ヒット商品の発想を『甘熟トマト鍋』に学ぶ・・・平林久和「ゲームの未来を語る」第8回 | GameBusiness.jp

ヒット商品の発想を『甘熟トマト鍋』に学ぶ・・・平林久和「ゲームの未来を語る」第8回

「企画が通らない」。

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「企画が通らない」。
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「企画が通らない」。

2010年、家庭用ゲームソフトの開発者の口々から聞いた悲痛な叫びです。大手パブリッシャーでは社内で企画が通らない。デベロッパーではパブリッシャーに企画を持ち込んでも通らない。企画が通らないことには、ヒット商品は生まれません。

ヒット商品が生まれないと、ますます企画は通りにくくなる。何か突破口はないものか?今年一年間を通じて、そんな問題意識を持ち続けていました。

11月のある日、取材を受けた雑誌が届きました。「日経トレンディ」です。

私は同誌でニンテンドー3DSについてコメントしていました。他のページでは、私がカバーすべき領域のIT関連商品が紹介されています。ですが、気になってしかたない記事がありました。

食品メーカーでヒット商品をつくった、開発者の方々の座談会です。彼らはどのように企画を考えているのか。企画を通しているのか。興味がわきました。取材したいと思いました。業界は違っても、そこには何かのヒントがあると感じました。ゲームクリエイターならぬ、食品クリエイターは何を考えているのだろう?

私は自身が愛食しており、家族の評判も良い。そして座談会記事では、「節約する主婦と享楽的な女子、ひとりの中のふたりを狙い分ける」とマーケティング論を述べていらした石岡大輔さんに、さっそくインタビューを申し込みました。

食べている読者の方も多いのではないでしょうか?石岡さんは『甘熟トマト鍋』をヒットさせた、カゴメ株式会社・東京本社・商品企画部の方です。


石岡氏


■食品は美味しくて当たり前
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■食品は美味しくて当たり前

平林:まったく畑違いの取材者ですが、快くお引き受けいただきありがとうございます。
石岡:じつは、私もゲーム好きなんです。どんな話になるのか、楽しみにしています。
平林:さっそくですが、食品流通の構造を教えてください。
石岡:基本的には、他業界と一緒です。メーカーから卸売、卸売から販売店さんへと商品は流通します。ゲームソフトの流通と違うところは、発売時期でしょうか。
平林:新商品の発売サイクルに違いがあるということですか?
石岡:そうです。食品業界では年に2回。2月と8月が新商品の投入時期になります。この時期に合わせて、それぞれ2〜3か月前から全国で商談をはじめます。
平林:発売が2月と8月に集中する傾向がある、という意味ですね。ゲームソフトは基本的に週末に発売されます。最大の商戦はクリスマス商戦です。その点、食品業界はファション業界と似ていて、2月に春夏モノの発表をし、8月に秋冬モノを発表する。そんなイメージでとらえてもいいですか。
石岡:はい。
平林:では、その際にバイヤーの方々が発注数を決める要因は何でしょうか? 何を評価軸にされているのでしょうか?
石岡:食品メーカーは、味や素材の特徴についてプレゼンテーションをします。ですが、今のバイヤーの方たちは「食品は、おいしくて当たり前」と考えています。焦点になるのはストーリーです。お客様が商品を買って、何か話せるストーリーがあるか。明らかにそうしたストーリー性が求められています。ゲームソフトは違いますか?
平林:われわれの業界でストーリーと言うと、ゲームの中の物語を指します。私見ですが、最近では石岡さんと同じように、使う人のストーリーを考えた商品もあり、結果的にヒットしています。『Wii Fit』などがゲームの外側にストーリーがある商品の典型例ですね。『モンスターハンター』というヒットソフトも、プレイヤー同士の会話をイメージしてつくられています。
石岡:確かに今のゲームは、携帯電話で遊ぶゲームも含めてよくできていますよね。感心します。
平林:はい。確かによくできていますが、発注者が保守的な商品選別をする側面もあります。有名企業の有名タイトルならば安心、というような傾向が伝統的に根づいていますね。ゲームをプレイするまえから、Sランク、Aランクと区分けされるような。ところで、食品業界では新商品のストーリーではなく、企業ブランドや過去の実績が発注数を左右することはありませんか?
石岡:それも含めてのストーリーですね。「カゴメのトマトは有名だから売れる」とメーカーが奢ってはダメ。お客さんにとっては、ブランドはストーリーを作る要素のひとつにしか過ぎません。商品が作るストーリーの骨格がしっかりあって、なるほどカゴメだからこういう商品なのかと、後押しする要素だと考えます。
平林:ビジネス手法の話になりますが、B to Bのプロモーション。メーカーから卸売業者さん、販売店さんへはどんなことをしますか。
石岡:試食会の協力、POPやパンプレットの制作、プレゼントキャンペーンなど、いわゆる店頭販促はひと通りのことを行います。あとはテレビCMですね。
平林:CMを放映する時期はいつですか?
石岡:ゲームの場合は事前告知をしますよね。ですが、食品には予約というものがないので、商品が店頭に並んでからCMをします。

■中身とパッケージの関係

平林:では、商品企画についてうかがいますが……。
石岡:まず、平林さんに勘違いしてほしくないのは、食品づくりというのは、きわめて少人数で、あまりコストをかけないでつくっているということです。最近のゲームソフトとは、まったく違います。
平林:えっ? そうなんですか?
石岡:はい。多くても5人くらいのチーム編成で商品開発をしています。ところで、われわれは何を起点にして商品を企画すると思いますか?
平林:わかりません。
石岡:容器です。ジュースが入った紙容器。『トマト鍋』のようなレトルトパウチ。ケチャップチューブ。ソースボトル。缶。瓶。ペットボトル。カート缶というものもあります。当社の場合、ざっと数えただけでも10個以上の容器があるんです。
平林:プラットフォーム!
石岡:そうです。ゲームでいえば、プラットフォームですね。容器にはそれぞれ長所と短所があります。たとえば、レトルトパウチは野菜の固形を入れることができます。出口が大きく開いていますから。ですが、ケチャップチューブは出口が狭い。中に入れる素材には制限があります。
平林:よくわかります。
石岡:また食品は殺菌が必要です。レトルトパウチは高温の殺菌に耐えられる。ケチャップチューブは高温の殺菌ができない。では、レトルトパウチはいいことばかりかというと、固形物を流し込むには、製造工程が増えることになり、大量生産するには時間がかかるプラットフォームといえます。逆に液体パックのジュースであれば、スピーディーにつくることができます。結果的に生産コストも安くなります。
平林:端的に液体は製造コストが安い。固形物が入ると高くなると考えるのですね。パッケージ=プラットフォーム論として整理をすると。
石岡:工場の生産設備と容器と中身が、三位一体でセットになっている。その中で商品企画をしています。ですから、新しいプラットフォームをつくるのは勇気が必要です。工場の設備をつくることにもなりかねないですからね。しかし、容器から中味を考えるのは、あまりプレッシャーがかからない。


パッケージはプラットフォーム


■十人十色を超えた、現代人の細分化
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■十人十色を超えた、現代人の細分化

平林:企画から商品化まではどのようなプロセスをたどるのですか?
石岡:当社では商品企画会議が定例にあり、そこで売る意義があると判断されたものが商品化されます。例外はもちろんありますが、基本は1回の会議です。
平林:プレゼンテーションや提出する資料は?
石岡:商品によってまちまちですが、だいたい、パワーポイントで印刷して10〜20ページくらいですかね。全く新しい商品ではもっとページ数が多い場合もありますが。
平林:ということは、企画を通すために割り当てる時間を極力少なくしているということですね。
石岡:はい。そのかわりと言ってはおかしいかもしれませんが、発売後のフィードバックには時間を費やします。営業情報カードというのがあります。営業パーソンが売り場での情報を共有するためのものです。イントラネットで閲覧できるので必ず目を通します。Voice of Customer(顧客の声)の略ですが、VOCミーティングというのもあります。カスタマーセンターに、パウチの縁で店員さんが指を切ったという情報が入れば、コストがかかっても、レーザー加工をして切り込みをなくしたパッケージにする、などの改善をするんです。
平林:社内の部署間の壁をあまり感じませんね。
石岡:ええ、ほかにも社員全員誰もが商品企画を提案できる制度などもありますが、ようは企画者個人。個人が、どれほど人の話を聞く耳を持つかが重要なのではないでしょうか。
平林:石岡さんは、その聞く耳を持っていた。
石岡:まだまだ出来ていない、と思いますが。私は社内会議だけではなく、休日にはスーパーマーケットに行くんです。売り場の特徴は棚割り表を見るとだいたいわかります。お客さんの行動を見たいのです。家族で買い物にくると、子どもの判断が強いとか、調味料売り場を見てから、一度カゴに入れた魚を戻して取り替える主婦の方がいるとか。そういう行動を見るのが好きなんです。完全な職業病みたいなものですね(笑)。
平林:そこから「節約する主婦と享楽的な女子」の分析が生まれたのですか?
石岡:十人十色から一人十色とマーケティングの世界では言われていますが、売り場を見ていると実感しますね。ひとりのお客さんが、節約した買い物をするいっぽうで、ある食材は高級品を買うなど、画一的な消費をしません。想定される一人のターゲットイメージがある。その人はきっとこんな商品を買うだろうといった、決めつける時代は終わった。そんなことをしてもボヤっとした商品しか生まれません。
平林:さきほどストーリーの話とつながりますね。
石岡:そうです。誰にも売ろう、いつでも食べてもらおうとするのは欲張りすぎです。ピンポイントで。ある瞬間、あるシーンを想定して商品を企画します。たとえば……健康を気にする人向け……ではボヤっとしてしまいます。そうではなく、健康を気にしている人が、食生活において開放され、気持ち良さを感じる瞬間って何だろう? と考えます。
平林:それは、ゲームソフトが再考すべきポイントかもしれません。ピンポイントで発想する=ターゲットが狭い、と解釈されることが多いからです。
石岡:そうですか。戦後はお腹を満たせばなんでもよかった。高度成長期になって、おいしいものを求め、メニューの種類を求めた。でも、今は食べるものは、まさに飽和しています。インパクトがないと売り場で埋没してしまう。ただし、食品は奇抜すぎてはいけないので、バランスも大事ではありますが。
平林:バランスが絶妙だったのが『甘熟トマト鍋』ですね。
石塚:おかげさまで。
平林:どれだけ売れたのですか?
石塚:鍋つゆは約300種類発売されており、市場規模が約250億円。そのうちの約5%のシェアを取ることができて、半期で11億円売れました。新商品が生き残って2年連続で売られる、ましてや定番化するのは50種類にひとつあるかないか。じつはヒットさせるのが難しいのが食品業界でもあるんです。
平林:今までにもヒントは散りばめられていましたが、それでもヒット商品をつくるポイントは?
石岡:一番大事なのは、「どうしたら人が喜ぶか、笑うのか」をいつも頭に入れておくことかなと。そういう気持ちが強い人ほど、あらゆる業界の企画者として向いているんだと思います。あと、商品のうまいまずい、良い悪いは、自分を信じない。人の反応を信じることにしています。食べたときの人の顔を見ます。そして、できることはこれでもか、というくらいにサービス精神を持つ。たとえばパッケージの情報です。ゲームと違って取扱説明書がつけられない。でも、お客さんが一番欲しい情報は「つくり方」です。ニンジン1/2本と書いてあっても、ニンジンには大小がある。だったら(75g)と添えて不確定な要素を残さない。法的に表記する規定はなくても、特定のご病気の方は気にされるカリウムの含有量は記載する。そんなことを心がけています。

石岡さんは時間があれば、強制発想をしてアイデアをひねり出すそうです。「ケッチャップ」と書いて、前後に思いつく限りのキーワードを並び立てる。これはゲーム業界でも、多くの企画者がやっていることです。

ゲーム業界の(全員とは言いませんが)企画者と違いがあるとすれば、石岡さんの職業意識(マインドセット)が外向的です。販売現場に密着しています。試食コーナーに自分が立つこともあるそうです。自分の意見よりも他者の意見を尊重します。

インタビュー中、「聞く耳があるかどうか」というセリフが何度も出てきたのが印象的でした。

企画。

ゲーム業界は長らく、天才が神のごとく創造するものが企画と思われてきました。ですから、ゲームクリエイターという言葉が定着しています。

しかし、食品業界では顧客の欲しいモノの良き聞き手が、良き企画者となる。食品クリエイターという言葉はありませんが、そこに新しい「通る企画」のヒントを見た思いがしました。

本年のご愛読、どうもありがとうございました。
どうか皆さま、良いお年をお迎えください。
2011年もゲームの未来を語ります。
来年もよろしくお願い申し上げます。

■著者紹介
平林久和(ひらばやし・ひさかず)
株式会社インターラクト(代表取締役/ゲームアナリスト)
1962年・神奈川県生まれ。青山学院大学卒。85年・出版社(現・宝島社)入社後、ゲーム専門誌の創刊編集者となる。91年に独立、現在にいたる。著書・共著に『ゲームの大學』『ゲーム業界就職読本』『ゲームの時事問題』など。現在、本連載と連動して「ゲームの未来」について分析・予測する本を執筆中。詳しくは公式ブログもご参照ください。Twitterアカウントは@HisakazuHです。

■編集部より
トマト鍋のクリエイターにお会いする機会は滅多にない、ということで平林氏の取材に同行させていただきました。本文中にもあるように多くの示唆に富むお話を聞く事が出来ました。驚いたのは、普段多く耳にしているゲームクリエイターの言葉とかなりの部分一致するということです。商品を企画・開発し、世の中に問う。業界が違っても、同じような苦しみや発想法、答えがあるようです。ゲームは特別な商品だと思われがちですが、もっと幅広い業界の先人に学ぶことができるのではないかと強く感じました。多くの皆様にっとて何かしらのヒントになれば幸いです。(土本)
《平林久和》

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