「この物語はどんな戦争にも当てはまります」戦時下ウクライナ民間人の凄絶な運命描く無料ADV『Ukraine War Stories』開発者緊急インタビュー | GameBusiness.jp

「この物語はどんな戦争にも当てはまります」戦時下ウクライナ民間人の凄絶な運命描く無料ADV『Ukraine War Stories』開発者緊急インタビュー

ウクライナのゲームデベロッパーが、ロシアのウクライナ侵攻を題材に制作したビジュアルノベル『Ukraine War Stories』。その開発者の一人に率直な質問を投げかけました。

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『Ukraine War Stories』
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2022年10月18日、Starni GamesよりADV『Ukraine War Stories』が正式リリースされました。同作は、ウクライナのゲームデベロッパーが、ロシアのウクライナ侵攻を題材に制作したビジュアルノベルです。Steamで無償配布され、有志翻訳を公式採用する形で日本語にも対応しています。

本作では、ロシアの侵攻によりウクライナの民間人が辿った運命を、実話と目撃者の証言に着想を得たそれぞれ数十分程度の3編の短編として追体験できます。そんな本作の開発者はいったいどんな人物で、なぜ本作を制作し、なにを伝えようとしているのでしょうか。現在進行中の戦争を真正面から描くために、どんな工夫をしているのでしょうか。

これまで開戦以降のロシアやウクライナのデベロッパーを連載として追ってきた弊誌では、今回、本作の開発者の一人Oleksandr Sienin氏に、そんな率直な質問を投げかけました。


――自己紹介をお願いします。

Oleksandr Sienin氏(以下、敬称略)Starni Gamesのリード・ゲームデザイナーOleksandr Sieninです。これまで『Ukraine War Stories』の他に、第二次世界大戦を舞台にしたストラテジーゲーム『Strategic Mind』シリーズを開発してきました。

――本作をご紹介ください。

Oleksandr『Ukraine War Stories』は、ホストメリ、ブチャ、マリウポリの3つの街の物語からなるビジュアルノベルです。本作では、実際の出来事と目撃証言に基づき、ロシアによる2022年のウクライナ侵攻直後に民間人が辿った運命を描いています。これはウクライナで起きている戦争の知識を広めることを目的とした完全に無償のプロジェクトで、私たちは本作から利益を得ていません。

――なぜ本作を制作しようと考えたのですか?

Oleksandrロシアがウクライナに侵攻したとき、誰もが衝撃を受けました。ある程度予想されていたとしてもです。開戦から1ヶ月後、ウクライナ軍がキーウ周辺を解放すると、誰もがさらなる衝撃を受けました。ロシア兵が占領下の街や村で民間人に見せた残虐さに対してです。街が解放され、こうした犯罪の証拠が集まると、私たちはこのプロジェクトを実行しようと考えました。そこでなにが起きたのかを示すために。

プロジェクトの考案者はCEOのIhor Tymoshenkoです。彼はプレイヤーに個人的で没入感の高い体験をしてもらいたいと考えました。プレイヤーは単に新聞の見出しを「読む」のではなく、物語を通じてこの恐ろしい体験を「感じる」のです。そうすれば、ウクライナの状況が外国の皆さんにもよく伝わるでしょう。

――なぜこの戦争を世界に伝えたいのですか?

Oleksandrウクライナは占領された領土の解放を進めるにあたって、他の民主主義諸国の支援に頼っています。各国の国民がウクライナへの支援に反対すれば、該当する国の政府もウクライナへの支援をためらうでしょう。逆に、それぞれの国でウクライナの支援に賛成する国民が多いほど、ウクライナは迅速な支援が受けられます。それが民主主義なのです。ウクライナで実際に起きていることを世界中の人々に伝えたいのは、それが理由です。

――なぜウクライナを助けたいのですか?

Oleksandr私たちはウクライナに住んでいます。同胞が苦しむ様子を見て見ぬ振りはできません。また、これは自分自身を助けるためでもあります。オフィスはキーウにあり、ホストメリとブチャはそこから30キロメートルの郊外です。

一つ例を挙げましょう。戦争が始まったとき、CEOは妻と二人の子供を外国に疎開させ、単独キーウに戻ってきました。その数カ月後、彼の5歳になる娘が戦争の前まで通っていた幼稚園の運動場にロシアのロケット弾が命中したのです。幼稚園は深刻な被害を受けて現在休園しています。その幼稚園は私たちのオフィスからそう離れていません。

ロシアのロケット弾が命中したという幼稚園の写真(ゲーム内の画像ではありません)

――プレイヤーからはどのような反響がありましたか?

Oleksandrデモ版のリリース以来、好意的で勇気づけられる感想をたくさん頂きました。あるプレイヤーは「良い物語だがとても悲しい話なので、読み進めるには心を落ち着けるために休憩が必要だった」と感想を述べ、私たちは心を動かされました。

残念なことに、Steamのコミュニティには作品と関係のない政治的な議論を始めて、フォーラムをある種の陰謀論であふれさせる方もいます。しかし、そうした方は今のところ少数派です。このプロジェクトがいかに政治的にデリケートかを考えれば、現在ユーザーレビューの85%が肯定的という数字には勇気づけられます。

――戦争を描写する上でどのようなことに気を配りましたか?

Oleksandr私たちは戦争を民間人のローカルな視点で描きました。戦争全体よりも人々の感情や身の回りに起きることに焦点を当てたのです。特に力を入れたのは、戦争が身近に迫ったときに人々は戦争をどのように受け止めるのか、時間とともにその感情はどのように変化するのかです。本作をプレイしたウクライナ人の中には、当時の自分の感情に非常に近い描写だったと語る方もいました。

もちろん、提供する日付や細部の正確さには万全を期しています。占領下に置かれた複数の人間に確認した上で、証拠により裏付けされたメディアの記事を相互参照しました。なにか一つでも間違いがあれば、プロジェクト全体に疑問が投げかけられることはわかっていたからです。

――独特なグラフィックはどのようにして生まれたのですか?

Oleksandr私たちは限られた時間の中で物語の舞台をリアルに表現し、なおかつ独自のスタイルを示さなければなりませんでした。この目標を達成するため、「写実的な油彩画」とも言うべきアートスタイルを採用し、ほとんどのグラフィックを実際の写真に基づいて作成しています。そのおかげで絵の信憑性が増し、独特なスタイルができあがりました。

――ストラテジーゲームの開発経験はどのように生かされましたか?

Oleksandr私たちがこれまで開発してきた第二次世界大戦のストラテジーゲームではストーリーを重視していました。そのため、物語を作る手法はわかっていましたし、プロジェクトに必要な人材やツールも揃っていました。また、第二次世界大戦のゲームを作る上で、正確な情報の収集と検証は非常に重要でした。適切な情報だけを提供したいのに、史料には事実の歪曲と政治的な宣伝が大量に含まれているからです。その時の経験は今回とても役に立ちました。

――本作が影響を受けた作品はありますか?

Oleksandr答えるのが難しい質問ですね。私たちのプロジェクトを、同じく戦時中の民間人に焦点を当てた『This War of Mine』と比較する方は多いです。しかし、開発中にその影響を受けたとは言えません。今回のプロジェクトは私たちが現在置かれている状況と同じく、まったく独自のものです。

――ロシアの民間人の視点を描写することは考えませんでしたか?

Oleksandrロシアの領土では戦争が起きていません。ですから、基本的にロシアの民間人は登場しません。ロシア軍だけです。私たちは戦争をロシアの徴集兵の視点から描くことも検討しました。あるいは、ロシア兵として徴兵された占領地のウクライナ人の視点です。アイデアはたくさんありましたが、すべてのアイデアを実現するには時間とリソースが足りませんでした。

過去作では、第二次世界大戦をあらゆる視点から描いています。同様に、ロシア側も描きたいとは思っていますが、現時点でそれは私たちの最優先事項ではありませんでした。

――有志翻訳を公式の日本語訳として採用した経緯を教えてください。

OleksandrSlackさんとそのチームが日本語への有志翻訳を申し出てくれました。翻訳者の中にはプロとして実績のある方までいたのです。私たちに翻訳の品質はわかりませんが、チームの皆さんは一所懸命で、最高の翻訳をするために努力を惜しまなかったことはわかりました。

そこで、私たちはデモ版で日本語訳を提供しました。プレイヤーは究極の審査員です。もし、翻訳の品質に否定的な反応が寄せられたなら、私たちはその判断をもとに行動したでしょう。幸い、そうはなりませんでした。

私たちの目的は世界中の人々にこの物語を伝えることです。Slackさんとそのチームは、このプロジェクトを日本の皆さんにお届けする上で、計り知れない手助けをしてくれました。翻訳チームの皆さんには大変感謝しています。

――本作の開発で一番難しかったことはなんですか?

Oleksandr適切なトーンと適切なバランスを見つけることです。恐ろしい出来事を見てもらいたいとは思いましたが、読み進められなくなるほど不快な思いはさせたくありませんでした。読者が正気を失うことなく物語を読み終えることを望む一方、そこで起きた惨事を矮小化したくはなかったのです。

一番難しかったのは、プレイヤーに不愉快さや強引さを感じさせることなく、起こっている惨事を理解してもらうのに十分な描写をすることです。その繊細なバランスを見つけるには並々ならぬ努力が必要でしたが、できあがった物語には大いに満足しています。私たちのナラティブ・デザイナーは素晴らしい仕事をしました。

――ウクライナ国内のゲーム制作現場の現状を教えてください。

Oleksandr開戦後、多くの企業はオフィスを国外に移し、すべての従業員をできるだけ再配置しました。ウクライナを離れられなかった、あるいは離れることを望まなかった人々は、現在ほとんどがリモートワークを続けています。私たちはどちらかと言えば例外的な存在です。もちろん、すべての企業の正確なデータがあるわけではないので、あくまで私の知識によるものです。

平和が戻れば、ウクライナのオフィスを再開する企業があるかもしれません。しかし、今はリモートワークが業界にとっての鍵だと思います。私たちの開発チームはオフィスで仕事をする方が好きですが、状況が悪化すればリモートに移行し、その後、状況が改善すればオフィスに戻るでしょう。

――平和が戻ったらどんなゲームを作りたいですか?

Oleksandr私たちは現在すでに2つのプロジェクトに取り組んでいます。『Headquarters: World War II』と『Strategic Mind: Spirit of Liberty』です。両作品とも来年中のリリースを予定しています。リリースまでに平和が戻ると良いですね(笑)。

(筆者注:太平洋戦争を舞台とし、大日本帝国もプレイアブルで使用可能な『Strategic Mind: The Pacific』についても日本語化の可能性があるとのこと)

もし、現在の戦争に関する別のプロジェクトについてお尋ねなら、その可能性はあります。しかし、まだなにも決まっていません。

ところで、このインタビューの間にもキーウでは大きな爆発音が数回聞こえました。対空防衛によってミサイルが空中で破壊されたとの未確認情報があります。(編注:このインタビューは日本時間2022年10月19日の夜に実施されました)

――日本のプレイヤーへ伝えたいことはありますか?

Oleksandr日本の皆さん、『Ukraine War Stories』をぜひご覧ください。本作は私たちが心を込めて開発したもので、プレイしていただければそれがわかるでしょう。どのような結論を出すかはあなた次第です。

この物語はどんな戦争にも当てはまります。そしてそれは、戦争に行く前、あるいは戦争を支持する前に知っておくべきことです。本作が私たちの惑星を平和で安全な場所にする小さな一歩になることを願います。

皆さん、お元気で!

――本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。

編集部より

記事の趣旨について

この戦争に直面したいちゲームデベロッパーがどのような意図で行動を起こしたかを記すことには意味があるものと判断し掲載しています。特定の政治的な意図を込めているわけではないことはご理解いただけると幸いです。あくまで本記事は、突然の戦火に巻き込まれてしまったデベロッパーの考えを彼・彼女らの視座から語ってもらいそのまま伝えることを目的としており、今回であればウクライナで作られた海外ゲームを嗜む読者の皆様が現状を把握する一助になればと思っています。

掲載内容について

あらかじめ企画の趣旨や記事としてのアウトプットが行われることについては全てインタビュイーに伝えた上で掲載しています。

またインタビューの内容について、何かしらの発言の誘導は意図しておりません。一方で、内容が過度に政治的な内容になる、逆にプロパガンダ的な内容になるという可能性を秘めていることは編集部内でも事前に認識したうえで公開しています。また、デベロッパーに対しては必ずしも政治的なスタンスを明かすことは求めておらず、無理矢理に態度を鮮明にすることを求めたり、回答の有無やその内容について善悪の判断をしたりしないということも伝えています。あくまで本記事の趣旨は前掲のとおり「当事者の視座から現状及び認識を語ってもらうこと」であり、回答の如何を含めてそれを残しておくことには意義があるものと考えています。

編集方針について

本記事のように毎回デベロッパーにインタビューで政治的な事柄についてスタンスを明示させるようなことは望んでいませんし、話の流れで可能性はあれ、通常のインタビューのスタンスを変えるということはないことも改めてお伝えします。

関連連載の初回からお伝えしているとおり、楽しいゲームニュースがかき消されるような、この最悪な状況が一日でも早く終わることを編集部一同願っています。同時に、突然戦火に見舞われ、もしくはその影響で、日常を奪われた多くの両国の市井の人々やゲーム業界関係者を思うとかける言葉もなく、一日も早く平穏が取り戻せることを祈るばかりです。そうした被害に遭われた人々を支援するゲーム業界の動きについても随時お伝えしていきますが、これまで通り日常の記事のボリュームを減らすことなく、ゲーム業界に関連する話題については記事の本数を増やしながら対応してまいります。

《FUN@Game*Spark》

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