ソーシャルゲーム論ノート(上) ・・・平林久和「ゲームの未来を語る」第16回 | GameBusiness.jp

ソーシャルゲーム論ノート(上) ・・・平林久和「ゲームの未来を語る」第16回

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「ゲームの未来を語る」で書く内容について、リクエストをいただくことがあります。最も多いのが、ソーシャルゲームについてです。正直に言います。ソーシャルゲームが今後どうなるか、私にはわかりません。ただし、いつかソーシャルゲーム論を書くときのためのノートがあります。

「論」になっていません。まとまりもない雑記です。私の頭の中味が書いてあるだけです。書きなぐりのノートなのですが、ご紹介させていただくことにしました。「ソーシャルゲーム市場はますます伸びる」という人がいます。いっぽうで「ソーシャルゲームはバブルだ」という人もいます。私は別のことを考えているのですが、まず今回は思考の断片をぶちまけてみます。



■製品の寿命について

パッケージゲームは寿命が短い。かわいそうだ。木曜日に発売されたソフトは日曜日の午後には製品寿命が終わっていることも珍しくない。木・金・土・日。四日間を「初四日(しょよっか)」と呼ぶ。何年前のことだろう? 販売店の人たちが使う、この隠語を知ったとき、切ない思いがした。月曜日の午前中は、この初四日の動向を見て補充のためのリピート発注をする。だが、前週末に発売されたうちの数タイトルが、補充されるだけ。他のタイトルは今後売れる可能性のある「商材と、今後売れる可能性のない「在庫との背中合わせの存在となる。

かたや、ソーシャルゲームの寿命は長い。スタートアップ時のお客さんは少なくてもいい。そのゲームがSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)上に乗っているものならば、「友だちを招待する」ことによってユーザーは増えていくからだ。

パッケージゲームとソーシャルゲーム。
尻つぼみと先細りの違いがある。

■生みの苦しみについて

3年間かけて開発したソフトの寿命が4日。こんな理不尽な製品が、他の産業のどこにあろうか。パッケージゲームは開発コストがかかる。さらに、「さあ完成」と思ったところからの足が長い。デバッグ、難易度のチューニングに時間がかかる。時間がかかるだけならばまだいい。後戻りしてつくり直すこともある。

パッケージゲームの開発。
心臓を患って47歳で亡くなった、林芙美子が好んで色紙に書いた一節を思い出す。
「花のいのちはみじかくて、苦しきことのみ多かりき」。

ソーシャルゲームはユーザーに素早く提供することができる。ベータ版という切り札がある。次から次へとバージョンアップを重ねていく。

極端なことを言うと、ゲームソフト開発に完成はない。作り手たちは1行のプログラム、1ピクセルの描写、一言のメッセージの句読点の置き場所まで考えて、考えて、考えてつくり込みたい。その点、ソーシャルゲームはエンドレスに開発することも可能だ。完成はいつか? スケジュールの問題でもあるが、もっと奥深きところで差があるのかもしれない。完成とは何か? 完成の定義からして、ソーシャルゲームとパッケージゲームでは違うのだ。

話は急に細かくなるが、野球ゲームがある。今シーズンから、本物の野球のストライク、ボールの表示が逆になった。今までは、ストライクを言うのが先、表示も上。「ワンストライク、ツーボール」だ。表示は上からSBOの順だった。ところが、これからは世界基準に合わせて「ツーボール、ワンストライク」になった。表示はBSOの順。

ゲームの外の世界。世の中の変化に、すぐに対応できるのがソーシャルゲームの利点である。せっかくおもしろいのに、去年に発売されたパッケージの野球ゲームを遊ぶと、SBOの表示を見ただけで興ざめしてしまう。変えたくても変えられないのがパッケージゲーム。これはソーシャルゲームと比べて明らかなハンディキャップになっている。

ソーシャルゲームからは、林芙美子とは違う世界を連想する。
「善は急げ」。
「時は金なり」。

■無料もついてくる

製品寿命と完成まで工程。
パッケージゲームを比べたら、ソーシャルゲームは圧倒的に優位だ。鬼のようだ。
そこに「無料」という武器がついたら、鬼に金棒となる。

■スマートフォンについて
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■スマートフォンについて

観念の世界では、鬼に金棒のソーシャルゲームだが、スマートフォンが普及するとどうなるのだろうか。ちょっと心配だ。私はプレイヤーとして、スマートフォンのゲームに熱中しないタイプだ。いや、嘘だ。『Angry Birds』『Paper Toss』に熱中しすぎて……あれ以上にステキなゲームになかなか出会えなくて、他のゲームを覚めた目で見てしまっているのかもしれない。

小さな画面で投石機(パチンコ)を引っ張る快感。鳥は左から横に飛ぶ。紙くずをゴミ箱に放り投げる快感。紙くずは手前から奥に飛ぶ。単純なフリック操作+物理シミュレーション。スマートフォンのゲームは、『Angry Birds』『Paper Toss』で答えが出てしまった気がする。


パチンコを弾いて遊ぶ『Angry Birds』



紙くずをゴミ箱に投げ入れる『Paper Toss』


■答えが出るとは?

古い例で申しわけない。『平安京エイリアン』『パックマン』『ルート16ターボ』。四角いマス目でできた面で敵をやっつけるゲームはいろいろあるが、『ボンバーマン』……爆弾で吹き飛ばすというのは、最も刺激的な攻撃方法で、これを超えるものはなかなかつくれない。

競馬という世界を「競馬場」「厩舎」「牧場」という空間に分けて、それを1週間ごとのターンで1年間をシミュレートするという方式は、『ダービースタリオン』が開発された時点でほぼ完成形に達している。

そういうゲームのことを私は、答えが出ちゃったゲームと言う。
ゲームデザインの進化の行き止まり、とでも言うべきか。

■手遊について

玩具評論家・斉藤良輔先生の本に書いてあった。おもちゃのことを漢字で書くと「玩具」と書くが、明治時代は「手遊」と書いておもちゃと読んだそうだ。手で遊ぶからおもしろいのだ。この漢字はゲームを考えるうえで示唆に富む。プレイヤーはルールを求める以前に、「手で触ってみたい」という欲望を満たしたい。緻密に練りこんだゲームシステムよりも、まずは触って気持ちことを求めている……のではないだろうか。『Angry Birds』と『Paper Toss』は、このことを私に再認識させてくれた。最高によくできた「手遊」だ。

■ガラケーのゲームが好きだった

携帯電話、いわゆるガラケーではグリーの『クリノッペ』が好きだった。ダンス大会があると、リズムを刻んでボタンを押して得点を稼いだ。寝る時間も惜しんで遊んだ。大食いコンテストがあると必死になって大きな飴をつくった。ボタンを押すと、黄色のペットが愛くるしく動く。今、思い返すと、あれも「手遊」。いつも使う、携帯電話の中央にある決定ボタンを連続して押すだけで楽しかったのだ。だが、スマートフォンでは、あの興奮は味わえないだろう。

■ガラケー

うっかりとガラケーと書いてしまったが、本当は使いたくない言葉だ。今、私たちが立っている地球にガラパゴスという国はない。ガラパゴス諸島はエクアドル共和国の一部だ。ガラパゴスゾウガメとか、ガラパゴスイグアナとかが生息している。この美しい島を、閉鎖的なことの比喩にしてしまう。いい意味では使われることはない。エクアドル共和国の人に失礼だ。失礼だと思いつつ、使ってしまう。ごめんなさい。

■タブレットPCについて

ガラパゴスで思い出したが、「GALAPAGOS」という名前のタブレットPCがある。私の「手遊」はタブレットPCの場合、右手の中指で右から左へ。この動きをするのが気持ちいい。ページをめくっていく動作だ。購入した電子書籍も、自分が書いた文章も、私はiPadでよく読む。そして「フリップボード(Flipboard)は、大好きなiPad用アプリだ。フェースブックやツイッター上の友人から得た情報を取り込んで読む。Flipboard社のCEO(最高経営責任者)のマイク・マキューは、「世界初のソーシャルマガジン」と呼んだ。単にフェースブックの近況(ニュースフィード)や、ツイッターのタイムラインを眺めているのとは、異なる感覚がある。

同じ情報でも、めくると何であんなに気持ちいいのだろう。「フリップボードはゲームに使えるヒントがたくさん詰まっていると思う。ゲームに連動して読みたいマガジン、そういう企画が存在して良いと思うのだが。

テレビCMでよく使われる、タブレットPCをハンドルに見立て、左右に傾斜させる操作は、私の「手遊」の感覚にはなじまないものであった。私はタブレットPCでは、めくりたい人のようだ。


ソーシャルメディアを雑誌風に表示してくれる『Flipboard』


■未整備な体制のなかで
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■未整備な体制のなかで

ソーシャルゲームのことを考えると、今は業界が急成長している段階だから、野放図なところがある。

たとえばアイテム課金。どのタイミングで、いくらで売るか。規制・規約というものが無いに等しい。たとえばアーケードゲームのメダルゲームならば、社団法人 日本アミューズメントマシン工業協会(JAMMA)が審査を適合した機器が出荷できる。この法律用語は曖昧で好きではないが「射幸心をあおる」ことに歯止めをかけているのだ。ソーシャルゲームは、つくる側のモラルにゆだねられている。

これはアメリカの事例だが、ソーシャルゲームの運営者は友人を大量に勧誘するユーザーは誰か? 簡単に把握することができる。運営者にとっては優良ユーザーだ。そのユーザーにはゲームを継続してもらうために、アイテムを無料で付与することもある。

これは何に似ているかというと、パチンコ店の営業で禁じられている遠隔操作だ。店側の都合で、お客を熱くさせるために大当たりを出したり、勝ちすぎている客を負けさせたりする。パチンコでは違法だが、ソーシャルゲームでは違法ではない。

ゲームに夢中になって、思わずアイテムを購入することが、ソーシャルゲームのユーザーならば誰でも経験したことがあるだろう。思い出してほしい。課金の前に、無店舗販売行う際に表示すべき「特定商取引に関する法律(特商法)」が画面に出てくる。全文を読むユーザーは少ないと思うが、ここには大事なことが書いてある。買ったモノ(事実上はデータ)は返品できないことが明記されているのだ。

ソーシャルゲームの運営会社も、そこにゲームを供給している会社(SAP・Social Application Provider)も、悪いことをしていると言っているのではない。法律が未整備なのだ。

特商法はそもそもマルチ商法から消費者を守る。訪問販売で思わず買ってしまったものクーリングオフ(申込みの撤回または契約を解除できる法制度)する権利を消費者に与える。このような消費者保護の趣旨から生まれた。だが、ゲームシステムにおいても、法律においても、慣例においても、一度購入したものを返品できないという制度のうえで、ソーシャルゲームは成り立っている。なんかおかしい。

■利用規約について

あるソーシャルゲーム運営会社の利用規約。

「情報の利用」
当社は、(中略)登録された会員記述情報、ユーザID、ニックネーム、血液型、誕生日、地域、職業、趣味等の情報、(中略)その他あらゆる方法により自由に利用することができるものとします。

「利用上の注意」
本サービス内の全てのユーザーコンテンツ(日記、伝言板、メール、その他の本サービスの機能を利用して投稿・編集・送信した一切の情報を含みます<一部略>)を運営上の必要に応じて閲覧することができ、本利用規約等に抵触すると判断した場合には、ユーザーへの事前の通知なしに、当該ユーザーコンテンツの全部または一部を非公開とする、または削除をすることができるものとします。

何気なくソーシャルゲームを遊んでいるが、自分の個人情報を自由に使っていいことを認め、書いたメールを他者に読まれることを認めている。それがソーシャルゲームを遊ぶということ、でもあるのだ。

個人が個人に宛てて書いた手紙を信書という。これを開封してはいけないことは、憲法でも信書便法でも定められている。信書の秘密を侵す罪(第44条)で「一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」と定められている。だが、裸の女性などを対象にした覗き行為は、ただの軽犯罪法違反だ。

つまり、近代国家を生きる人間は、他人の身体の裸を見るよりも、他人の心の裸を見ることのほうが罪が重いと定められているのだ。

ソーシャルゲームは、未整備な法体制のなかを生きる。
モラルを持って、正しく運営されて、まさに社会(Social)に受け入れられる存在であってほしい。

■PSN問題について

ソーシャルゲームのリスクを書き連ねてきたが、パッケージゲームのプラットフォームホルダーであるプレイステーションのネットワークシステムがハッキングされた。これは、ソーシャルゲームが抱えた課題とは別問題の事件だ。原稿執筆段階では、復旧の見通しが立たず、原因も不明のままだ。会員に送ったメールも、どこか他人事のようで、不興を買った。どこの情報までハッキングされたのか、ユーザーの不安もぬぐいきれていない。PSNのシステムの脆弱性とリスクマネジメントのまずさが露呈されてしまった。

■これからについて

今回は雑記なので、明るい未来が描けていない。
まとまりもない。
次号では、もう少しまとまった「論」に近いものをお見せしたいと思う。

すべてはソーシャルになる。
本当のソーシャルとは何か。
ハイブリッド(融合型)コンテンツという考え方。
モードとスタイルはパッケージから外へ。
スティーブ・ジョブスの執念。
ユーザーの一日から、ゲームを考える。

現在、こんな項目のメモも用意されている。書き加えていく。

■著者紹介
平林久和(ひらばやし・ひさかず)
株式会社インターラクト(代表取締役/ゲームアナリスト)
1962年・神奈川県生まれ。青山学院大学卒。85年・出版社(現・宝島社)入社後、ゲーム専門誌の創刊編集者となる。91年に独立、現在にいたる。著書・共著に『ゲームの大學』『ゲーム業界就職読本』『ゲームの時事問題』など。現在、本連載と連動して「ゲームの未来」について分析・予測する本を執筆中。詳しくは公式サイト公式ブログもご参照ください。Twitterアカウントは@HisakazuHです。
《平林久和》

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