「炎上沙汰があってリーダーが交代しました」―ハードコアFPS『Escape from Tarkov』翻訳チームインタビュー【有志日本語化の現場から】 2ページ目 | GameBusiness.jp

「炎上沙汰があってリーダーが交代しました」―ハードコアFPS『Escape from Tarkov』翻訳チームインタビュー【有志日本語化の現場から】

海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。今回はハードコアFPS『Escape from Tarkov』公認日本語翻訳ボランティアチームに話を訊きました。

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『Escape from Tarkov』パロディ画像
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  • 『Escape from Tarkov』
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稀によくある海外デベロッパーの話

大きな目標に向かって皆で手分けして作業するのは純粋に楽しかったです


――本作の日本語フォントは途中で読みやすいものに変更されました。デベロッパーとはどんなやり取りがありましたか?

狐峯最初は日中韓共通フォント(俗に“中華フォント”と呼ばれるもの)でした。私が参加した2019年10月頃の段階で、メイリオなどのゴシック体が良いのではないかとデベロッパーに伝えていました。

Y.H.日本語フォントの重要性について説いたものの、あまりピンと来なかったようです。

狐峯デベロッパーとしては、とりあえずテキストだけ反映させれば良いだろうという判断だったのかもしれませんし、後からフォントを増やすのが技術的に難しかったのかもしれません。いずれにせよ、日中韓共通フォントのまま日本語がテスト実装されて我々は驚きました。

Y.H.本作は設定言語が日本語の場合にも、英数字には英字フォントがそのまま使われます。そこで、英字フォントに合う日本語フォントを見つけようと考えました。とにかく、その日中韓共通フォントは避けたかったのです。

――その後、翻訳チームが指定したフォントに変更されたのですね。

狐峯余談ですが、韓国語もテキストだけ実装されてフォントは放置だったので、しばらくは韓国語を選択すると未定義文字を表す四角が表示されていたそうです。

――本作は現在クローズドベータテスト中です。頻繁なアップデートではどんなことが起こりますか?

Y.H.大規模アップデートの前には時々サプライズでクエストが追加されますが、翻訳する暇もなく追加されるのでチーム全員でびっくりしています。本作を長く遊んでくださっているプレイヤーの方々には覚えがあると思いますが、日本語設定にしているのに英語のクエストやメールが出てきたときは大概裏でこういうことが起きています。

狐峯アップデートの少し前に「差分が来るから日曜日までに訳しておいて。」と連絡が来るので間に合うように提出するのですが、アップデート後に確認したら反映されていないのは日常茶飯事です。ゲーム内で表示されるテキストが翻訳用データに含まれていなかったり、その逆に、開発途中で放棄されたテキストが翻訳用データにゴミとして残っていたりすることもあります。突然ほぼすべてのテキストが差し替わることも……。

――翻訳対象の英文がほとんど変わってしまったのですか?

狐峯数ヶ月前のことでしょうか。元々アイテムの説明文は長さがバラバラで、詳細に解説されているものもあれば、防弾ヘルメットとだけ書かれているものもありました。それが大幅に加筆訂正され、新たなスペルミスや文法ミスも追加されて、全部やり直しに近い状態になったのです。正直これに関してはまったく手が回っていません。

――他にもデベロッパーとのやり取りで苦労したことはありますか?

狐峯サプライズ的に動画を公開したりアップデートを発表したりするときの連絡が、その数時間前や事後に来るのです。お国柄なのかデベロッパーの方針なのかはわかりません。

時差の関係で、日本時間の深夜に連絡があると気づかないことがあります。翌日連絡したら、「昨日からバケーションです。ハッピーホリデー!」と返されたことも一度や二度ではありません。12月30日の深夜にショートムービーが公開されて、1月2日に実家から慌てて帰って連絡したところ、1月20日までバケーションを取られていたこともありましたね。

Y.H.ショートムービーの件はさすがに困惑しました。年始に急いで仕上げてくれと言われた実写ムービーの字幕も、結果的にかなり遅れて反映されましたし。すごいホワイト企業っぷりで羨ましいやら腹立たしいやら。

狐峯ショートムービーも映像なしで字幕ファイルだけ渡されるので、「このセリフは誰だ?」、「どういう状況だ?」と首をひねりながら訳しました。他の言語の翻訳者と推測しながら翻訳するのはクイズみたいで楽しかったですけどね。公開後に答え合わせです。

Y.H.すぐに字幕ファイルを提出したのに反映まで数ヶ月掛かったときもあります。すでに提出しているにもかかわらず、ゲームをプレイしてくださっている皆様から「翻訳チーム仕事しろよ!」と言われ始めた時は、「もう提出しているのに……。」と枕を濡らす日々でしたね。

『Escape from Tarkov』実写ムービー。丁寧な日本語字幕がつけられている。

――本作の有志翻訳に参加して嬉しかったことや困ったことを教えてください。

狐峯かなり妙なきっかけで翻訳に参加することになりましたが、学園祭の実行委員会みたいなもので、何か大きな目標に向かって皆で手分けして作業するのは純粋に楽しかったです。久々に学生気分を味わえました。逆に、完成に近づけば近づくほど、語句の統一や誤字脱字のチェック、差分の反映といったつまらない作業が増えて“仕事”になっていきました。仕方がないとは言え、モチベーションの維持が大変です。

Y.H.本作をプレイしていなかった人々が、日本語の正式実装を機にプレイし始めてくれたことが一番嬉しかったです。最初は知る人ぞ知るゲームでしたが、日本の有名な動画配信者やゲーム系メディアが続々と取り上げてくれたことで、ついにはデベロッパーが日本のサーバーまで用意してくれました。ロシア発のマルチプレイヤーゲームが日本語に翻訳され、プレイするサーバーに東京を選べる日が来るとは思っていなかったので、とにかく嬉しかったです。

――公式翻訳を手掛けて見方が変わったことはありますか?

狐峯実際にやってみて、翻訳は最後の方の工程なのにとても時間がかかることがわかりました。ですから、翻訳が原因で国内での発売が遅れるゲームがあるのも仕方がないと思うように……なりませんでしたね。やっぱりゲーマーなので、英語版で良いから海外での発売と同時に遊ばせていただきたいです。“おま国”を許さない派なので(笑)。

Y.H.ボランティアによる有志翻訳のため仕事に取り掛かる時間も自由で、期限による拘束も最小限に止められているおかげでなんとかやってきました。逆に言えば、お金をしっかりもらって仕事として翻訳に取り組んでいる方々は遥かに大変なんだろうと思いますね。

――本作の翻訳で一番難しかったことを教えてください。

狐峯思い返すと翻訳自体で難しいと思ったところはあまりないですね。突然テキストを渡されたり、差し替えがあったり、ロシア人の書く英語の文法が怪しかったりといったことはありましたが。それでも、常にデベロッパーの担当者や他の言語の翻訳者に相談できる環境があったので、苦に感じたことはありません。私一人ではかなり苦労したであろう会話文は、校正班のおかげでとても良い文章が出来たと思います。

Y.H.翻訳に違和感を覚えるけれど、それに代替する言葉が自分の語彙では見つからないときです。ひたすら腕を組んで唸ったり、類語辞典を調べたりしました。それでもなんとか新しい表現を提案して、狐峯さんをはじめとする翻訳班から「いいね。」と言葉を頂いたときはかなり舞い上がりました。

炎上騒動から学ぶべき教訓

翻訳は書き手と読み手を繋ぐものだと考えています


――冒頭で話題に上ったリーダーの交代とその後の経緯についてお尋ねします。言葉の壁がある海外のデベロッパーに、翻訳が原文からかけ離れている状況をどう説明しましたか?

狐峯前リーダーの翻訳を再び英語に戻して原文と一緒に送り、「原文がこれで翻訳がこうなっているが、大丈夫か?」と質問しました。細かい言い回しであれば伝えるのに苦労したでしょうが、彼の場合はちょっと加筆が多すぎたので一発で伝わりました。

――前リーダーを失った翻訳チームはその後どうなりましたか?

狐峯前リーダーと数名が抜けた後、残された旧翻訳チームのメンバーと炎上をきっかけに参加したメンバーが集まって、現在の翻訳チームが出来ました。その後、一ヶ月くらい作業が停滞したのです。私は以前から参加しているP氏(仮名)がリーダーだと思っていて、一方でP氏は新しく来てやる気がある人にリーダーになってもらいたいと考えていました。このままでは埒が明かないので、「ええい、俺がやってやる。」とリーダーを引き受けました。

――混乱した翻訳チームをどのように立て直しましたか?

狐峯正式に私が仕切ることになってからは、大まかな方針の確認、Google ドキュメントの整備、Emissaryや大手Discordサーバー管理者への事情説明、Twitterでの状況報告などを進め、“やってる感”を出しました。そうして私が動き始めたら、チームも動き始めた感じですね。言い出しっぺの法則というか、誰も貧乏くじを引きたがらなかったのです。一度動き出したら、その後はとてもスムーズでした。

Y.H.狐峯さんと彼が集めたメンバーのおかげで、振り出しに戻ったはずの作業が嘘みたいに進んでいきました。

――旧翻訳チームの立場から見て、チームの立て直しになにが一番効果的でしたか?

Y.H.やはり狐峯さんをリーダーに据えたのが大きいと思います。私たちも翻訳チームを立て直すために必死でした。自分の中では、前翻訳チームを崩壊に追いやった大きな原因は狐峯さんだと思っていますが、同時に彼の言い分は概ね正しく思えました。また、英語の読み書きにかなり長けていることはTwitterを通じて知っていたので、彼をなんとか新翻訳チームのリーダーに据えようとP氏と画策していました。

結果はご覧の通りです。すぐにチームを束ね、そこからわずか数ヶ月で翻訳データをデベロッパーに提出できる状態までになりました。狐峯さんは自分を面倒くさがりだと言っていますが、このチーム内で一番動き回っている人です。彼がいなければ、もう少し翻訳チームの再出発も遅れていただろうと思います。

狐峯まさかのヨイショでびっくりです。スタートとゴールを明確にして役割を分担したのが良かったのではないでしょうか。

――直訳では原文のニュアンスが正確に伝わらない場合、原文の意味を汲んで別の言葉で訳す“意訳”や、その国の文化や風習に合わせて訳す“ローカライズ”という翻訳手法が一般的に用いられます。これらの手法についてはどう思いますか?

狐峯まず、翻訳は書き手と読み手を繋ぐものだと考えています。その目的であれば、意訳もローカライズも問題ないと思います。

意訳に関してですが、“No mercy!”を「慈悲を与えるな!」と訳すのが直訳です。しかし、大体は「容赦するな。」とか「徹底的にやれ。」と訳した方がしっくりきますので、直訳にこだわる意味は薄いと思います。

ローカライズだと少し匙加減が難しいですね。本作でも「忙しすぎて天才ロボットのエレクトロニクが欲しいくらいだ。」という言い回しがありますが、これを「ドラ◯もんの手を借りたい。」と訳すと作品の雰囲気を壊します。

ですから、意訳はOK。ローカライズは必要であればやっても良いですが、雰囲気維持とのバランスないし優先順位決めが必要ですね。

――書き手の意図をなるべく正確に読み手に伝えることが大前提なのですね。

Y.H.同じく、意訳もローカライズもまったく問題ないと思います。節度を守って欲しいだけなのです。

キャラクターのセリフに関しては、むしろ翻訳者が一番張り切って訳すべき箇所のはずです。ただ機械的に訳すよりも、キャラクターに命が吹き込まれるような意訳やローカライズなら大歓迎です。あくまで世界観を崩さない範囲ですけれど。

逆に言えば、機械的な説明文に対して命を吹き込んだりするのは、いくら意訳と言えども私は好みません。意訳もローカライズも、訳に正解や不正解はないと思います。原文を尊重しつつ、なるべく多くの人が受け入れてくれる訳を探し出すのが翻訳者の務めだと考えています。

――原文の書き手であるデベロッパーとの意思疎通についてはどう思いますか?

狐峯一部の大手デベロッパーであればそのあたりまで理解しているでしょうが、「指輪物語」のような映画ですら相当揉めましたし、実際の意思疎通は難しそうですね。とはいえ、最近のゲームは翻訳やローカライズが非常に良くできていると思います。

Y.H.デベロッパーとの意思疎通は本当に大事だと思います。狐峯さんはこう言っていますが、最近私がプレイしているゲームはそうでもないことが多いです。明らかに子供の見た目をした人物が厳かな口調でしゃべっていたり、しゃべり方が定まっていなかったり。明らかに渡されたテキストだけを見て翻訳をしているなと思うことが多々あります。

『Escape from Tarkov』でクエストを依頼してくる登場キャラクターのセリフ。

――本作に限らず、有志翻訳で原文からかけ離れた意訳を避けるにはどうすれば良いと思いますか?

狐峯難しい質問ですね。月並みですが、変だなと思ったらすぐに言える環境でしょうか。「その訳は飛躍しすぎてないか?」、「言われてみればそうだな。」と言い合える空気があれば良いと思います。職場の雰囲気作りみたいな話になってしまいますが、翻訳チーム内の空気が悪くならないようには配慮しています。他人の訳に指摘を入れるときは別の部分を褒めるとか、その分自分も指摘を受け入れるとか、正直どちらでも良い部分はあえて合わせるといったことですね。

Y.H.チームでの仕事ならば、翻訳された文章に目を通して忌憚なく意見が言える場を設けることだと思います。今回起こった件は、出された訳文を見てはっきりノーと言うことが出来なかった我々、前翻訳チームメンバーの責任でもありますから。

狐峯忌憚なく意見が言えたのは、校正班という役割を設けたメリットかもしれません。

――校正班はどのような役割を果たしたのですか?

狐峯翻訳チームには翻訳班と校正班の役割分担があります。翻訳班は英語から日本語にガリガリ訳す人で、校正班はその日本語をブラッシュアップする人です。役割を分けた結果、訳文には複数人が目を通すことになり、校正班はチェックするのが仕事なので忌憚なく意見が言えるという効果がありました。翻訳だけしている人同士ですと、どうしても“俺の訳の方が強い”という気持ちがありますから。

Y.H.翻訳者は複数人いるわけですが、“原文に忠実”を掲げていても訳に個性が出て来るのは当然なので、それをまとめて平滑にするのも校正の役割だと考えています。

――今回の事例から得た教訓を教えてください。他の有志翻訳者はそこからなにを学ぶべきでしょうか?

狐峯多人数が関わるプロジェクトであれば、仕組みとして安全装置を用意しておいた方が良いですね。結局、リーダーが仕切る必要はありますが、権限が集中しすぎるのも良くないと思います。

Y.H.本当にそのゲームを翻訳したい思いがあるなら、人間関係の不和を恐れず何度でも話し合って欲しいです。それを言うことで現状が良くなると少しでも思ったなら意見を言って欲しいし、逆に他のメンバーの意見もよく聞いてあげて欲しいですね。何事も“話し合う”のが一番大事なんだと思いました。

狐峯まとめると、「事故を起こさないように話し合おう。それでも事故が起きたとき、最悪の結果にならない仕組みは確保しておこう。」という感じですね。

現場からのメッセージ

校正は翻訳者が仕上げた99%の仕事を100%にすることだと考えています


――これから有志翻訳を志す方へ一言アドバイスをお願いします。

狐峯もし、自分の好きなゲームがあって翻訳で貢献したいと思うのであれば、物怖じせずにとりあえずデベロッパーにコンタクトを取ってみると良いと思います。他の有志翻訳者のインタビューも拝読しましたが、自分からコンタクトを取っている人が多いですしね。

Y.H.翻訳をする際は、どうかその作品を愛してあげてください。その世界がどう動いて、その世界で暮らすキャラクターたちがどう生きているのか、想像を隅々まで張り巡らせてください。翻訳はきっと二次創作と同じようなもので、作品への愛と知識を持つことが第一歩だと思います。

――有志翻訳者としてゲーム開発者やゲーム業界に伝えたいことはありますか?

狐峯プロの翻訳者に任せるのが一番だと思いますが、事情があって有志翻訳を使うのであれば、最低でも一部を抜き出してチェックしたり、要望を寄せられるフォーラムを用意したりといった仕組みがあるべきです。ボランティアを疑えと言っているわけではなく、品質を確保するのはあくまでデベロッパー側の責務だと思うからです。

また、いくら熱意のある人が集まったとしても、何度も手戻りや修正が発生するとモチベーションを維持するのは相当に厳しくなります。お金がもらえる仕事でもそうなのですから、そのような点も気にしていただきたいです。切実に(笑)。

Y.H.本作の有志翻訳に関わる中で、最初は翻訳スタッフと校正スタッフを分ける必要があるのだろうかと思う時もありました。しかし、今は自信を持って言えます。翻訳プロジェクトにプロの校正スタッフを入れておけばきっと重宝します。

校正というものは、翻訳者が仕上げてくれた99%の仕事を、100%にすることだと考えています。「たった1%?」と思うでしょうが、この1%こそプレイヤーが違和感を覚えたり、不満に思ってしまうものです。外国語を日本語に訳すプロを雇うなら、その日本語が正しい表現なのかを判断する日本語のプロも雇ってしまいましょう。

――本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。

《FUN@Game*Spark》

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