
ゲーム配信プラットフォーム「Mirrativ」を運営するミラティブは5月26日、オンラインで新規事業戦略発表会を開催し、新たな事業コンセプト「All for Streamers」を発表しました。これまでの「Mirrativ」アプリ中心の事業から、YouTube、Twitch、TikTokなど、あらゆる配信プラットフォームで活躍するVTuber・ストリーマーを含むすべての配信者を支援する会社への進化を宣言しました。
同時に、配信演出ツール「CastCraft」を運営するキャスコードと、VTuberキャスティングプラットフォーム「ぶいきゃす」を運営するアイブレイドの2社を同社初のM&Aによりグループに迎え入れたことも発表しています。
「Mirrativアプリの会社」から「すべての配信者のための会社」へ
発表会で登壇した赤川隼一代表取締役CEOは、ミラティブの大きな方向転換について次のように説明しました。
「ミラティブは今後、配信アプリの会社からあらゆる配信プラットフォームの配信者に向き合う会社へと進化していきます。YouTubeやTwitch、TikTokなど多様な配信プラットフォームで活躍する配信者に対して価値提供を行っていきます」
この新戦略の背景について同社は、「配信者は今や『ゲームを遊ぶ人』や『映像を発信する人』を超え、ファンを惹きつけ、コミュニティや経済を動かす存在となりつつある」とし、赤川氏も発表会においてYouTube、TikTokでのライブ配信機能の拡大や、Twitchで昨年最も成長したカテゴリが「VTuber」となるなど、ストリーマーの影響力がグローバルで加速していることを強調しました。
新戦略のコンセプト「All for Streamers」では、配信者の需要を「①ファンが増えること」「②収益が上がること」「③撮れ高が生まれること」の3つの軸で捉え、これらを配信者とファンの間にナラティブ(物語)が生まれる支援として提供していくということです。

Mirrativの現状
赤川氏によると、売上高は年々伸び続けており黒字で運営できている状況です。興味深いのは売上の内訳で、2024年の大きな成長も、多くが2019年以前にMirrativを使い始めたユーザーからもたらされているといいます。「年々、ミルフィーユのように新しいユーザーさんの売上が積み上がっていっているというのがMirrativの大きな特徴」として、長年の利用者と新規利用者の両方から支持を得続けていることを強調しました。

また、毎日配信者(7日以上連続で配信を続けるユーザー)の分布も入会年度を問わず広く分布しており、「本当に長年使い続けてくださっているユーザーの皆さんのおかげで今のMirrativがある」と感謝を表しました。
2025年時点でMirrativは日本で最もアクティブな配信者数を保持しているサービスとなっており、その基盤の上に新戦略を展開していく方針です。
同社初のM&Aで2社をグループ化、事業領域を拡大
今回の戦略実現に向けて、ミラティブは同社として初となるM&Aにより2社をグループに迎え入れました。
キャスコード(CastCraftの開発・運営会社)
キャスコードは、配信者向けデスクトップツール「CastCraft」を開発・運営する企業です。同ツールは、OBSなどの配信ソフトと連携して動作し、リッチなエフェクトの表示、チャットボックスの表示、コメント読み上げ機能などを提供しています。視聴者のCRM機能も搭載し、配信者と視聴者のつながりを深める支援を行っています。

キャスコード代表取締役の中川翔太氏は、東京大学法学部卒業後、ベンチャーキャピタルでの投資業務を経て2018年に同社を創業しました。2024年から急成長を見せており、現在は万単位の配信者が利用する、注目を集める配信ツールです。
アイブレイド(ぶいきゃす・Rock on V運営)
ミラティブのM&A一号案件となったアイブレイドは、VTuberキャスティングプラットフォーム「ぶいきゃす」を中心に、個人VTuberと企業をつなぐマーケティング支援事業を展開しています。

同社代表取締役の妻木泰夫氏は、DeNA出身で赤川氏とは同じ会社での経験を持ちます。独立後はミラティブの事業にも携わりながらアイブレイドを経営していましたが、「配信者をサポートしたい」という事業構想の一致により、M&Aによるグループ参画が実現しました。
アイブレイドでは、VTuber×生バンドによる音楽ライブイベント「Rock on V」を手掛けているほか、今後はミラティブが資本提携する丸井グループとの連携で、個人勢のVTuber向けポップアップストア企画なども手掛けていくということです。

M&A実現の背景と経緯
新戦略の発表にあわせて公開されたキャスコード中川氏との対談記事及びアイブレイド妻木氏との対談記事では、両社がM&Aに至った経緯がより詳しく語られています。
キャスコードとの出会いについて赤川氏は、「2024年秋に開催されたVC主催のイベントで、登壇者リストを眺めていたところ、キャスコードというはじめて見る社名が目に留まった」と振り返ります。ゲーム実況に関するツールを開発している会社なのに存在を知らなかったことに驚きつつも、実際に中川氏と話してみて「プロダクトの質の高さと起業家としての姿勢が素晴らしい」と感じたといいます。
中川氏について赤川氏は、「良い意味で『マッド(狂気的)』なところがある」と評価しています。
「中川さんの経歴を考えると、独立してゲーム配信・ライブ配信の領域で挑戦することは、普通だったらありえません。ではそれは、日本発のグローバルプロダクトを作りたいという野心が燃えているからこそ選べる道だと感じます」
「かつてユニコーン企業の華々しい姿を見てきた人が、CTOと2人きりで下北沢のオフィスにこもって、ひたすらユーザーに向き合い続けた姿勢には狂気をはらんでいると思います」
このように、長期間にわたってユーザーファーストを貫いた経営姿勢に対する敬意を示しました。
一方、アイブレイドとのM&Aについては、妻木氏がこれまではミラティブの事業にも携わりながらアイブレイドの経営をしていたものの「自分の会社にフルコミットしたい」という気持ちを赤川氏に相談したことがきっかけだったといいます。当時ミラティブでは「Mirrativアプリに限らず、他のプラットフォームを利用する配信者にも価値を提供できないか」という検討を始めており、妻木氏の相談と事業構想が一致したことでM&Aが実現しました。
赤川氏は妻木氏について次のように語っています。
「僕個人がDeNA時代から妻木さんと一緒に働きたいと考えていました。実際に一緒に働いてみて、真面目さや誠実さを強く感じ、『妻木さんのやりたいことなら応援したい』と常々考えていた」
「ミラティブのライブゲーム『ピコピコサバイバーズ』の立役者は、実は妻木さんなんですよ。リリースまではもちろん、リリース後も「どうすればライブゲームとしてもっとよくなるのか」という問いに向き合い続けて、結果を出してくれました。その姿を近くで見ていたからこそ築かれた妻木さんに対する信頼が、今回のM&Aにつながった」
このように、長年の信頼関係がM&A実現の大きな要因だったことを明かしました。
また、同社初のM&Aに踏み切った理由について赤川氏は、「単に『やりたいことが同じ』というだけでは、M&Aという話にはならなかったと思います」としながらも、「信頼できる人が、自分たちのやりたいことと同じことをやろうとしているのなら、一緒にやらない手はない。その確信が、大きな経営判断の後押しをしました」と説明しています。
Mirrativだけではカバーできない領域への対応とシナジー効果
赤川氏は発表会で、これまでMirrativアプリだけでは対応しきれなかった配信者のニーズについても言及しました。
「これまでMirrativならではの価値や楽しさを提供してきましたが、配信者の中には『どうしてもYouTubeで活動したい』といった気持ちを持つ方もいらっしゃいました。そうした方々に対して、Mirrativアプリ単体ではサポートしきれない部分が実際にありました」
「今後は、Mirrativアプリでの活動ではなくても、他のプラットフォームでの活動に対してもより寄り添っていくことができます。一緒に何かできることがあるのではないかと考えています」
このように、プラットフォームの垣根を超えた包括的な配信者支援を実現することで、これまで対応できなかった配信者のニーズにも応えていく方針を示しました。
赤川氏は今回のM&Aや全配信者を支援するという大きな方針を通じ「ゲーマー層や配信者のファン層向けのクリエイティブエージェンシーのような形態に進化していく」と述べ、配信文化を深く理解した仕掛けによって、クライアント企業やVTuber・ストリーマー、広告代理店をつなぐ存在を目指すとしました。
質疑応答で明かされた戦略の詳細
発表会後の質疑応答では、今回の戦略についてより詳しい説明がなされました。
「今回の発表で、Mirrativアプリ自体でYouTubeで配信ができるようになるということではなく、M&Aで取得した子会社の機能を使って、他のプラットフォームで活動する配信者を支援するということか?」という質問に対しては「その通りです。YouTube、Twitchといったプラットフォームには既に多くの配信者が存在しています。まずは、そうしたプラットフォーム上で活動している配信者に対して価値提供を行うことが第一の目的」と回答。
加えて「YouTubeで活動している配信者にMirrativアプリに来てもらおうということは、実はそれほど考えていません。それは提供者の論理だと思います。それぞれのプラットフォームで活躍したい配信者を、私たちだからこそできる方法で支援していくことが基本方針」としています。
また、グループ化した2社の取得に関する質問については、「取得額については非公開」としながらも、「基本的にはグループとして一体経営を行い、全力でサポートしていく体制を構築していく」と説明しました。
「ナラティブの時代」への対応―社名の由来にも繋がる理念
発表の最後で赤川氏は、現代を「ナラティブの時代」として捉える視点を示しました。
「テクノロジーが進化して、今後もAIが本当に劇的に生活を変えるというタイミングの中で、みんなが見ているもの、誰もが知っているものというのは徐々に少なくなっていきます。その一方で、推し活に代表されるような、自分だけの推し、自分たちだけの物語、そうしたものはサイズを問わず、ナラティブとしてより求められるようになってきている」
この考えを踏まえ、「ミラティブという社名はミラーリングとナラティブ(物語)を組み合わせた造語です。社名にこのナラティブ(物語)を持つ会社として、これからも自分だけの物語が生まれる、それが居場所になっているというところにこだわって、今後も価値創造していきたい」と述べました。
さらに、「AIが進化しても、そのAIを扱う人と人の分かり合いたい気持ちや、分かり合う願いというものは不変です。私たちはこの願いに向き合い、わかり合いを、願いをつなげていきます」として、技術の進化の中でも変わらない人間の本質的な欲求に応える姿勢を強調しました。
まとめ
今回の発表は、ミラティブにとって大きな転換点となる内容でした。これまでのMirrativアプリを中心とした事業から、全配信者を支援するエコシステムを構築する企業への進化は、ストリーマー業界全体の成長と多様化を反映したものといえます。
初のM&Aにより2社をグループ化し、配信ツールからマーケティング支援まで幅広いソリューションを提供できる体制を整えたミラティブ。「All for Streamers」のコンセプトのもと、プラットフォームの垣根を超えた配信者支援がどこまで広がりを見せるか、今後の展開に注目が集まります。
赤川氏が最後に述べた「今日の発表はあくまで序章に過ぎません」という言葉が示すように、ミラティブの新たな挑戦はまだ始まったばかりです。配信文化を「日本が世界に誇れるもの」として世界に発信していく同社の今後の動向が注目されます。