コーディングエージェントとは、Claude CodeやCursorのように、開発者が「これを実装して」と自然言語で指示を出すと、コードの読解・実装・修正までをAIが担ってくれるツールのことです。
こうしたツールを使い実装の大部分をAIに委ねて開発を進めるスタイルは「バイブコーディング」とも呼ばれ、2025年を通じて急速に広まっています。この手法には、現場の生産性を高める効果も期待されるでしょう。
しかし、そんなコーディングエージェントによる開発環境を数百人規模の会社に浸透させるには、また別の難しさがあります。勉強会を開いても、興味を持つ人はいても実践までは至らない。環境を整備しても、一部の熱心なチームだけが活用を進め、それ以外のチームには広がらないという壁にぶつかった経験のある方も少なくはないのではないでしょうか。

株式会社サイバーエージェント/株式会社アプリボットの杉浦優介氏による講演「なぜ勉強会だけでは浸透しないのか ~数百人規模の組織でコーディングエージェントを当たり前にした戦略とその結果~」では、まさにこの壁を乗り越え、約1年足らずでエンジニアのコーディングエージェント使用率100%を達成した、組織的な浸透戦略の全容が共有されました。
約1年足らずでコーディングエージェント使用率100%へ
本講演では杉浦氏が所属するアプリボットにて、いかにコーディングエージェントを開発環境に浸透させてきたかを実例として解説しています。
ゲーム開発という、コーディングエージェントの活用が難しいとされてきた領域での実例だからこそ、多くのゲーム関係者にとって、自組織でAI活用をどう広げていくかを考えるための具体的なヒントになる内容です。

講演ではまずアプリボットがいかに大規模な組織であるか、そこからどのようにコーディングエージェントを開発現場へ浸透させてきたのかが語られました。
まずアプリボットとは、スマートフォン向けゲームを中心にエンターテインメント領域全般を手がける子会社で、クライアントはUnity、バックエンドはGoが主な技術スタックです。組織規模は約600名、うちエンジニアは約150名。100名を超える大規模案件から10名程度の小規模案件まで、10以上のプロジェクトが並行して走っているのが特徴だといいます。同社は大規模な組織の一つであり、それゆえに開発環境を大胆に変える難しさもうかがえます。
そこでまずスタートしたのはコーディングエージェントの普及・活用を目的とした横断組織「生成AI室」を約5名体制で発足したことです。2025年5月に発足し、当時は社内でもCursorを知らない人が大半だったといいます。ゲーム開発では活用が難しいとみられており、社内でも多くのエンジニアがその存在すら知らない状態だったといいます。
そこでまず、使用可能なAIツールをホワイトリストで明確化し、当時まだ普及していなかったMCPについても、社内で使われているConfluenceやWrikeといったツールとの連携を内製で整備しました。
あわせて、全職種を対象にしたCursorのハンズオンを実施し、エンジニア以外の職種も含めてタスク管理などでAIツールに触れる機会を提供。生成AI室の予算も社長との相談のうえで確保し、移り変わりの激しいAIツール群を素早く検証できる体制を整えたといいます。

しかし、これらの取り組みだけでは組織全体への浸透には至りませんでした。多くの社員が「興味はあるが実践には至らない」状態にとどまり、熱意のあるメンバーがいるチームだけが活用を進める一方、それ以外のチームでは全く使われないという二極化が発生したといいます。
ここから見えてきた課題は、実践に至らないこと、チームごとに浸透度がバラバラであること、普及度が定量的に測れず効果検証がしづらいこと、エンジニア以外も対象にしていたため発展的な内容を扱いにくいこと、そしてゲーム開発ならではの活用の難しさが認識されていたことの5点でした。
「勉強会中心の広く浅く」から「現場主導・計測可能・エンジニア中心」へ
これらの課題を踏まえ、2025年9月に大きな方針転換が行われます。各プロジェクトにAI推進の責任者を配置して現場主導で熱量を伝える体制を作ること、活用レベルを定量化して理解度・活用度を数値で測れるようにすること、そして推進対象をエンジニア職に絞り、より技術的に発展した内容を扱えるようにすることです。全体としては「勉強会中心の広く浅く」から「現場主導・計測可能・エンジニア中心」へと舵が切られました。

方針転換後の中核施策となったのが「AI活用レベル」です。全エンジニアに25問のアンケートを毎月実施し、コーディングエージェントの理解度、並列実装の実践度、スキルをチームに展開しワークフロー化できているかといった項目をもとに、1から5段階のレベルを可視化する仕組みです。
個々人の感覚ではなく全社共通の基準で浸透度を把握することを狙いとしており、あくまで測定対象は成果ではなく、AIをどれだけ理解し使いこなせているかに絞られている点も特徴です。

レベル定義は、コード補完など部分的にAIを使う「AIアシスタント」(レベル1)、AIとの対話で単一タスクを完結できる「AIプログラミング」(レベル2)、複数セッションを並列に動かしチームへ知見を還元できる「AIオーケストレーター」(レベル3)、コーディングをAIに委任し要件定義・品質保証の仕組みを整えられる「AIアーキテクト」(レベル4)、他のエンジニアも使えるAIワークフロー自体を開発できる「AI・ワークフロー開発」(レベル5)という5段階で構成されています。毎月の計測により施策の効果検証が可能になり、会社全体で「平均レベル3」という定量目標を掲げて推進が進められました。

2つ目の施策が「AI代表会」です。各プロジェクトにAI推進代表者を立て、月次でその活動を持ち寄って共有する場を設け、ある現場で生まれた成功パターンを他プロジェクトへ横展開しやすくしました。代表者という役割がボランティア化しないよう、人事評価にもきちんと組み込んで責任を明確化した点も工夫の一つです。
プロジェクト数が多かったこともあり、それぞれで多様な推進のやり方が試され、成功パターンが全社へ広く波及していったといいます。

3つ目は、各プロジェクト代表が半期ごとにAI活用の現状と次半期の戦略を全社へ発表する「半期AI活用戦略共有会」です。全エンジニアに向けた発表の場とすることで、会社全体の意識統一と、代表者自身の責任感の向上につながったとされています。

4つ目は、最先端の情報を常にキャッチアップしている社員を「エバンジェリスト」と位置づけ、社長と直接対話する「エバンジェリスト会」です。開発手法のトレンドや、若手とAIとの付き合い方、AIコストと投資判断の温度感のすり合わせなどが話し合われ、経営層とのシンクロによってコスト判断などが迅速に行えるようになったといいます。

5つ目は「AI Week」です。忙しいプロジェクトほど学ぶ・試す時間が取れず一歩目を踏み出せないという声を受け、1週間コーディングエージェントを必ず使って開発するという施策です。各エンジニアが週初めに目標を設定し、業務内で実践、最後に成果を共有する流れで、生成AI室が各プロジェクトのPMやエンジニアリーダーに直接掛け合い、業務時間を確保してもらったといいます。この施策を通じて、社内でコーディングエージェントを一度も使ったことがない社員はいなくなり、AI活用に関する議論のレベルも大きく向上したとのことです。
6つ目はツール整備です。ゲーム開発特有の課題として、ソースコードだけでなくアセットやマスターデータをサブモジュール構成で扱うことが多く、並列開発に有効なGitワークツリーが使いにくいという問題がありました。
これに対し、サブモジュールやUnityのキャッシュを考慮したワークツリー作成用のCLIツールを内製して社内展開。またClaude Codeのプラグイン機構が登場した際にはいち早く取り入れ、アプリボット標準のスキルやMCPをまとめた社内向けリポジトリを整備しました。

これらの施策の結果、コーディングエージェントの使用率は100%、開発の起点がAIとの対話である割合も100%、複数のエージェントを並列で活用している割合は75%程度に達したといいます。2025年5月時点ではほとんどのエンジニアが未使用だった状態から、9月の方針転換を境に一気に活用が加速したことが振り返られました。

最後に、他社のAI推進担当者に向けて4つの教訓が共有されました。
第一に、会社全体としてAIが日常にある環境を作ること。あらゆる場で活用レベルの進捗や取り組みを発信し続けたことが、現場の温度感の醸成につながったといいます。
第二に、現場に近い人を巻き込むこと。広く浅く伝えるだけでなく、各現場に入り込んで協力者を作ることが浸透には不可欠だったとされました。第三に、計測可能な指標で目標を立てること。この「AI活用レベル」という指標は現在、サイバーエージェントグループ全体でも採用されているといいます。第四に、推進者自身がAI活用について社内で一番詳しい存在になることです。
今後の展望としては、開発のボトルネックが実装フェーズから要件定義や仕様書作成のフェーズへ移りつつあるとの認識のもと、同様のレベル定義フォーマットを企画職向けにも展開していること、活用度合いだけでなく成果(アウトカム)への影響を可視化する仕組みづくり、そして既存の考え方にとらわれない新規ワークフローの構築に向けた実験的な取り組みが進められていることが紹介され、講演は締めくくられました。
このように、大規模な組織でコーディングエージェントを導入し、開発環境を変えていく試みは一つのロールモデルとなりえるでしょう。AIと共存した開発現場へのシフトが、今後のゲーム開発の生産性に関わることは確かなため、参照できる点が数多い講演となったと思います。






