惹きつけられる土地の記憶とコンテンツ・ツーリズム・・・「ゲーム・アカデミクス」第3回 | GameBusiness.jp

惹きつけられる土地の記憶とコンテンツ・ツーリズム・・・「ゲーム・アカデミクス」第3回

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日本デジタルゲーム学会・コンテンツ文化史学会
玉井建也

1 はじめに

最初に私自身の個人的な話からはじめましょう。とある学会で発表をした際の話です。私が山村高淑さんや岡本健さんの研究を先行研究として引用しながら、いわゆるアニメ聖地巡礼について話をしたのですが、その会場にて民俗学だか宗教学だかを専攻されるお年を召された研究者の方にこのように言われました。「あなたは「聖地巡礼」と言っておりますけどね。それは既に宗教学で定義付けられた語句であって勝手に使ってもらっても困るんですよ」と仰るわけです。「別に私一人が勝手に使っているわけではありません」という私の言葉は残念ながらご老体の心に火を付けたようで長々とマイクを離さずに講釈を垂れておりましたが、要はアニメやマンガ・ゲームなど一過性のもの(と先方が思っているもの)に対してどうこう述べる必要性など存在しないという根本的な主張が先方にはあるために「研究者サイドで勝手に「聖地巡礼」とラベリングしているのではなく、旅する彼ら自身の言葉です」という私の言葉は虚しく上滑りをしたのでした。

さてこのような話から始めると玉井の愚痴か?愚痴が延々と連鎖反応していくのか?という感じになりそうですが、一つ重要な点があります。現象として果たして一過性なのか?ということです。アニメや漫画やゲームはもう既にそれなりの歴史性を帯びた存在です、という点はほとんどの方が共有できる考えでしょうから、放っておきましょう。しかし、その時、私が述べていた「聖地巡礼」と呼ばれるものはコンテンツ発としての一過性を帯びているのではないだろうかという点、そして実は歴史的な連続性を帯びているのではないかという点の2つが想定されうる問題でもあります。さらにはそれらを踏まえて、ご老体らとの断絶を埋めることができるのではないだろうかということも考えられます。

ということで別にテキトウなやつだけが発表しているのではないということを理解していただくためにご老体には宗教学を専攻されている今井信治さんの論文でも読んでもらうことにして、今一度この問題を考えてみましょう。

2 「聖地巡礼」からアニメツーリズムへ

そもそも勝手に話を進めていますが、「聖地巡礼」とは何でしょうか。「聖地」と宗教的に定められた施設・場所へ参詣・参拝したりする、のではなく、例えば前述の山村さんの論文ですと「アニメ作品のロケ地またはその作品・作者に関連する土地で、且つファンによってその価値が認められている場所」(山村高淑「アニメ聖地の成立とその展開に関する研究―アニメ作品「らき☆すた」による埼玉県鷲宮町の旅客誘致に関する一考察―」(『国際広報メディア・観光学ジャーナル』7号、2008)を「聖地」と定義づけています。しかし、既述のように「聖地巡礼」という語句は旅する彼ら自身発の言葉であれども、既存の言葉の組み合わせであるため非常に誤解を生みやすいというのも事実です。実際、ググったこともなければ、アニメを見たこともない人からすれば別次元の出来事のように見えるのかもしれません。

しかし、ここで言葉の定義によって議論の停滞を招いてしまうことは非常に悲しい。悲しすぎて発表者だというのに「どうも、ご意見ありがとうございました」と全く相手にしていない返答をしてしまうほど悲しいものです。

この「聖地巡礼」という言葉のみですとファンが作品舞台を旅するという事象のみに囚われてしまい、そこからの広がりを持たせることが一つの作業となってしまいます。そこで昨今では観光ツーリズムの観点を応用した「アニメ・ツーリズム」や「コンテンツ・ツーリズム」といった言葉が活用されるようになってきました。これによってファンというだけではなく、地域社会、製作者、観光資源といった様々な要素を取り入れての考察を行っていくという点が現在の研究水準だと考えられます(詳細は山村高淑『アニメ・マンガで地域振興』東京法令出版、2011)。このようにして作品と地域社会がコンテンツをどのように考え、デザインしていくべきかというステップについて、さらには一地域の特殊事例では終わらせないという点について山村さんの著作では述べられているわけですが、私としては同じ地域イメージを消費していながらも、その有り様は歴史的には決して一様ではない点について考えてみたいと思います。

3 瀬戸内海という地域イメージ

瀬戸内海という今、私たちが普通に認識している海が江戸時代まではそのような認識すら存在していなかったと述べたのは西田正憲さんです(西田正憲『瀬戸内海の発見−意味の風景から視覚の風景へ』中央新書、1999)。それまでの日本人は瀬戸内海という大きなまとまりで認識することはなく個別の地域スポットとして認識するのみで、初めて瀬戸内海として認識したのは外国人であったとしています。そしてその視線に引きずられるように日本人も同様の認識を抱くようになったとしております。ではその後のイメージの変遷はどのようなものでしょうか。

例えば田山花袋は次のように述べています。「瀬戸内海の勝を探らうと思ふには、汽車で旅行してはダメだ。(中略)昔は交通が主に船で、四国から上方に上つて行く人は、皆な船で一つ一つさういふ港を通つて来たから面白かつたのである」さらには「長く美しい絵巻物だ」と瀬戸内海を称賛しております(田山花袋『旅』博文館、1917)。このような視点の発生は前述のような外国人の視点というのも大きいでしょう。実際に当時のエッセイの中には外国人が称賛する点を強調したものも散見されます。さらには明治初期にかけて無数の民間業者によって開拓された瀬戸内海航路が明治17(1884)年に設立された大阪商船会社によって体系化され、人々が利用できるようになった点も実態的な理由として大きいと言えます。これは昭和初期も同様で「なにしろ近ごろ日本にやってくるお客様は「一富士二瀬戸三さくら」とか云つてね、世界の海の公園を是非一度船で廻り度いなんて云うんだよ、それには僕も一通り知つてなくつちやね、案内が出来ないんだよ」という言葉からも同様の点を抽出することができます(布田源之助「瀬戸内海観光会話」『海運』昭和26(1951)年1月号)。

しかし、このような視点は今に至るまで通用するものではないというのも事実です。例えば犬マルさんの動画「【自主制作アニメ】セトウチ夏便りvr2.1」をご覧ください。

前述の田山にしろ布田にしろ彼らが主張していた船からの視線というのが見事に考えられておりません。だから悪いというわけではなく(どちらかといえば素晴らしい作品です)、一番大きな理由は明治以来、瀬戸内海交通を支えていた大阪商船ルートが主流から外れ、かわりに瀬戸大橋などを代表とされる陸上交通が交通の主流となってきたこと。さらには生活者視点の作品が増えてきたことといった点が指摘できるでしょう。これは必ずしもこの動画に限った話ではなく、アニメ作品「かみちゅ!」や漫画作品「めくりめくる」、「タビと道づれ」、ゲーム作品「ぼくのなつやすみ4瀬戸内少年探偵団「ボクと秘密の地図」」といった作品を見ても同様の点が指摘できると思います。

このように瀬戸内海という区切りを見ても、必ずしも歴史的に同じイメージが生成され、消費されてきたわけではない点が確認できます。この点はアニメ映画「おもひでぽろぽろ」で述べられていたように、どのような風景ですら人間の手が入っているということを考えると自明のことかもしれません。

4 ノスタルジーと団地

瀬戸内海をフィールドとして歴史的な大きな変遷の中で地域イメージは一様ではなく、様々な歴史的経緯があるということを考えてみました。つまり人々の視点・視線すら歴史的に同じもので有り続けることはないということです。

前章で「おもひでぽろぽろ」を出してきたのは意図的な面もあるのですが、実はこれまで述べてきた歴史性すら一つのコンテンツとして消費されうる存在であることも強く認識しておく必要があります(高岡文章「近代と/へのノスタルジー 近代化遺産と昭和ブーム」『福岡女学院大学紀要 人文学部編』17号、2007)。もちろん戦国BASARAを筆頭としたコンテンツもあるでしょう。しかし人々の記憶が土地の記憶と刺激的に結びつくことも同様にあると思います。時にそれはノスタルジーとして強く認識されることも忘れてはなりません。このような点を踏まえて非常に興味深い作品として指摘できるのが今井哲也さんの『ぼくらのよあけ』(講談社、現在1巻が発売中)です。

この作品は現在進行形で月刊アフタヌーンに連載されており、舞台は2038年の夏の阿佐ヶ谷住宅。未来を指標としたSFであり、主人公たち小学生が宇宙人(正確に書くと人ではないのですが)とのコンタクトの中で、ひと夏の冒険として描かれるジュブナイル要素を多く含んだ作品になります。様々なガジェットが登場し、お手伝いロボットまでが登場する未来を描きながらも、この作品に通底する読者としての我々との地続き感、つまりはノスタルジー的な感覚が強く認識されるのはなぜでしょうか。

一つには描かれる小学生たちの所作でしょう。前作『ハックス!』でも女子高生たちの心模様を見事に描いた今井さんですが(そして何度かお会いしたことがありますが、残念ながらご本人は過去・現在・未来において女子高生ではないこともここでご報告しておきます)、この作品では小学生のときにやった!と思わず頷いてしまうような行動が細かいところまで描かれているわけです(ちなみにご本人は過去の段階で小学生であったと推測されます)。未来を描きながらも、我々が過去の経験に裏打ちされた点を昇華させていることがこの作品を一つレベルアップさせていると思います。

もう一つは描かれている場所になります。以下の画像をご覧ください。


作中にも登場する給水塔


こちらは2011年7月28日に筆者が撮影してきたわけですが、要するに「聖地巡礼」をしてきました。作中でも登場人物たちが直接的に述べているように作品の舞台は阿佐ヶ谷住宅です。地下鉄丸ノ内線の南阿佐ヶ谷駅から徒歩数分でたどり着けます。ちなみに丸ノ内線に乗ると『輪るピングドラム』が認識されますね。


表紙にもなっている住宅内の公園


学生さんたちが夏休みという時期でありながら、公園には人がほとんどいない点にお気付きかと思います。この阿佐ヶ谷住宅は現在、解体および再開発の予定となっており、ほとんどの建物の横を通っても、人が生活している雰囲気がありません(もちろん人が住んでいると予測される建物もあります)。多くの建物には窓やポストに板が打ちつけられるなどされ、また場所によっては歩道すら木の実や鳥の糞が大量に落ちており、人の通っている気配が感じられません。そう、これから消えゆこうとしている土地が舞台となっているのです。

阿佐ヶ谷住宅が建てられたのは昭和33年という時代。そのあとすぐに高度経済成長期と呼ばれる大量消費の時代がすぐに迫っており、また、『ALWAYS三丁目の夕日』を代表とする様々な作品群で描かれた時代でもあります(三浦展・志岐祐一・松本真澄・大月敏雄『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』王国社、2010)。いくつかの研究では指摘されていますが、昭和30年代はマンモス団地への入居がはじまり、いわゆる団地族と呼ばれる人々が注目されるようになった時代でした(梅田直美「昭和30年代の団地論にみる「家族の孤立化」問題の形成過程の一局面」『人間社会学研究集録』5号、2010)。そうした中で、曲がりくねった道のりで緩やかに繋がっていく阿佐ヶ谷住宅はマンモス団地とは一線を画し、今でも着目される存在となっています(前掲三浦ほか著)。

そう、『ぼくらのよあけ』を読む際、読者の脳裏に浮かんでくるのは団地という存在そのものであり、またそれに付随するイメージなのです。阿佐ヶ谷住宅を具体的にイメージできる人はその特異性を感じ取り、イメージできなくとも昭和30年代という時代性を脳内で処理する際、「公論」から離れた「私生活」をテーマにした「物語」の生成を行っていることになります(寺尾久美子「「昭和30年代」の語られ方の変容」『哲學』117号、2007)。戦後日本のある種の象徴とも捉えることのできる団地を舞台とすることで、未来を描きながらも同作品へのノスタルジー的な感慨が発生し、そしてノスタルジーからの作品への親近感と結びつくわけです。

5 おわりに

以上のように話が二転三転しつつも見てまいりました。いわゆる「聖地巡礼」とされる研究がファン・製作者・地域社会の三者の中で昇華されうるツーリズムと解釈されています。それ自体に特に異議を述べるつもりはありませんが、そのツーリズムすら地域性や歴史性によって大きく違ってきます。さらにいえばファンや地域社会によって形作られてきた観光コンテンツすら歴史性に大きく左右されながら、今日まで至っているのが現実です。ここまで来れば言いたいことは何となくお分かりかもしれませんが、一作品を契機として複合的であれ形作られたコンテンツは消費されると一過性のように見えるのは当然です。しかしながら大きな歴史の流れの中では地域イメージの生成やその消費は、様々な地域性・歴史性によって断絶と連続を繰り返しながら現在進行形で繰り広げられています。そこを考えようよ!ということを私は言いたい。

6 宣伝

最後に宣伝です。この文章で述べた瀬戸内海に関する拙稿が『デジタルゲーム学研究』5巻2号に掲載される予定です。あまり多くの大学図書館に現状では所蔵されていないので、会員になっていただくと発行後に事務局から雑誌が届きます。拙稿以外も興味深いのでぜひともご入会ください。どちらかといえば拙稿以外が重要かもしれません。
http://www.digrajapan.org/

続けて文章内でも言及しました今井信治さん、岡本健さん(と玉井)で組んだ特集「コンテンツと場所」が『コンテンツ文化史研究』3号に掲載されております。また同4号には漫画家の今井哲也さんのインタビューが掲載されております。『ぼくらのよあけ』の前作『ハックス!』に至るまでのご経験を読むことが出来ます。これらはComic Zinさんを通じての通販も行われておりますし、会員も随時募集中です。
http://www.contentshistory.org/


■玉井建也(TAMAI Tatsuya)

専門は日本史学、コンテンツ学。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。現在、東京大学大学院情報学環社会情報研究資料センター特任研究員。日本デジタルゲーム学会編集幹事、コンテンツ文化史学会編集幹事、日本風俗史学会理事。
http://d.hatena.ne.jp/tamait/
《玉井建也》

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