スクウェア・エニックス吉岡直人氏にゲーム業界をめぐる問題意識を聞く | GameBusiness.jp

スクウェア・エニックス吉岡直人氏にゲーム業界をめぐる問題意識を聞く

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スクウェア・エニックスの吉岡直人氏に、ゲーム業界をとりまく問題意識と、9月1日より開幕するCEDECの活用法について伺いました。吉岡氏は研究開発部のチーフ・テクノロジストとして、スクウェア・エニックスで最先端技術リサーチを行うかたわら、CEDEC Advisory Boardの委員長も務める人物です。はたして、どのような問題意識が飛びだしたのでしょうか。

吉岡氏


―――いささか古い話題ですが、今年のGDCはいかがでしたか?

実は、今年はビジネスミーティングが多くて、残念ながらセッションはほとんど聞けなかったんですよ。だからテクニカルなトレンドは追いかけそこねました。ただ、シェーダーに関する議論が一通り終わって、最近ではテクニカルアートやアセットマネジメント、コンテンツパイプラインなどが主流、というトレンドが強まっている印象でしょうか。これってゲーム性に関係がないけど、重要な基盤技術で、少し前までは表に出てこなかった情報ですね。GDCといえども、本当に面白い技術は社内で抱えていることには変わりありませんので。

―――モバイルやローカライズ、カジュアルなど、技術以外のセッションも増えました。

ええ。特にローカライズサミットは今年から独立して開催されましたね。実は今年のCEDECでも、ローカライズ関連のトピックが多いんですよ。今年はセッションの公募を強化したんですが、蓋を開けてみたら、ローカライズの技術だったり、ビジネスだったり、ゲーム性のカルチャライズだったりと、どどっと頂きました。業界の意識がダイレクトに反映された形でしょうか。その意味ではGDC以上に、生っぽい話が聞けるかもしれません。例年より一貫したテーマ性に乏しいと感じられる人がいるかもしれませんが、それも公募を沢山頂けたためです。技術カンファレンスの、あるべき姿のひとつかもしれませんね。

―――方でE3では、各社ともモーションコントローラーが大流行でした。

あのラッシュは凄かったですね。いろんな見方がありますが、今後も入力デバイスが多様化する可能性を感じます。ハードメーカー三社のコントローラー以外に、iPhoneもそうですし、Windows7でもマルチタッチがサポートされます。技術面もさることながら、ゲームデザイナーにとっては、非常に挑戦しがいのある世界になっていきますよね。どのようなアイディアでゲームに実装していくのか。また、それらがお客様にどれくらい受け入れられるのか? 非常に興味がありますね。

―――近い将来での技術トレンドを、どう予測しますか?

メニーコアをはじめとした並列化が進むのは、間違いないでしょう。エンジニアにとっては面白いけれど、悪夢です。何か魔法のテクノロジーが突然登場すれば別だけど、たぶんそれはない。そうなると……プログラミングモデルが変わるのかな? 実は去年のCEDECで、Epic Gamesのティム・スウィーニー氏が「未来のゲーム開発テクノロジー」という講演で話していた未来図が、僕としてはすごくピンときたんですよ。なにしろUnreal Engineを作ってしまうほどの「天才」が、ものすごく簡単に言うと「えらいこっちゃ」と言っていたわけですからね。

―――そうでしたね。

すごく優秀なエンジニアが、すべての労力を費やして、好きなように作って良いのなら、どんなマシンでも使いこなせると思うんです。でも現実のゲーム開発は違っていて、まず集団作業だし、プログラマーの経験も幅がある。速度は多少犠牲にしてでも、確実に動くプログラムを生産性高く組んでもらう必要もあります。こうした問題にどう対応していくか。でも、これって半導体の進化から生まれるものなので、避けようがない。コンピュータサイエンス永遠の課題のようなものではないでしょうか。

―――そうなんですか。

この前、ネットで検索していて、エドガー・ダイクストラ氏が1972年にチューリング賞を受賞したときの、記念講演を見つけました。構造化プログラミングの元祖と言われる研究者で、チューリング賞もコンピュータサイエンス界でのノーベル賞といわれるくらい、権威のある賞です。でも、その時の内容が、ひとことで言うと「大変だ」。I/Oプロセッサなんかがついて、並列化プログラミングしなくちゃいけなくて、どうするおまえら、みたいな内容だったんです。

―――言ってることが、いまと変わらない。

そう。実際、本質的な解法はないまま今に至っているんです。ラジカルな人だとC言語では無理だ、なんて意見も出たりします。そうなると技術云々ではなく、技術者として、どんなスキルを持った人がいいのかを、もっと深く考える必要が出てくるかもしれません。

―――技術以前の問題になってきますね。

僕は「技術」の話より、「技術者」の話が重要だと思っています。技術自体は結果にすぎないから。ただし、そうはいっても、ゲームで技術は本質的な要因ではない、という意見には賛成できない。まずおもしろいアイディアがあって、それを実現するための技術という、目的指向の考え方がある。一方で我々が作っているのはコンピュータゲームなので、技術ドリブンから生まれるおもしろさもある。これが今の日本では、ちょっと弱くなりすぎているのかなという気がしますね。

―――何が必要ですか?

僕は英語と数学という、ふたつの「言葉」が大事だと思っています。特に英語に関する危機感はもっと持っても損はないと思う。圧倒的に情報量が多いですからね。特に科学技術では英語を喋る人間が圧倒的に多くて、共通語になっていますし、彼らは何でも文書にして発表してくれるから、勉強させてもらわない手はない。だけど、これはコミュニケーションなので、日本から発信しないとリターンがない。幸い日本のゲームに対するリスペクトは非常に高くて、これまでの実績がモノを言っていますが、我々の欧米圏に対して発信がまだ弱いことが、じわじわときいている気がしますね。

―――英語、ですか。

英語は勉強すれば、絶対使えるようになります。僕も学生時代は、英語は苦手科目でしたし、社会人になってからも、しばらくは英語がダメでした。でも、あるときにイヤでも英語にかかわらざるを得なくなって、そこから世界がぐっと広がりましたよ。インターネットよりも、英語による情報爆発の方が、僕には大きかったです。

―――なるほど。

技術の話に戻すと、まず先ほども言ったように、メニーコアへの対応が大きな課題としてあります。その上で具体的な話として、まずはコンピュテーション。今さらながらにコンピュータは計算機ですからね。それから空間分割。物理シミュレーションやレンダリングなどのリアルタイム処理を高速化するためには、いかにして計算を局所化するかが鍵になります。これって空間分割をいかにエレガントに解くか、という問題と見る事もできます。あとはマンマシンインターフェース。UIというと定義が狭くなるので、最近はあえてマンマシンインターフェースと言っています。というのもマイクロソフトのProject NATALのデモムービーを見たとき、これはUIとは言わないと思ったんです。

―――キーワードが3つ出てきました。

あとはコンテントパイプラインの技術でしょうか。これは欧米の方が体系化が進んでいる印象があります。ゲームエンジンだったり、職分で言えばプログラマーとアーティストの橋渡しをする、テクニカルアーティストだったり。それから日本ではあまり使わない言葉ですが、ビルドマシンという概念があります。

―――コードをビルドするんですか?

いや、それよりも、もっと広い概念です。アセットの製作からランタイムのデータにビルドするまでの、一連の流れの総称という感じでしょうか。というのもゲームにおけるアセットが増えて、しかも非常に複雑化している現状があるんです。たとえばキャラクターデータ一つにしても、まずモデリングがあって、マテリアルがあって、シェーダーなどがあって、アニメーションデータがあって、その上でそれらをシーンデータに配置して、コードと結び付けなくちゃいけない。もう相互の関連づけが複雑で、管理が難しくなっています。だから現実問題として、コードよりもデータのデバッグの方が、遙かに手間がかかっています。

―――自然界だとモノに埋まっている情報でも、CGだと人間が全部関連づけて、管理する必要がありますね。

ええ。それを解決するための、システム側でのアイディアの一つが、ビルドマシンという概念です。ソースコードを書いたり、ソースデータを作ると、それを裏側のシステムで自動的にビルドしていく、というと、ちょっと極端すぎますが。具体的には、去年のCEDECでもEAのジェイソン・スプランガー氏が、「最新の米国ゲーム開発プロセス」という講演で、バイオウェアでのアセットマネジメント事例として話されていましたね。それからテクニカルアーティストについては、バンジーのスティーブ・セオドウ氏が「Haloの開発: テクニカルアートの役割」という講演で話されていました。

―――すみません、ちょっと混乱してきました。

まずゲーム開発では、プログラマー、ゲームデザイナー、アーティストといった、さまざまな役割の集団がありますね。こうした人的リソースをうまく配置して、効率的な作業の流れ・・・いわゆるパイプラインを構築することが、求められているわけです。

―――はい。

その中でも最も開発負荷が高いのが、アーティストがいかに効率よく大量のアセットを作って、それを管理できるか、という点です。だからアーティスト向けのツールが非常に重要になる。でも、個々のツールがバラバラな状態では、効率的ではない。問題は、それらをいかに最小限の手間で、自由度の高いシステムにまとめ上げて、作業全体を効率化できるか、ということなんですね。そのために必要なものが、システム側ではビルドマシンで、人間側では、テクニカルアーティストになると考えています。特にテクニカルアーティストは非常に重要な職分になりつつあると思います。

―――今までのゲーム開発には、いなかったのですか?

いや、実はいろんな会社で、そうした仕事をしている人がいると思うんです。でも、僕はそれを曖昧にするのではなく、肩書きをつくって、職分を定義し、責任を持たせることが重要だと思います。でないと、下手をすると便利屋で終わってしまいます。たとえばゲームデザイナー(プランナー)という職分も、最初の頃はなかったと思うんですよ。それがゲーム開発が複雑になるにつれて、だんだん定着していって、そこからさらにレベルデザイナーやメカニクスデザイナーなどに分化していったと思うんです。こんなふうに、時代と共に開発者の職域は変化していくので、それに対応できるようなパイプラインであったり、フレームワークの設計が必要になる。そこが技術屋の腕の見せ所だと思います。

―――最近のゲームは大作になると、2〜3年は当たり前、という感じですからね。

ええ。だからこそ生産性を上げたい。開発が長期化すると、若いうちに失敗する経験が積めませんから。それに限られた時間の中でクオリティを上げるにも、生産性の向上が不可欠です。生産性の向上なんていうと、つい管理主義を思い浮かべちゃいますが、それは絶対に違います。むしろ機械にできることは、できるだけ任せてしまって、人間にしかできないことに集中してもらう環境を、いかに作れるかです。たとえば、僕は仕事上、GDC以外にSIGGRAPHにも足を運びますが、そこでの議論の内容って、日本の報道と若干、ずれを感じるんです。

―――というと?

SIGGRAPHといえば、日本ではCGの新しいレンダリング方法だったり、新しいツールの発表など、華やかな部分に注目が集まりますよね。でも論文発表などを聞いていると、「リピータビリティ」という言葉を、よく耳にするんですよ。どんなに素晴らしいテクニックがあったとしても、それが繰り返して使えなければ、意味がないというわけですね。それから「プロダクティビティ」と「ビリーバビリティ」。ビリーバビリティは日本語に直すと「(動きの)もっともらしさ」という感じでしょうか。そのためには物理シミュレーションやパペットシミュレーションなど、さまざまな技法が必要になるんですが、ポイントはアニメーターがいかに繰り返し修正できる時間が稼げるか、ということです。

―――なるほど。

また、昨年シンガポールで開催された、SIGGRAPH Asia 2008では、こんな話がありました。「コーネルボックス」で有名な、今のCGの基礎技術を開発したグリーンバーグ博士による基調講演だったんですが、SIGGRAPHという学会があり、これだけの歴史と規模がありながら、参加者は映画とゲーム産業の人間ばかりだと。もっとSIGGRAPHも外に向けて開いていかないと、閉じて衰退してしまうと。いわんやGDCをや、ですよね。あれだけの規模になったにもかかわらず、ゲーム業界以外の人が、どれくらいいたか。

―――視野を広く持つことが重要だと。

ええ。そもそもゲームは技術的に有利なポジションにあると思います。というのもゲームテクノロジーって、良くも悪くも、ほかのジャンルからのおさがりが多いんですね。諸先輩方がやった仕事を、後からどんどん取捨選択して使える。コンピュテーションの主要ジャンルといえば、軍事、医療、ファイナンスです。この3分野で技術開発が猛烈な速度で進んでいって、それが次第にCGに降りてきて、最後にゲームに降りてくる。ということは、ゲーム以外の技術動向を勉強していれば、未来が読める可能性が高まる。しかもハードウェアは、我々がイヤだと言っても、今後も進歩しますから。

―――やはり、学ぶことが大事というわけですね。

それがCEDECの一番大事なメッセージです。今年は1コマ60分になって、過去最大の150セッションになります。エキスポの展示もより見やすくなります。ただし、CEDECだけで答えが得られるわけではない。いろんなセッションで最新の開発技法を学んだからと言って、すぐに最先端の技術が身につくわけではない。むしろ、そこで勉強するネタを見つけて帰って欲しいんです。だから記事を読むだけでなく、現地に来て、講演者と直接話をしたりして、刺激を受けて欲しい。

―――ただ、CEDECだけでもいけない?

そうですね。CEDECそのものも大事だけど、本当にやりたいのは、アカデミズムをはじめ、他のジャンルで活躍されている方々に、テレビゲームに対する興味を感じてもらって、コラボレーションしてもらうための流れを、どう加速していけるか。そのための環境作りでしょうか。そのためには受け身で待つだけでなく、こちらから積極的にアプローチしていく姿勢が必要です。それから、そうしたゲーム業界外のクリエイティビティを、柔軟に受け止めるだけの多様性も求められます。

―――具体的には、どういった分野がありますか?

たとえば僕は昔ソニーにいて、そこからソニー・コンピュータエンタテインメントに移ったんですが、当時のソニーでは工場実習などもありました。あそこの組み立てラインの生産管理におけるノウハウの集積は凄いです。あるいは銀行のオンライン系プログラムや、組み込み系の家電だったり。今や携帯電話一つで200万ステップのプログラムが書かれるわけです。自動車でも何十個ものCPUが1台の車の中で並列で動いていて、動作環境はノイズだらけ。その中で事故を起こさないように、どうやって走り続けるかとか、学べるものはたくさんあると思います。

―――なるほど。

そもそも、何か新しいモノができる時って、そのジャンルの素人だけど、別ジャンルで玄人の方が、しばしば関係しているんじゃないでしょうか? 「テトリス」のアレクセイ・パジトノフ氏も、もともとは数学者でしたよね。「ドラゴンクエスト」の堀井雄二さんも、ライターが専門でした。EAですら、さまざまな失敗をしながらも、「ロード・オブ・ザ・リングス」シリーズで、ゲームと映画の共通パイプラインを作り上げたりしたわけです。

―――そうした流れは80年代後半には顕著でしたね。糸井重里さんの「MOTHER」とか。PS1の頃にも波がありましたが、だんだん減っていきました。「I.Q」の佐藤雅彦さんなどが、最後ではないでしょうか。もっとも、そこで火を消してはいけない。

ええ。だから、これは僕の夢なんですが、例えば、脚本家の橋田壽賀子先生のような別ジャンルの天才と言われる方々にもゲームを作ってもらいたいんですよ。そうしたら、一般のお客さんが、どっと注目してくれる。でも、そのためには、そうした先生方に使ってもらえるような、優れたゲームデザインツールを作る必要があります。それって、どういうようにすればいいんだろうって。

―――それはすごいチャレンジですね。

もう一つ、これは僕が話すことじゃないかもしれませんが、僕らは日本の古典的なゲームデザインについて、もっと勉強した方が良いんじゃないか。「ドラゴンクエスト」や「ストリートファイターII」など、古典的なビデオゲームもそうですが、それ以外のものも。やっぱり囲碁や将棋のゲームデザインって、奥が深くて、良くできていると今更ながら思っています。実は最近になって、碁会所で習い始めたんです。まだまだ下手っぴで、コンピュータにも負けてしまいますが。でも「数えで42歳ですが、大丈夫ですか?」聞いたら、「私はもう70歳だから、あと30年も打てば強くなりますよ」と席亭さんに言われて、そうだよなって。

―――いい話ですね。

だから、ゲーム屋さんも、ゲーム屋さんとしての自意識を、たまには少し脱いでみるのも良いんじゃないでしょうか。

―――まったく、そのとおりです。

みんな忙しいので、ゲームのテクノロジーに夢中になるのはわかるんですが、時々は勇気をもって怠けてみたらどうでしょう。実は今朝も東急ハンズで日食グラスを買ってきて、盛り上がっていたんだけど、社内であんまり相手にされなくて寂しかったんです。「日食だよ、究極のオクルージョンだよ!」って言っても、だから?って。

―――80年代後半はそんな感じだったようですね。ゲーム開発に対しても、ゲーム業界外とのスタンスについても。産業も拡張期でした。

ただし、今だってガラス製の灰皿のきらめきをリアルタイムCGで表現しきれないし、今のリアルタイムCGでは、人間のキャラクターを作っても、リアルな人間にはほど遠い。不気味の谷なんて論じるのは10年早いのかも、と思うんです。そういえば大阪大学のCB2という人間型ロボットがあるんですが、ご存じですか?

―――初耳です。

YouTubeで動画も上がっていますよ。最初から動きをプログラミングされていなくて、外界からの刺激と反応で、動作を学習するんだそうです。体中にセンサーやプロセッサが内蔵されていて、分散処理されているらしいです。今、ようやくつかまり歩きができるようになったと聞きました。うちにも小さな子供がいるので、動きのリアルさにドキッとします。だからロボティスクス分野から学べることも、たくさんあるような気がします。

要は、もっと自分の好奇心に忠実でもいいんじゃないかと言いたいんです。今年のCEDECのテーマも「開発マインド、ボーダーレス!」。私が決めたフレーズではありません。CEDEC Advisory Boardの広報チームが決めてくれたんです。このフレーズを提案された時に、他のメンバも同じような意識を持っているという事が実感できました。なんだか、話しが散らかっちゃってすいません。

―――いえいえ、たいへん勉強になりました。ありがとうございます。

(聞き手:土本学/構成:小野憲史)
《土本学》

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