海外製ゲームはどうやって広告するか・・・小霜和也「ゲーム広告はこう作れ」第10回 | GameBusiness.jp

海外製ゲームはどうやって広告するか・・・小霜和也「ゲーム広告はこう作れ」第10回

市場 マーケティング

ゲームショウで人気を集めていたフィンランド、スーパーセルの『Clash of Clans』ブース
  • ゲームショウで人気を集めていたフィンランド、スーパーセルの『Clash of Clans』ブース
ゲーム業界の皆様、こんにちは。東京ゲームショウお疲れ様でした。今年は海外メーカーの出展が増えたとニュースになってましたね。そこで今回は、海外製ゲームをどう広告するかについて話してみます。

僕のところにはゲーム広告についてのいろんなご依頼やご相談が来ますけども、海外勢からすると日本市場は特殊すぎてどうしたら良いかワカランネンいい知恵プリーズ、といったものもあります。逆もしかりで、日本でウケているゲームが海外でヒットするとも限らず、そこに頭を悩ませている日本企業も少なくありません。

そもそもゲームに関しての日本と海外のカルチャーギャップのようなものは、ドラクエあたりから始まったのではないかと自分は思っています。

元々ゲームは、欧米では大人のものでした。

たとえばRPGの元祖とも言える「ウルティマ」は世界を旅して「徳」を探すという、ややキリスト教的宗教観の入ったPCゲームでしたが、けっこう難解なコンセプトだったし、子どもが手を出せるものではありませんでした。

それを、魔王を倒して世界を平和に、という子どもレベルに変換したのがドラクエだろうと僕は見ているわけです(もし違ってたらすいません)。

つまり、欧米では「もともと大人のものを子どもがやっている」のがゲームと認識されていて、日本では「もともと子どものものを大人がやっている」と認識されているわけです。
余談になりますが、ソフト開発力において日本メーカーは海外に太刀打ちできなくなっていると言われていますけども、ここにも一因が少しあります。

海外ではゲームは大人のものなので、ゲームプログラマーやクリエイターは純粋にリスペクトされるようですが、日本ではビジネス系よりも格下に見られてしまうんですね。特にコンシューマー系のビッグプロジェクトとなると人材調達力の差が如実に出て来ていると言われています。

さて海外製ゲームが日本人にウケにくい理由は主に2つあると思われます。

1つは「難解」であること。欧米人にとってゲームはそもそも大人のものなので、ある種の知的さがなければいけないということが当然のようになっている気がします。子ども向けゲームであっても(日本人にとっては)余計なインテリジェンスが入っていたりします。

もう1つは「見た目」の問題。キャラクターがどこかバタ臭くて可愛くないんですよね。パッと見の印象で、これは好きじゃないと単純に切り捨てられるのは大きなハンデです。

僕自身は、中学生ぐらいの頃「アバロンヒル」という海外メーカーのボードゲームにハマり、大学に入った頃PCというものが一般向けに販売され始め、自分でストラテジーゲームをプログラムしてソフト会社に売ってもらったりしてましたから(当時のゲームメディアはカセットテープだったって知ってます?)、ゲームについては「そもそも大人のもの」という欧米人の感覚に近いんです。

さらに余談ですが、僕の経営している広告企画会社はno problemと言いますけども、ロゴはその省略形の「np.」です。ピリオドがついているのは、これは「文」だから。

『ウルティマ・オンライン』がまだ海外サーバーしかなかった頃、外人相手に英語でプレイしてたんですが、空のスペルブックを高価で売って逃げる詐欺師もいる一方で親切な人もいたんです。こっちが初心者とわかると「おれの防具あげるよ」とか。「え、いいの?」て聞くと彼らから返ってくる言葉が「np.」。「np.」て何か気持ちいいなーという記憶が残っていて自分の会社名にしてしまったという。

脱線しました・・・。

海外製ゲームの良さをどう伝えるかについて、以前はホントに苦労しました。プレイステーションで言えば『クラッシュバンディクー』とか『ラチェット&クランク』とか、そこそこヒットしたものもありましたが、どんだけがんばっても「そこそこ」なんですよね。

当時、海外製ゲームを広告する手口は一つしかありませんでした。「日本製ゲームのふりをする」。海外製ってわかるとそれだけで拒絶されるような時代でしたので。でもウソをつくわけにはいかないし、限界はあるわけです。

その頃に比べれば、今はいろんな活路があると思います。

まず、ゲームの内容について潜在的な受容性が上がっている気がします。プレイステーションやスーパーファミコンの全盛期は、今の団塊世代がアラフォーで、そのジュニアたちが小中学生。子どもだった団塊ジュニアが大人になるにつれ、「もともと子どものもの」なゲームから卒業していくのは道理。これがコンシューマーゲームの日本市場不振につながる要因の一つになるわけですが、彼らが「大人の」ゲームを許容する潜在力はあるのではないか、ということです。そして、「大人の」ゲームは海外製に多いのです。以前は海外製ゲームのインテリジェンスは余分なものとして見せないのが広告のセオリーでした(というか、僕がそうしてただけなのですが)。しかし今後はむしろそのインテリジェンスを前面に立てていくのが吉であるように思います。

それから、メディアが圧倒的に有利になりました。今はセグメントできるからです。

僕は本物のタイガー戦車(旧ソ連製戦車に鉄板貼り付けたのでない)が登場すると聞けば「フューリー」観に行って「なんで、あそこでヤーボに対地支援要請しないんだバカじゃないの」とかブログで言ったり、コミックならミリオタとして当然小林源文先生は読破しています。そういう人はミリタリーならゲームとか映画とかコミックとか、そういう枠を超えるわけです。WEB上であればコンセプトに食いつきそうな人をデータから探してアプローチするのはいとも簡単ですから、「ゲーマーをどう取り込むか」から「コンセプトにキュンと来る人をどう探すか」にシフトするのが吉と思います。

じっさい、今、海外製ゲーム、とりわけスマホ系はかなり健闘しています。『Clash of Clans』などはストラテジー好きをつかまえてランキング10位前後をキープしてますが、これは昔では考えられないことです。

キャラのバタ臭さについては、今後は海外の方が日本の「カワイイ」に寄ってくるんじゃないでしょうか?たとえばPCの『Skyrim』などユーザーMODの自由度が高いゲームでは欧米人にもカワイイ系のキャラ見栄え変更MODが大人気で数十万もダウンロードされたりしてます。

このあたりの「キャラ美的感覚」は日本アニメが世界を席巻したという歴史もあってか、日本感覚が優位、そこにまだ海外メーカーが追いついてない、ということじゃないかという印象があります。

正確に言うと、海外キャラにも歴史があるわけで、日本のカワイイがそのままドストライクというわけでもないでしょうが、今、ちょうど両者のいいとこ取り的なものが出来上がろうとしつつあるように僕には見えます。それはユーザーMODの人気度などを見ると実感できます。

日本にもたとえば「モンスト」や「パズドラ」のように、国内の潜在ユーザーは掘り起こし尽くし、物販の収益もやり尽くし、後は海外に出て行くだけ、というコンテンツもあります。

ただやはりどこも日本と海外のゲームカルチャーギャップで苦労されているようです。

今後、真にグローバルなコンテンツを目指すのであれば、スマホ系もMOD的な考え方を採り入れるようにして、ゲームメーカーはそのためのフレームを用意する、そんな意識が必要になっていくような気がします。

具体的にどういうものかはまだぼんやりとしてて申し訳ないですが…。

※写真は東京ゲームショウの『Clash of Clans』ブース
《小霜和也》

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