
「コンテンツ東京2025」の中で2025年7月2日(水)に開催された特別講演「AI活用による広告制作の革新と今後の可能性」のようすをレポートします。
登壇したのは、博報堂テクノロジーズ メディア事業推進センターデータテクノロジー二部 部長であり、negocia株式会社 CDOも務める川上孝介氏です。
川上氏はまず、広告制作にAIが必要とされる背景について説明しました。インターネット広告費は年々成長を続けており、2022年から2023年にかけて7.8%、翌年には9.6%と伸び、2024年には市場規模が約3.6兆円に達しました。広告の取り扱い量が増え、SNSの普及により生活者の趣味嗜好も多様化しているため、従来のように人手だけで対応するのは限界があると述べました。
AIの能力は博士レベルの数学の問題解決など、多くのタスクで人間を凌駕していますが、広告制作においてはまだ難しい課題があると川上氏は指摘します 。
広告は既存の商品に対してこれまでにないPRポイントを見つけ出したり、生活者の行動変容を促したりするため、世の中に存在しない新しい訴求を考える必要があります 。しかし、一般的な生成AIは過去のデータベースを模倣してコンテンツを生成するため、未知の領域である「真に効果的な広告」を生み出すという観点で課題が浮き彫りとなりました。
そうした背景から、博報堂テクノロジーズは松尾研究所と共同で、広告特化型の生成AIモデルの開発に取り組んでいます。
広告特化型AIモデルの開発と工夫
共同研究では、オープンになっているLLMをベースに、博報堂が保有する広告データやランディングページ、評価情報を活用して学習を行いました。特に、広告文の生成においては異なるLLMを統合する「進化的モデルマージ」や、従来優先される「安全な回答」を崩して毒性データを学習する「Jailbreak(ジェイルブレイク)」と呼ばれる手法を用い、多様性と創造性を高める工夫が施されています。
また、マーケティングのペルソナやカスタマージャーニーをプロンプトに組み込むことからも、多様性の向上や新たな訴求増加が見られたようです。
実運用への展開と成果
開発された広告特化型AIモデルは、博報堂DYグループのマーケティング支援ツールHakuhodo DY ONEに実装されており、企画から制作、運用、分析までを一貫してサポートする体制が整っています。
企画フェーズ: 3C分析(Company:自社、Customer:顧客、Competitor:競合)や顧客・競合分析をAIが支援し、商品の訴求ポイントを特定します 。
制作フェーズ: 共同研究で得られた生成AIモデルを広告文生成に組み込み、高品質な広告制作を実現しています 。テキスト広告だけでなく、バナー画像や動画の生成にもAIを活用しています 。
運用・分析フェーズ: 自動運用後の結果分析や、その結果から示唆を発見するレポーティング機能もAIが担います 。
エージェント型AIによる広告制作の未来
セミナーの後半では、エージェント型AIの可能性についても言及されました。エージェント型AIとは、自律的に意思決定や行動ができるAIシステムであり、今後の広告制作業務を大きく変える可能性を秘めています。
従来のAIとは異なり、情報収集、分析、最適な行動計画の立案、実行、改善までを一貫して行えるため、これまで人間が担っていた広範囲な業務の自動化が可能となり、マーケターやクリエイターはAIエージェントに市場分析やクリエイティブ制作を依頼する形に変化していくと語ります 。
広告運用において、過去実施した施策をベースにして「次の策をこう打つべきだ」と、ある程度長期的に意思決定できるような仕組みもできるのではないかと川上氏は推測。エージェントが普及してからは、どのエージェントを使うのが最適かを選び出すエージェントが登場する可能性も示唆しました。
エージェント型AIの開発には、「リーズニングデータの収集」「人の介入なしでの学習」「思考時間の確保」が課題とされますが、川上氏は広告代理店の立場からは、データ、特にリアルタイムなトレンドデータや社内のナレッジ、プロダクトからのフィードバックデータが最も重要であると強調しています 。
これらのデータを活用して、広告制作のプロセスにおけるエージェント型AI時代への対応を今後も進めていく考えを示し、セミナーを締めくくりました 。