入れることで、最後に場が盛り上がる設計も行っています。本作をプレイする前と後の比較で、自分の将来像を描けた参加者の割合が10%以下から約80%に上昇したという成果も出たとのことです。
高齢者施設での『ぷよぷよ』。エンタメで介護現場を変える

石井氏が共同で立ち上げた会社「エンタケア研究所」では、セガのIPを活用して高齢者施設にエンターテインメントを届ける取り組みを行っています。
その取り組みのひとつが、『ぷよぷよ』を入居者にプレイしてもらうことです。こちらは高齢者でも遊びやすいように、通常の『ぷよぷよ』よりもルールを簡略化し、色数やスピードを落としたデザインに調整しています。
その他にはUFOキャッチャーなど、さまざまなゲームをパッケージにしたサブスクリプション形式で施設に提供しているといいます。現在は京都での実証実験段階であり、今後はB2Bでの展開を目指しているとのことです。
加藤氏は『ぷよぷよ』が色覚多様性に配慮したデザインになっている点にも言及し、「シリアスゲームの素晴らしさを『ぷよぷよ』で感じた」と語ります。さらに石井氏は「『ぷよぷよ』eスポーツのプロデューサーがオリンピック・パラリンピックへの参加を目指している」ことを紹介しました。それを受けた加藤氏は「eスポーツは身体的なハンディキャップがあっても対等に競える可能性がある」として、社会的意義の高さを強調していました。
ヘルスケアとゲームの接点——国内外の事例から
加藤氏はここで視野を広げ、ヘルスケアとゲームが交差する国内外の事例を紹介。ここでは、現在の商用ゲームのなかで、健康を促進しているタイトルを事例として取り上げています。

たとえば代表的な位置情報ゲームの『ポケモンGO』では、「ウォーキングするゲームプレイによって、糖尿病の改善に関する論文が出るほど健康への影響が確認されている」とのこと。石井氏はここで「『ポケモンGO』は健康を目的として作られていない」という点が重要だと語ります。むしろ「楽しいことをしているうちに、勝手に健康になっている世界の方がいい」という“エンターテインメントファースト”の考え方こそが、ゲームが医療に貢献できる本質だと指摘しています。

その他に『ポケモンスリープ』は、「睡眠データの可視化によって自分の睡眠の傾向に気づき、改善しようとする動機が生まれる」という点を両氏は評価。また、Switchで一世を風靡した『リングフィット アドベンチャー』について石井氏は「医者からすると悔しいくらいの行動変容を促した。いつかゲームが処方される時代が来るんじゃないかと思うほどのインパクトがあった」と評しています。
加藤氏がオランダの事例として紹介したのは、脳波測定器を使いながら不安症の子どもが段階的に怖い体験に慣れていくゲームです。しかし石井氏はシミュレーターとしての価値を評価しつつも「トラウマを持つ人が体験すると、フラッシュバックしてしまう可能性もある」というリスクも指摘しています。
また福島の原発避難者が暮らす仮設住宅をVRで体験するゲームも紹介され、社会的共感を生み出す手段としてのゲームの可能性が示されました。
意図せずヘルスケアに近づいたインディーゲーム
加藤氏は最後に、ヘルスケアを明示的な目的としていないながらも、結果として心や社会に働きかける国内外のインディーゲームを4作品紹介しました。(以下、一部作品のストーリー上で重要な内容にも触れています。ご了承ください)

ロボットの終末期を看取る『Robot Hospice』、過去の自分と協力しながらトラウマを乗り越えていく中国の個人開発作『With My Past』、若年性アルツハイマーの問題を描いた『ダレカレ』、仕事に疲れた人が通勤電車で終点の海へ向かう体験を描いた『限界OL海へ行く』の4作です。
石井氏はこれらすべてについて「トラウマ治療・認知症啓発・ストレスコーピングとして、そのまま治療に使えそうなコンセプト」と評価。加藤氏は「医療を目的として作られていないことが、これらの作品の本当に素晴らしいところ」と語ります。石井氏も「良質なエンターテインメントは出会った前と後で自分の人生が変わる。ゲームはその力が特に強いと信じている」と述べ、ゲームが人の人生を変え得るものだという確信を語りました。
しかし、質疑応答では加藤氏が紹介したゲームの一部の作品について「たとえば『ダレカレ』は作中の若年性アルツハイマー認知症の患者とその家族の描写について、問題が指摘されている。それでも百歩譲ってエンターテインメントや芸術表現として評価するのはまだわかるが、社会課題の解決を考えるシリアスゲームとして紹介するのは妥当なのか」という質問が挙がりました。
加藤氏はこの問いに対し、自身の父が内科医であったこと、がん治療で標準医療でなく民間療法を選ぶ患者を目の当たりにした経験を踏まえ、「正しいことを人が選ぶとは限らない。医学として正しいかどうかは常に変化するし、その人にとって何が正しいかは言い切れない。賛否両論の反応が起きること自体は悪いことではない」として、医学的に誤った情報を正しいと主張するのでなければ、解釈の幅をもたらすゲームは正解の一つになり得るという立場を示しました。
石井氏もこれに同意した上で、啓発における「尖り」の問題として語っています。大腸がんのポスターが「2人に1人ががんになる」という恐怖訴求を使うことへの倫理的な議論が医学界でも続いていると紹介しつつ、「猛辛ラーメンをマイルドにしてどうするの、というのはある。エンターテインメントの尖りを削ぐことが正義かどうかは自分自身もすごく悩む」と語ります。
本講演では、"遊び"や"笑い"の力で重大な疾患への関心を喚起する取り組みが多数紹介された一方で、質疑応答を通じて、もともとシリアスゲームとして作られていないゲームを社会課題の文脈で評価することの妥当性という論点も浮き彫りになりました。
石井氏が語ったように、万人受けを目指して表現の"尖り"を削いだ結果、かえって誰にも届かなくなるという懸念は、啓発コンテンツに共通するジレンマといえます。一方で、先述したインディーゲームは社会課題を作中に含んでいるものの、現実の社会課題の解決を目的として制作されたわけではありません。そうした作品をシリアスゲームの枠組みで評価することにはどこまで有効性があるのか——セッションは、シリアスゲームの定義や表現の在り方について改めて考えさせられる議論で幕を閉じました。






