人間にとって「遊び」とは・・・小霜和也「ゲーム広告はこう作れ」第13回 | GameBusiness.jp

人間にとって「遊び」とは・・・小霜和也「ゲーム広告はこう作れ」第13回

連載 その他

ゲーム業界の皆様、こんにちは。

歳を取るほど時間の経つのが早く感じられると言いますが、これ、マジですな。
ついこないだ羊の年賀状書いてたような。猿、来るの早えーよ!って感じです。ともあれ、皆様の2015年はいかがだったでしょうか。

さて、今回はもう年末でもありますし、僕が手がけたゲーム広告を中心にこの1年を振り返ってみたいと思います。

・・・・・・と思います。

と言ったものの・・・今年は振り返るべきものがなかった!
じつは今年はゲーム広告をひとつもやっておりません。もしかするとこの20年ぐらいで初めて?仕事が暇だったわけではなく・・・数十社の案件を何だかんだとお手伝いさせていただいたのですが、その中にゲーム会社はありませんでした(前回ご紹介したマキシマム ザ ホルモンの仕事がゲーム系と呼べるならば、1つやったことになりますが)。

その理由のひとつはおそらく、ゲーム業界、とりわけスマホゲーム業界が全体的に業績順調だったからでしょう。僕のようなフリーのCDは言わば消防署のようなもので、お仕事の依頼が来るときは商品の売上げが大火事になってから、というケースが多いんですね。

「自分で消化器で消そうとしたんだけどどんどん燃え広がっちゃって・・・何とかできます!?」といった。

が、来年は、打って変わってゲーム系のお仕事かなりやることになりそうです。
内容を明かすことはできないのですが。

この1年はそのための土壌固めと言いますか、下準備の期間でした。僕のような人間が動き出すということは、すなわち、「来年はゲーム業界そろそろ怪しいぞ」と感じている人が多い、ということでもあります。なんか自分、鉱山のカナリアみたいですけど。

確かに昨今のゲームCMを見ていると、どこか「迷い」のようなものが感じられます。なんというか、以前よりスパッと割り切れてない。あーでもないこーでもないの議論を重ねてクリエイティブが中途半端になるってよくありますが、それっぽい匂いがします。

スマホゲームに関して言えば、まずはデジタルで見込み層にアプローチして、獲りきれなくなったらTVでリーチを拡げる、というのがセオリーでした。なので、マスのゲームCMはデジタルの延長線上にあるとも言え、デジタルコミュニケーションで得たデータを元にシーンやメッセージをつなぎ合わせるとか、とにかくタイトル名を刷り込むとか、プレイして楽しんでる様子を描くとか、そういう単純なやり方である程度結果が出てたんだと思います。

どういうやり口だろうと結果が付いて来れば、クリエイティブも思い切れる、割り切れるわけです。ところがどうもそれがしっくりいかなくなって来て、「いつまでもこういうやり方で通用するのか?」という迷いと、試行錯誤の段階に入ってきているように見えます。

迷ったときは原点に戻るべきでしょう。どのくらい原点に戻ればいいか。思い切って、一回、ダーウィンの進化論まで戻ってみましょうか。

生物は子孫を残すために有利な特性や心理形態を持つ者が生存してきたわけですが、人間も全ての行動が最終的にはそこにつながっていきます。

では、人間にとって「遊び」とはどういう意味を持つのか?
答えられる方、挙手をお願いします!

・・・これには諸説ありますが、遊びとは何らかの「練習」なのではないか、というものが学説として有力です。動物も遊びますよね。猫は猫じゃらしに夢中になるし、犬はボール投げると何度でもくわえて持って来ますよね(我が家のケアンテリアは「こいつホントに犬か」と疑うぐらい頭が悪いのでボールくわえたままどこか行ったりしますが)。これは、じつは狩りの練習ではないのかということなんです。

人間も、たとえば子どもがRPGやるのは人生の練習しているのかもしれません。
ストラテジーは事業の練習?
昔、「シムシティ」が流行っていた頃、誰かが「なんで家に帰ってまで仕事みたいなことしようと思うのか気が知れん」と言ってましたけど、けっこう正鵠を射ていた気がします。
スマホゲームでアイテム貯めまくるのは、大富豪になる練習をしているのかも。

広告クリエイティブはターゲットの潜在意識にアプローチするメソッドでもあります。「このゲームで、いったいプレイヤーは何を練習しようとするのだろうか?」そんなことを脳裏に置きながら企画すると、一段深みのあるクリエイティブができるかもしれませんね。

では、今年はお世話になりました。
来年が皆様にとって良き年となりますよう!
《小霜和也》

関連ニュース

特集

人気ニュースランキングや特集をお届け…メルマガ会員はこちら