ゲームの文章術 ・・・平林久和「ゲームの未来を語る」第15回 | GameBusiness.jp

ゲームの文章術 ・・・平林久和「ゲームの未来を語る」第15回

■ゲームソフトの紹介文、どこがヘンですか。

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■ゲームソフトの紹介文、どこがヘンですか。

みなさん、入社おめでとうございます。今日は研修にお招きいただき、ありがとうございます。

これから皆さんは、各部署に配属されます。そこでは「ゲームソフトの内容を人に伝達する」という仕事が、必ずあるでしょう。広報の方であれば、雑誌などのメディアの人に。パッケージソフトの営業部門であればバイヤーの方に。開発の方であればプロデューサーに。そんなとき、文章を書くうえでの注意すべきポイント、ちょっとしたコツなどをお話させていただきます。

さて、皆さん。
皆さんのデスクのうえにはゲーム専門誌、ゲームを紹介している一般雑誌、ゲーム会社のWebサイトに掲載されているソフト紹介記事が、たくさん並んでいるかと思います。今日のテキストとしてお配りしました。ざっと目を通していただいて、何か気づくことはありますか? 気づいたら手を挙げてください。

(一同静か)

あ、元気な方がいてくれました。ありがとうございます。2番目の列の男性。どうぞ。
−「芥川と申します。ゲーム専門誌は色が派手です」。

(一同爆笑)

ごめんなさいね、芥川くん。質問のしかたが悪かったかな? 色ではなく文章についてうかがいました。えー、誰かほかの方は? あ、では芥川さんの隣の女性、お願いします。

−「与謝野と申します。なんだか『!』マークがとても多い気がします」。

与謝野さんは、どうしてそうお感じなったのですか。

−「はい、私は学生時代から趣味で短歌をたしなんでおりまして、短歌の世界では『!』マークは使わないんです。ですから、とても目立ったんです」。

素晴らしい点にお気づきになりましたね。
みなさん、与謝野さんに拍手を。

(一同拍手)

では、この話からはじめましょう。
ゲームソフトの紹介文。「!」が多すぎます。みなさんは、今のプロフェッショナルたちが使っているからといって、真似をしないようにしてください。「!」。エクスクラメーションマーク、通称・ビックリマーク。これは恐ろしい記号です。「!」を使うと、何かすごいことを言った気になるものです。乱用しないようにしてください。文末のマークではなく、文章の本体ですごいことを書くよう心がけましょう。

ほかに気づいたことはありませんか?

−「夏目と申します。なんか難しい漢字が多い気がします。私、学生時代に『彼岸過迄』という題の作文を書いて、先生に読みにくいと叱られたことがあります」。

ハハハ、先生に叱れましたか。夏目くんも、良いところに気づきました。ゲームソフトの紹介文は、難しくて、大げさな熟語が多く使われます。

徹底、壮絶、驚愕、迫真、激戦、衝撃、最強、搭載、完璧、豪華、怒涛、渾身、倍増、過激、超弩級、徹底網羅、史上最大……改めて見るとすごい漢字が並んでいますよね。

ゲームソフトの良さを伝えるのに、熟語に頼りすぎるのも良い方法ではありません。あるゲームの特徴があるとします。それを「驚愕の」「壮絶な」のどっちがいいか、などと迷っている時間はもったいない。読者からしてみれば、「驚愕の」も「壮絶な」も、ただの煽り文句で意味は同等です。どちらを選んでも効果は一緒なのですね。なぜ、驚愕か。どうして壮絶なのかを伝えることに工夫をしましょう。そのコツは、のちほどお話しますね。

では、もうひとりだけ、ご意見をうかがいましょうか?
「はい。島崎と申します。文章の書き出しがダラダラしていると思うのですが……もっとズバッと斬り込むような感じがあってもいいような気がしました」。

これも良いご指摘ですね。
お手元のテキストに、マーカーを引いてある箇所、おわかりですか。そこは、最も悪い例としてご紹介しております。ちょっと、私が読み上げてみますね。

「時は、2087年、帝国軍の後継者と言われた若き将軍、ディッシュダルグは、激戦を重ねて敵対する連合軍に属す、コーレンスの王国のマルティニーク王女の妹、アンジェリーナに淡い恋心をいだいていた」。

最初の一文。書きはじめてから、句点がやってくるまでに、いろいろな要素が詰まりすぎています。悪文の見本です。それに、ゲーム内に出てくる地名・人名、固有名詞がいきなり目に飛び込んできて……どうですか、皆さん混乱しませんでしたか。島崎さんは、そういうことをご指摘なさったんですよね。

「はい、そうです。私はアルバイト体験を小論文試験で書きまして、この会社に入社できました。試験では『木曽路はすべてしゃぶしゃぶ店である』と最初の文を書きました」。

わーお。
それは素晴らしい書き出しです。読み手をひきつけるものがありますね。

まず、基礎的な要点をまとめますね。ゲームソフトを紹介するうえでの、いわゆる「べからず集」です。

「!」を乱用しない。
難しい熟語も使わない。
ゲーム内固有名詞をダラダラつなげない。

……などです。それ以外のこともスライドで説明しているので、ご覧になってみてください。



■抽象的な感覚を言語化する訓練
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■抽象的な感覚を言語化する訓練

今まで、皆さんが指摘したように、ゲームソフトの紹介文は、大いに変えるべきときが来ていると私は思うのですね。若き皆さんには、今日のテキストのような過ちをおかさないでいただきたいです。

そのためには何をしたらいいでしょうか?
観察してください。比較してください。ゲームソフトのように、人間の感覚に楽しさや、おいしさや、おもしろさを与えるもの。いろいろとありますよね。それを他の人たちは、どうやって伝えているのか、を。

本の新刊案内。映画の紹介文。音楽CDのライナーノーツ。グルメサイトのレストランガイド。モノ雑誌で紹介された時計の記事。どれも、「おもしろいですよ」「おいしいですよ」「いいですよ」とは書いていないはずです。巧みな表現が使われています。ゲームソフト以外のものたちは、どんな語彙で、どんな語順で、どんな比喩が使われているのか。いつも関心を持ってください。

今日は皆さんのまえで、講師をしていますが、私にも文章の先生がいます。その先生は、ゲームソフトのほかに、美術の評論もなさるのですが、ソムリエの学校に通っていました。多種多様なワインの味覚を、「バラの花の香り」「ひなげしの匂い」、あるいは「ういういしい乙女」……のように言語化する術を学ばれたのですね。この学習は良い文章を書くための訓練になったとおっしゃっていました。

記事やWebサイトの文字を読むだけではなく、日常生活の中でも、「気持ちいい」「欲望が満たされた」ときに、どんな表現ができるか。頭の中でシミュレーションするのも有効な方法です。

スマートフォンの画面を触ると気持ちいい、おみくじで大吉を引くとうれしい、ガマンしていたのにトイレの看板を見るとホッとする、高価かなと思っていた服が意外と安かった、頬にそよ風が当たった……ネタはなんでもいいのです。少しでも快感らしきものがあったらその言語化を楽しんで試みてください。

で、何か思いつくフレーズがあったら、書くことをおすすめします。私は先輩から、書くことは、蚊に刺されて「掻く」、背中を「引っ掻く」のと同じで、ペンを使って紙に書くとカラダに染みつくと教わりました。ずいぶんと非科学的な教えですが、やってみると効果があるから不思議なものです。もちろん、今の私がそうですし、皆さんもそうです。ペンと紙でなくても、携帯電話のメール、ノートPC、とにかく記録に残しておくことが重要です。

そうしますとね、私、好きな言葉なんですが……誰が言ったか忘れました。石川啄木だったですかね、「落想する」のです。

落草。発想が、まるで葉っぱポロリと落ちるように、手元におさまるという意味の造語ですね。ほかにも文章を書く人は、天から手紙から降ってくるとか、神が脳に入り込んだとか、まあ、いろいろな表現をするわけですが、日頃のメモや思考が積もり積もって、いざというときに何かが書けるわけですね。

■文章を書くときのコツ

では、皆さんが文章を書くときのヒントをまとめました。ぜひ、ご参考にしてください。

1.はじめての読者を意識する
皆さんはゲーム好きです。社内にいますからゲーム内容についてもよく知っています。ですが、読者はまったくゲームの知識がないことを意識してください。よく、ゲームソフトの紹介文で「あの、◯◯◯◯◯◯が帰ってきた」などと書かれているのを見かけませんか。ダメな常套句ですねぇ。書き手は読者が知っていると思って「あの」と書いているのですが、読み手は「どの?」なんです。

2.カタカナの専門用語にも注意
ゲームソフトの紹介文を書くと、カタカナ、つまり英語が並ぶことになります。キャラクター、フローチャート、ボーナスステージ、アバター、シナリオ、エリア、スペシャルアイテム、ポイント、オプション、フレンド、アドベンチャー、チャット、アーケードモード、レベル、クエスト、イベント、マルチエンディング、リロード、ミッション。こうしたカタカナが続くと文章が味気ないものになります。カタカナの連続を避けましょう。

3.取材をする
ゲームソフトの紹介文は、ゲームの中のこと。アイテムの種類や登場キャラクターの紹介は丹念に書かれています。ですが、ゲームの外側のエピソードが、じつはお客様にとって興味がある場合があります。「全米売上ナンバー1のソフトがやってきた! 見下ろし型ドライブゲームのアングルで、ストリートギャングがボスに指示をもらい、犯罪ミッションを実行する」。これでは平凡な紹介文になってしまいますよね。でも、「母はハリウッド映画の女優だった。プロデューサーのサム・ハウザーは子どものころから、母が出演するギャング映画を観て育った」というネタがあると、文章に深みが増します。これは実話です。同じ『グランド・セフト・オート』というゲームソフトの紹介文でも取材をすると、他のソフトとは違った紹介文が書けます。

4.ストーリーよりセリフを
ストーリーがいかに良いかを、形容句を使って「心温まる」「壮大な」などと表現するよりも、ゲーム内のセリフを抜き出すことは効果的です。「誰かを助けるのに理由がいるのかい?」。「言葉を信じるな。言葉の持つ意味を信じるんだ」。「君がどこへいくのか知らないけど、僕らはずっと親友だぜ」。「なにもない! それが こせいになる こともある」。「あなたは私を忘れるけど それは記憶の鎖が ほどけただけだから」。「弁護士は、ピンチのときほどふてぶてしく笑うものよ」。「キツくお仕置きしちゃうわよ」。一言からイメージが広がる可能性を信じましょう。

5.ジレンマを伝える
お客様は何を知りたいのか。ゲームソフトにはどんな快楽が仕込まれているかです。そのために「ゲーム性」を知らせる必要があります。「ゲーム性」の話をしだすと長くなるので、簡単にまとめます。これから皆さんが紹介するゲームを遊ぶと、プレイヤーはどんなジレンマがあるのか。遠くに旅立ちたいが、武器が弱い。大物の魚を釣りたいが、竿が貧弱だ。攻撃には強いが守備は弱い。こうした心の葛藤(ジレンマ)を苦しみではなく、挑んでみたい楽しみとなるように伝えることを目標としましょう。

6.何を書くか
これはゲームソフトの紹介文に限らず、文章を書くうえでの基本ですね。「いかに書くか(How)」ではなく、「何を書くか(What)」が大事です。文章のレトリックを巧みに使って、リズムよく……書けるならばそれにこしたことはありません。ですが、飾り物に気を取られるくらいならば、伝える事柄をシンプルに箇条書きにして文章にするほうが伝わります。

7.30歳代の文化へ
最後に。ゲームの紹介文は、そうですね、私が出版業界に入った25年まえの文化をまだ引きずっています。当時はゲームは子どもが遊ぶもので、雑誌にはすべてフリガナが振ってありました。業界用語で総ルビと言いました。ところが、今、ゲームは誰がやっているのでしょうか。パッケージソフトの購入者も、ソーシャルゲームのプレイヤーも30歳代の人たちがお客様になったのです。その転換をするのが、皆さん自身だと自覚して、型破りを恐れないでください。

芥川くん、与謝野さん、夏目くん、島崎さん。
あ、それに石原くんも、最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

■著者紹介
平林久和(ひらばやし・ひさかず)
株式会社インターラクト(代表取締役/ゲームアナリスト)
1962年・神奈川県生まれ。青山学院大学卒。85年・出版社(現・宝島社)入社後、ゲーム専門誌の創刊編集者となる。91年に独立、現在にいたる。著書・共著に『ゲームの大學』『ゲーム業界就職読本』『ゲームの時事問題』など。現在、本連載と連動して「ゲームの未来」について分析・予測する本を執筆中。詳しくは公式ブログもご参照ください。Twitterアカウントは@HisakazuHです。
《平林久和》

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