
2025年6月12日、富士ソフトとモバオクは共同事業戦略説明会を開催し、富士ソフトによるモバオクのグループ化と、それに伴う両社の新たな事業戦略を発表しました。元々はディー・エヌ・エーの連結子会社で同社とKDDIが共同運営していたモバオクですが、今年3月31日にディー・エヌ・エーより富士ソフトに対して株式を譲渡することが発表され、注目を集めました。このM&Aは、富士ソフトがネットソリューション事業の成長を加速させるための重要な一手であり、一方のモバオクにとっては、富士ソフトの技術力や経営資源を活用し、「推し×コミュニティ×リユース」を核とした新しい市場を開拓する大きな転換点となります。
説明会には、富士ソフトの取締役専務執行役員である大迫館行氏、モバオクの代表取締役社長 CEOに就任した小一原宏樹氏、そして同社取締役COO兼プロダクト開発部部長である小田切航平氏が登壇し、それぞれの立場から今後の戦略と展望を語りました。今回のグループ化は、単なる買収に留まらず、富士ソフトが持つBtoBでの強みや先端技術と、モバオクが持つCtoCプラットフォーム運営ノウハウを融合させ、両社が新たな価値創造を目指す戦略的提携としての意味合いが強いことが示唆されました。
富士ソフトの成長戦略とモバオクグループ化の意義
説明会の冒頭、富士ソフトの大迫館行氏が登壇し、同社の成長戦略とモバオクをグループに迎えた背景や意義について、資料を交えながら説明を行いました。

大迫氏はまず、富士ソフトが創業から55年の歴史の中で、M&Aを重ねながら成長を遂げてきた過程を振り返りました。5月16日に株式を非公開化したことに触れ、これは中期経営計画の達成に向け「M&Aを含めた新規事業、新たなサービスづくりに取り組んでいく方針」を実現するための戦略的な判断であると強調。非公開化により、短期的な市場評価に左右されず、長期的な視点での投資が可能になるとしています。将来ビジョンとして「1兆円企業」を掲げ、その達成に向けた変革を進めていると語りました。

続いて大迫氏は、富士ソフトの事業ポートフォリオの中でも、ECサイト構築などを含むネットサービス市場が成長市場であり、今後も拡大が期待される重要な分野であると指摘しました。今回のモバオクのグループ化は、このネットサービス事業をさらに強化するための戦略的な一手と位置づけられています。
モバオク買収の具体的な狙いとして、大迫氏は、富士ソフトが持つAIエージェントなどの先端技術、1000名を超える専門チームによるECエンジニアリングサービス、国内外の営業チャネルといった経営資源をモバオクに提供することで、「市場競争力を高め、事業の成長を加速化させていくことが可能となります」と説明しました。これにより、モバオクのサービスを「アップグレード」する計画です。

さらに、富士ソフト自身も、モバオクのCtoC ECやオークション運営から「事業運営会社向けの実践的なノウハウの獲得」を目指し、これを自社のBtoB顧客向けの「CtoC EC・オークションを活用した 新規プロダクトサービス創出検討」に繋げることで、双方向の価値創造を目指す考えを示しました。後述の質疑応答でも触れられたように、富士ソフトが「従来の開発、構築、運用、保守といった領域だけでなく、今後はサービス自体に我々が付加価値をつけていくことが求められる」との認識が示され、モバオクがそのための実践的な知見を提供する役割を担うことが期待されます。

1兆円企業を目指すと語った同社は、モバオクを含むネットソリューション事業において売上高を1000億円という野心的な目標を掲げました。質疑応答での補足によると、この1000億円という目標は2028年以降、2030年代に向けて達成を目指す長期的なものであり、モバオクとのシナジーがその達成に大きく貢献すると見込まれています。この大きな目標設定は、成熟しつつあるCtoC市場においても、技術とB2Bの強みを投入することで新たな価値を創造し、市場を再定義しようという富士ソフトの強い意志の現れと言えるでしょう。

新生モバオクの経営戦略:「みんなの熱量が世界を変える」
続いて、モバオクの代表取締役社長 CEOに就任した小一原宏樹氏が登壇し、新生モバオクの経営戦略について説明しました。小一原氏は富士ソフト出身で、携帯電話やスマートフォンのアプリ開発、EC・ネットサービス部門の責任者、AI・データビジネスの立ち上げなどを経験してきた人物です。

モバオクは2004年にディー・エヌ・エーのサービスとして始まり、2005年に分社化された歴史を持ちます。現在の主な事業ドメインは、月額330円(税込)で出品手数料無料のCtoCフリマ・オークションサービス「モバオク」、スポーツチーム公式オークション「スポオク」などのBtoCイベント・オークション、そしてBtoCコミュニティECプラットフォームの3つです。富士ソフトは長年、このモバオクのサービス開発及び保守運営でサービスを支えてきました。

小一原氏は「モバオク」の既存ユーザーについて、「3回以上同じ方と取引をされている方が実は半数以上いらっしゃいまして、6回以上となりますと30パーセントを超える」というデータを紹介し、固定客との継続的な取引が活発であるという特徴に言及しました。これは、モバオクが単なる一期一会の取引の場ではなく、コミュニティ形成の素地を既に持っていることを示唆しています。

また、SEKAI NO OWARIの動物殺処分ゼロ支援チャリティーオークションや、初音ミクのアート展と連動したオークションなど、注目度の高いチャリティーイベントを成功させてきた実績も紹介。特に「SEKAI NO OWARIさんの動物殺処分ゼロ支援チャリティーオークションでは、メンバーの方々が愛用されていた光岡自動車の『ガリュー』などを出品いただき、非常に好評でした」と小一原氏は語りました。スポーツ公式オークション「スポオク」は、プロ野球やBリーグなど様々なスポーツチームとの連携実績が示されています。


市場環境については、CtoCのEC市場が2023年に2兆4817億円(前年比5.0%増)となり、リユース業界全体では2030年に4兆円規模に達すると予測されている一方で、消費者の行動様式にも変化が見られると指摘しました。特に「倫理的消費(エシカル消費)」への関心が高まっており、「10歳代後半の世代は、学校教育の中でSDGsやエシカル消費といった教育を受けており、特に興味・関心が高いことがわかっています」と述べ、若年層を中心に社会や環境に配慮した消費行動が広がっていることを示しました。

また、「推し活」市場も拡大を続けており、消費行動はモノ→コト→トキ消費へ、そして「直近では、先ほど触れたエシカル消費や、感情を揺さぶるエモ消費、意味消費といった形に消費者の行動が変容してきています」と分析しています。

このような市場の変化と、物価高、地球環境問題、コミュニティ社会づくりの必要性といった社会課題を踏まえ「私たちの新しいコンセプトとして、『みんなの熱量が世界を変える』というところに取り組んでいきたい」として、「推し」×「コミュニティ」×「リユース」の3つの要素を軸に事業を展開していくと宣言しました。


この新戦略の中核となるのが「モバオク・エンゲージメント・プラットフォーム」です。既存のCtoC(モバオク)、BtoC(スポオク等)事業への投資を継続しつつ、新たに「Community to Business (CtoB)」という成長モデルを加えて事業を展開します。このCtoBモデルは、コミュニティの「熱量」やエンゲージメントから得られるデータやインサイトを企業に提供し、新たな収益源とするもので、富士ソフトのBtoBにおける知見や販売チャネルがその展開を後押しすることが期待されます。

この新たな事業戦略と富士ソフトグループとのシナジー(先端技術、エンジニアリングサービス、営業チャネル、必要な投資)を最大限に活用し、モバオクは「中期経営計画の達成及び2030年代での100億円突破を目指します」と、力強く目標を語りました。この100億円という目標は、既存事業の最適化だけではなく、CtoBモデルを含む多角的な戦略の成功を前提とした長期的なビジョンです。

モバオク事業戦略とサービスアップデート:「熱狂を循環させる」仕組みへ
続いて、モバオクの取締役COO兼プロダクト開発部部長である小田切航平氏が登壇し、具体的な事業戦略とサービスアップデートについて、「熱狂を循環させる」というキーワードを軸に説明しました。小田切氏は、モバオクがまだディー・エヌ・エーの一部であった2006年頃からサービスに携わってきたベテランで、カスタマーサポートからプロダクトマネジメント、アプリのグロースハックまで幅広く経験しています。

小田切氏は、戦略の核心を「一言で言うと、『熱狂を循環させる』ということが我々がやりたいことです」と表現しました。
まず、現在のCtoC市場について、EC市場やリユース市場自体は成長しているものの、「CtoCのフリマ・オークションプラットフォーム、特にメガプラットフォームは、かなり飽和状態に近づいているという実感があります」と、大手プラットフォームの成長の鈍化を指摘。従来のプラットフォームは、人を集めて「モノ」でマッチングする一方向的な関係性が中心だとも説明しました。

これに対しモバオクは、既に「熱狂」が生まれているマイクロコミュニティに着目します。BtoCのイベントオークションでは、特にスポーツ分野で高い熱量が見られ、「(宇都宮ブレックスのオークションで)会場に行くと、『この選手のユニフォームをなんとかゲットしたいので、半年間お金を貯めてきました』といった女性の方がいらっしゃるなど、熱心な方々が多い」といったエピソードが紹介されました。スポーツチームのオークションは「直近1.5ヶ月間で40開催以上」と活発で、スポーツ以外にもミュージシャンの私物、映画の小道具、鉄道部品、F1ドライバーのサイン入りワインなど、多岐にわたる分野でオークションが開催されています。小田切氏は、「スポーツチームに限らず、半数以上が、初めてこういったリユース品を販売する取り組みをする企業が多い」と述べ、これまでリユース品の販売経験がなかった企業がモバオクを通じて新たなファンエンゲージメントの機会を得ている事例を挙げました。
CtoCの領域でも、試験的に導入しているコミュニティ機能「モバマルシェ」などを通じて、「CtoCというマーケットの中でも、熱量の高いマイクロコミュニティが多数存在し、まだまだ発展途上であり、私たちが支援できる余地が大きいという感触を得ています」と、熱量の高いマイクロコミュニティの存在と、それを支援する大きな可能性があることを確認していると述べました。これらの熱量の高いコミュニティを育成し、つなげていくことが、飽和しつつある市場での差別化要因、すなわち競争上の堀(モート)を築くことにつながります。
モバオクが目指すのは、「モノ」によるマッチングから「コミュニティやヒト」によるマッチングへの転換です。ファンコミュニティや趣味のグループといった「潜在的なマイクロコミュニティはあるものの、何らかの理由で活性化しきれていないところを顕在化させ、お手伝いしていくことを目指しています」と語り、これらのコミュニティを可視化し、コミュニティ間や企業との繋がりを促進することを目指します。

この「熱狂の循環」を実現するための成長戦略は段階的に進められるということです。
FY2025~:マイクロコミュニティの誘致(BtoCフォーカス)
スポーツ、音楽、アニメ、ゲームなどのイベント・オークションを拡大。
既存コミュニティにEC機能を追加できる「コミュニティECプラットフォーム」を提供。
FY2026:プロダクトリデザイン/マッチング強化(CtoCフォーカス)
ファン同士やファンと商品のマッチング、見つけやすさなどデザイン面を強化。
フリマ未経験ユーザーを取り込むため、配送などを一括代行する「まとめて出品」サービスを構築。
FY2027~:ファン・コミュニティデータ活用(CtoBフォーカス)
ファン・コミュニティデータを統合し、企業の新たな商品開発やマーケティングに活用できるデータサービスを提供。

小田切氏はさらに、「正直に申し上げると、CtoCとBtoCの垣根はこれからますますなくなっていくのではないか」「物と体験の垣根もなくなってくる」と述べ、従来の枠組みを取り払うことの重要性を強調し、こうした取り組みを通じて「熱狂の循環を作り出すことに貢献したい」と意気込みを語りました。これは、単なる取引価値を超え、体験的価値や感情的価値を提供することでEコマースにおける「価値」を再定義しようとする試みであり、富士ソフトの技術や知見がこの「熱狂」の特定や育成に貢献することが期待されます。
なお、新体制を記念して、モバペイ手数料無料キャンペーンや「モバオくじ」といった利用者向けキャンペーンも実施されるとのことです。

質疑応答:ネットソリューション1000億円への道筋とシナジー効果
発表後には質疑応答が行われ、両社の目標や戦略についてさらに踏み込んだやり取りが交わされました。
まず、富士ソフトが直面する課題としては、大迫氏が「我々はこれまで、富士ソフト本体としてECの開発、構築、運用、保守といった領域を主に手がけてきました。モバオクをグループ化することで、サービスそのものに我々が付加価値を提供していくことが、今後ますます重要になると考えています」と述べ、技術提供者からサービス価値創造者への転換が求められているとの認識を示しました。モバオクのグループインは、この新たな役割を実践し、学ぶための重要な機会となります。
また両社のシナジーについて、モバオクの小一原氏は、富士ソフトのAIやAIエージェント技術を活用することで、「例えばコールセンターの効率化や、お客様のマッチング機能の強化といった具体的な実装部分において、AIなどの技術を活用していきたいと考えています」と、具体的なサービス改善への期待を語りました。
モバオクの売上高100億円達成への道筋については、小田切氏が「まずは企業様との連携に注力していきたいと考えています。企業様と組んでイベントなどを開催し、そこで会員登録していただいた方はモバオクのお客様にもなります。これはCtoCの活性化にも繋がります。このように企業様を含めてコミュニティを形成していく中で知見を蓄積し、単なるモノの売買プラットフォームとしての価値だけでなく、体験価値といった付加価値を提供できるのではないかと構想しています」と説明。これは、まずBtoC(企業連携やイベントオークション)でユーザー基盤とコミュニティを構築しすることでCtoC活動を活性化させ、蓄積されたコミュニティデータやエンゲージメント(「知見」)をCtoBモデルで活用し、単なる取引を超えた「体験の価値」を収益化するという段階的な戦略を示唆しています。
まとめと今後の展望
今回の富士ソフトによるモバオクのグループ化は、単なる事業ポートフォリオの拡大に留まらず、富士ソフトにとってはネットソリューション事業におけるサービス価値創造能力の強化、モバオクにとっては「『推し』×『コミュニティ』×『リユース』」という新たなコンセプトのもとでの事業変革という、両社にとって大きな戦略的意義を持つものです。
富士ソフトの持つ技術力、開発力、BtoBでの顧客基盤と、モバオクが培ってきたCtoCプラットフォーム運営ノウハウやユーザー基盤、そして新たに打ち出されたCtoBという革新的なアプローチが融合することで、これまでにない新しい価値が生まれる可能性を秘めています。特に「モバオク・エンゲージメント・プラットフォーム」を目論見通り構築し、CtoBモデルを確立できれば、様々な企業が熱量の高いニッチなコミュニティにアクセスし、エンゲージメントを深めるためのプラットフォームへと進化する道も開けるかもしれません。
両社が掲げる「みんなの熱量が世界を変える」というスローガンのもと、新体制で走り出す両社の今後の展開が注目されます。