ユーザー側の「価値」に対する新たな金銭的概念と個人的概念との間に重要なリンクを確立することについて・・・イバイ・アメストイ「ゲームウォーズ 海外VS日本」第5回 | GameBusiness.jp

ユーザー側の「価値」に対する新たな金銭的概念と個人的概念との間に重要なリンクを確立することについて・・・イバイ・アメストイ「ゲームウォーズ 海外VS日本」第5回

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「ゲームというモノは21世紀の美術及びエンターテインメントとして屈指の人気フォーマットになると信じている。。。だが、今の道をこのまま歩み続けていくと、ポップ・カルチャーのゲットー(隔離された地)に辿り着くはめになるだろう。」
――クリス・ヘッカー氏(現definition six社長、元MAXIS/Electronic Arts)

上記のコメントは2009年のサンフランシスコIGDAリーダーシップ・フォーラムにてクリス・ヘッカー氏が発した言葉です。そのスピーチの内容としては、マスマーケット商品に関してもっとオリジナルで実験的なゲーム開発に向けて努力する必要性についての話でした。高価格のマスマーケット・タイトルの開発に伴うリスクが高いため、そういったような開発を実際実施するのが非常に困難だということを認めつつも、その開発はやはり業界の成長と長期的な安定のためには必要だということを述べました。

これを考えると、この件とレベルファイブの社長、日野晃博氏が先日、日経トレンディネットとのインタビューで述べたコメントとは関連している気がする。そのインタビューでは、日野氏が気になっているという現象について語られていた。日野氏によると、最近モバイル及びオンラインやSNSゲームなどに多く見られるFree-To-Playモデルへのゲーム業界全体的な傾向に対して不安を感じ、ある商品をユーザーに無料で提供することによって、ユーザーからするとその商品には価値がないように思わせる恐れがあるという。

基本的に取り組んでいるのは、「価値」という概念で、この記事の目的としては、業界の人々が協力してこの課題に対して何か行動を起こして、そして成長と促進の新たなきっかけを作ると同時に、ユーザー側での金銭的そして個人的な「価値」に対する新たな概念を作り出させることによって、上述の二人のゲーム業界の先見者が述べたそれぞれの概念の共通的なリンクを明確にすることである。

■「価値」とは?

簡潔に述べると、ゲームの価値を評価する方法は2つあります。またビジネス側(開発、出版、マーケティングなど)とエンドユーザー側との直接的なリンクがあるとしよう。このエンドユーザーというのは、我々の作り出した商品に時間とお金を投資するかしないかと言う最終判断を決める者を示します。

「価値」その1)金銭的な価値:これはユーザーがあるゲームが提供するエクスピリエンスに対していくらまで出しても良いと思えるかのことを示す。従来のマーケット・トレンドや将来の見通しなどを検討して、そしてフォーカステストやプレイテストなどを行って、会社の代表者がその結果によってそのゲームの開発やマーケティングなどに対してどこ・いくらまで投資しても良いかを決める。その判断は、代表者がユーザーの「価値」に対する考えをどういう風に認知しているかによって決まる。

「価値」その2)個人的な価値:この「価値」というのは、ユーザーがゲームに対してどういう風に感じるかということを示すので、数値データで示すことは無理である。ユーザー1人1人のゲームに対する経験値は当然異なりつつも、ある程度は開発者の「自分のビジョンを伝える」というアビリティーによって少しは影響されるでしょう。

■価格設定の問題 – 新たな価格設定モデルの展開

この数年間、オンライン販売額の増加と、開発者のカジュアル及びソーシャル・ゲーミングのブームを利用して儲けようという思いと並行して、ゲーム開発の予算がハリウッド映画級の金額になりかけているという危機的傾向によって、ゲーム業界の従来の販売モデルによって作り出される物と随時進化し続けているデジタル販売モデルとの小売価格の間に大きな溝が出来てしまっている。そして期末収益報告と毎月の売上高が業界の役員達を緊張させ続けるなかでも、現実は以外と明るくて希望的な物だと思う。こういったような売上高などを見ても、あっちこっちに目に見えない利益があるし、これからも全面的に売上が良くなりそうなので、みんなが思ってるよりこのゲーム業界にはかなり明るい未来があると思う。

これはどう見てもポジティブなことだ。なぜなら、今までの数十年間にかけて成り立った従来の業界の形式より、これからの業界がもっと拡大してもっと大きなスケールで成長が出来そうなことを示しているからである。ということは、ユーザーベースも拡大していっているということでもある。従来の知識では、業界として成長するために一つだけのユーザーベース - この場合は「コア・ゲーマ」 - を通じて利益を上げる方法は限られている。そして、もう出来上がっているマーケットの成長をサポートしながら、もっと色々な人をユーザーにする――要するにゲーマーを増やす――必要があると見られる。この「カジュアル・ゲーム」や「ソーシャル・ゲーム」などと呼ばれる急成長中のジャンルは携帯電話やSNSなどのプラットフォームでよく見られるが、こういったようなゲームはユーザーベースの拡大に対して重要な役割を果たしている。

でも、このトレンドは上述の価格設定の問題の拡大の原因でもあると思う。一方では、ゲーマーの数をどんどん増やし続けているソーシャル・ゲーム(中でもfree-to-play系が多い)があり、そしてまた一方ではiPhoneなどのモバイル・マーケットの価格構成は「100円の統一小売価格への競争」、又は「底値への競争」と呼ばれて、この「底値」というのは無料にしない限り一番安く提供できる価格のことを示す。

このトレンドを防ぐには、アメリカでは$50−60で、日本ではだいたい6000−8000円(約$66−88)という小売用製品の希望統一小売価格がある。現在のゲームプレイやAVなどの基準まで達するゲームの開発及びマーケティングにかかるコストというのは、今では平気で10億円以上にも上ることは珍しくない。これによってこの統一小売価格が必要となって、マスマーケット用のはずだったゲームをマスマーケットに当てはまるユーザーの手の届かないような価格にする結果になっている。これで元々このメディアに関心のなかった人が余計入りにくくなるし、興味津々のコア・ゲーマーでも関心は持ってても価格が高すぎて買えないという問題が生まれる。

無意識的に、我々は一番大きなマーケットを両極端に分けてしまっている。そこで生み出されている商品は、簡単に入手できるし上質で楽しいゲームではあるが、低い価格構成と低い予算で提供できるものは限定されてしまう上、これが原因でこれからのゲーマーが「ゲームの価値というのは短時間でちょっとだけ楽しめるものに限る」と考えるようになる恐れがある。一方で、小売用製品の開発者は様々な実験をし、マーケティングに注力し、良質なゲームをもっと幅広くユーザーに提供する金銭的な余裕はあるが、もう既に成り立っているコアユーザーの興味を削いでしまうという懸念がある為、そのようなゲームをなかなか出せないでいる。なぜなら、ゲームの売上が予想されていた数字を達成できないと、リストラや会社の倒産にまで至ることもある。上記のような危機意識の中、幅広くユーザーにアピールできるようなゲームをなかなか制作できず、制作できたとしても値段設定が高い為、ターゲットのユーザーの購入には至らないのである。

では、前述の99¢(もしくは「無料」)と$60の間の統一小売価格に関しては、我々はどうしているのか?この「統一小売価格の中間」と実験的な行動をどのように繋げれば、ユーザーベースを拡大できるのか?ここからは「この接点を追求して面白い結果になったゲーム」の例をいくつか紹介してみよう。それによってマーケットのこの部分を拡大させる方法を検討しよう。

■有名な例

Wipeout HD: Sony Computer EntertainmentのLiverpool Studioによって開発されて、2008年9月にPlayStation Networkでダウンロードのみで$20という統一小売価格で発売。グラフィックスもユニークで美しく、オーディオ、各メニューのデザインまで全てがよく出来ており、普段からレース系のゲームを遊ばないユーザーにでも受け入れられる雰囲気ではあったが、従来のレース系ゲームとあまりにもかけ離れた内容であったので、なかなか人気が出なかった。このゲームは「$20しかかからない」という、安価なイメージがあるが、PSNの通常の価格構成から比較すると異質に感じられる。Sonyは今後もこのタイトルに追加コンテンツを制作することでアップデートを続け、長期的に人気を保てるコンテンツにし、将来的にはPS3の3D化技術をアピールする為の看板タイトルに出来ると捉えられる。

Braid:元々2008年8月にMicrosoftの“Summer of Arcade”の促進シリーズの一部としてXbox Live Arcadeに出されたこのジョナサン・ブロー作のインディーズ・ゲームはMicrosoftのネットサービスだけで36万5000個も売れて(2010年4月の時点、Gamasutra調べ)、そこからはPC, Mac, PlayStation Networkでもリリースされて、そして2010年1月にはPCでのフル・リリースもされ、アメリカの大手小売店でも販売された。$15という統一小売価格で、驚くような値段ではないが、発売当初はむしろ高価であると捉えられていた。マルチプラットフォームのゲームは決して珍しくはないが、このゲームの有意な点は、単純な2Dスクロール・シューティングゲームの見かけによらず、実はインディーズとして開発された点、ユニークなストーリーとアート・スタイルが賞賛された。好評価なレビューと口コミ広告によって驚異的なセールスを誇った。だが売り上げの点よりもむしろこれからのインディーズの開発者の門戸を開いたとも考えられる。

Deadly Premonition:元々日本でMarvelous EntertainmentによってPS3とXbox 360向けでRed Seeds Profileというタイトルで発売されたが、アメリカではIgnition EntertainmentによってXbox 360のみのパッケージ商品として$20という低価格でリリースされた。最初は「技術的にいまいち」という評判ではあったが、ゲームのストーリー性、オリジナリティ性、そしてユニークなプレゼンテーションの結、ですぐに人気を集め、その後は100点満点という評価も出始めた。その後、欧米のゲーミングメディア中の話題になり、他の人気タイトルのリリース後もその売上はなかなか落ちることはなかった。また短期間ではあるが、Amazon.comのゲーム売上ランキングの1位に輝くこともあった。

bit Generations series: 2006年7月に日本のみで発売する予定だったGame Boy Advanceゲームボーイアドバンスの7タイトルのシリーズは、いずれも全く新しく、「レトロ」な雰囲気のタイトルであった。このレトロな雰囲気は7タイトルに共通しており、当時では元々1980年代のリメイクでない限りは、このようなスタイルのゲームはなかなか珍しい存在であった。新規として「古臭い」ゲームを発売することは、かなりのリスクを伴うものだが、7タイトルともそのゲームのスタイルに合致した、ユニークなパッケージで発売され、店頭でも目を惹く存在であったので予想以上の販売成績を収めた。フレッシュなデザインと任天堂の「レトロなアート系ゲームを発売しよう」というコンセプトが海外ゲーマーからも注目を集めて、日本から輸入する人は少なくなかった。このシリーズのいくつかのタイトルがアメリカやヨーロッパにおいてWiiWareとDSiWareのダウンロードコンテンツとして発売されるようになり、「面白いゲームを幅広くオーディエンス(ユーザーベース)に届けることは、不可能ではない」ということが実証される形となった。

Trine: TrineはFrozenbyteによって開発されて2009年7月にPC版、そして同年10月にPlayStation Network版が発売された。物理学系ゲームで、サイドスクローリング・アクションにパズルを加えた優れたゲームデザインであった。それぞれの特徴を持つ3つのキャラを順番に使っていくことでゲームを進めていく。このゲームの開発は元々一人で行われたが、スタジオの金銭的なトラブルが再結成のきっかけとなり、またその再結成によってTrineの開発チームが20人に増えた上に、外部からの様々な意見やアイディアを加えて技術的にもデザイン的にも優れたゲームが出来上がる結果となった。最終的にPC用の小売用版及びDL版は$40、PSN用は$20という価格での発売となった。ちなみに現在ではどのコンソールでも$20が通常価格となっている。当時は両プラットフォームとも珍しい統一小売価であったが、このゲームの売上のお蔭で開発会社は今でも健全な状態でゲーム作りに取り組んでいる。

■「価格」と「人」を繋いで〜将来の可能性

上述のゲームタイトルはいずれも明らかに異なるものだが、3つの重要な共通点がある:

1. いずれも各プラットフォームの標準の価格構成からかけ離れた価格構成で発売された。

2. いずれも各マーケットで成功したが、成功に繋がったのは技術的に優れた点ではなく、ゲームプレイのデザイン、アート風なルックス、ストーリー性、又はこの3つの組み合わせによって成功に至った。いずれのタイトルにおいても、コア・ゲーマーでも元々各ジャンルに特に関心のなかった人にでも受け入れられるような何かがあった。

3. どのタイトルも発売日から時間が経っても、マスコミにもユーザーベースにも人気を保ち続けた。開発者及びパブリッシャーに長期的サポートを得てるし、場合によっては長期間に渡りリパッケージされたり再発売されたりして、更に幅の広いユーザーベースに届けられている。

現実的な話、開発費の高いタイトルだと「(対市場的な)実験」をするのは金銭的にリスクが伴う。Gamasutraの最新のインタビューにおいて、Trineの開発者がある日閃いたことを語った。新しいAAAのプロジェクトを開発しようと考えパブリッシャーを探していた際の気付き:「潤沢に資金のあるパブリッシャーは、我々の良質なゲームを作り出すアビリティーに対して信用して頂けない。逆に信用頂けるパブリッシャーは、資金に窮していることが多い。」この発言はまさに今の業界のトラブルを訴えている。だが拡大するためには、我々の持っている技術とクリエイティブな能力を活かすゲームを開発し続けなければならない。「中間スケール」で出来の良いゲームを作る為のデザイン的なクリエイティビティーと、技術的実装の組み合わせが、様々なプラットフォームで、幅広くユーザーベースの手に届くような統一小売価格で発売しつつ、エンドユーザーにとって個人的な「価値」があり、パブリッシャーにとって利益に繋がるようなゲームを作るカギとなるだろう。

一つのメディア形式として、ゲームをどれだけうまく展開させているかをはかる時に、参考にする数字をより細かく見た方がいい。とりあえず利益の数字だけを見て「成功」と捉え、ハリウッドなどの他業界と比べ、映画などの長い歴史を持つ文化的なアートフォームを「超えた」と自らを褒めたりするが、比較的にプレミアム価格で販売していることを忘れてはいけない。ヘッカー氏がIGDAでのスピーチで述べたように、我々はゲーム業界における「風と共に去りぬ」に値するコンテンツを産み出していない。「風と共に去りぬ」というと、上映当時(1940年)のアメリカの人口が1億3千万人に対して、売れたチケットの枚数はアメリカだけで2億20万枚までに達した。業界として長期的な安全を確保するためには、このような文化的関連性を取り入れ、そしてもっと金銭的に受け入れやすく、個人に合わせた商品を提供する方法を見つけ出す必要がある。
《イバイ・アメストイ》

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