俺のまわりがこんなに困るはずはない・・・平林久和「ゲームの未来を語る」第25回 | GameBusiness.jp

俺のまわりがこんなに困るはずはない・・・平林久和「ゲームの未来を語る」第25回

平林久和氏による「ゲームの未来を語る」の前回「 歴史的な過渡期、2011年9月 」は大きな反響がありました。今回はそれを補足するものです。(編集部より)

その他 その他
平林久和氏による「ゲームの未来を語る」の前回「 歴史的な過渡期、2011年9月 」は大きな反響がありました。今回はそれを補足するものです。(編集部より)
  • 平林久和氏による「ゲームの未来を語る」の前回「 歴史的な過渡期、2011年9月 」は大きな反響がありました。今回はそれを補足するものです。(編集部より)
  • 平林久和氏による「ゲームの未来を語る」の前回「 歴史的な過渡期、2011年9月 」は大きな反響がありました。今回はそれを補足するものです。(編集部より)
  • 平林久和氏による「ゲームの未来を語る」の前回「 歴史的な過渡期、2011年9月 」は大きな反響がありました。今回はそれを補足するものです。(編集部より)
平林久和氏による「ゲームの未来を語る」の前回「歴史的な過渡期、2011年9月」は大きな反響がありました。今回はそれを補足するものです。(編集部より)



■助言

タカシは高校時代からの親友だ。
東京、ある喫茶店で会った。

「オマエさー、なんで前回、あんな原稿書いたの?」
俺のことを心配してくれている。
「歴史的過渡期なんて、おおげさすぎるって」
「……やっぱり?」

俺はそう答えるしかなかった。

「俺たち、昔、格闘ゲームをよくやっただろ?」
「ああ、よくやった。ゲームセンターに通った」
「格闘ゲームでいえば、大キックの連続みたいでさー、スキが多かったよ」
「ガードが甘かったってこと?」
「そうさ」

俺の名は平林久和。文章を書く仕事をしている。

つい最近、「歴史的な過渡期、2011年9月」という文章を書いた。
長文だった。
ネタが盛りだくさんだった。
専門用語も多かった。
ようは、難しかった。
タカシは素直に感想を言ってくれているのだ。
自分でもわかっていた。大げさなことを書いたな、と。

「オマエの野心、わかるよ。つきあい長いから」
「野心?」
「学生時代から言ってた。自分が書いた文章で社会を動かしてみたいってさ」
「タカシにも言ったことあるな、そんなこと」
「でもさ、悪いけどオマエの知名度じゃ無理だよ」
「そこまではっきり言うのか?」
「知名度があっても、今の世の中、情報が多い。一回書いた文章で世の中なんて変わらないって」

タカシは、はっきりと俺に忠告する。

■ミスマッチ
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「俺、そこまでバカじゃないよ。オトナになった。俺の文章で世の中は変わらない。それくらいのことはわかっている」
「じゃ、なぜ書いたんだよ?」
「……困っている人がいるから、かな」
「困っている?」
「今、ゲーム業界で働きたくても働けない人、いるんだ。1年間、2年間、職探しをして決まらない人、たくさん知ってる」
「そうなのか?」
「何か仕事ありませんか、そんなメールが1週間に何通も来る」
「厳しいんだ、就職」
「そうさ、今週だって俺のオフィスに来て泣き出した人、いたよ」

タカシはちょっと沈黙してから尋ねた。

「俺、専門家じゃないけど、業界が厳しいの?」
「厳しいっていえば厳しいけどさー」
「何?」
「就職先はあるんだよ」
「どういうこと?」
「働きたくても働けない人がいる、その反対で良い人材いませんか? という依頼もいっぱいくる」
「そうなのかぁ」
「だからさ、俺のメールボックスは『働きたい』と『良い人材いませんか?』がごちゃまぜになるのさ」
「ミスマッチってことだな」

タカシとは高校時代、不良仲間みたいなつきあいをしてたけど、学校の成績はヤツのほうが良かった。ものわかりが早い。

「で、良い人材がほしいっていう人は、なぜ俺なんかに頼むのか? 普通の求人のしかたではダメだからなんだ」
「普通の求人?」
「求人サイト、求人雑誌、自社のホームページからの応募……」
「つまり、オープンな募集方法ってことだ」
「そう。採用する側の人はたいていこんなことを言う」
「今までのゲーム業界に染まりすぎているばかり集まる、ってね」

実際にそうだ。
今、よく物事を考えている経営者や人事担当者は過去の実績をあまり気にしない。
未来に対して柔軟な考えの持ち主かどうかを気にする。
ある厳しい経営者は、「応募者はみんな『いらない経験値』を積みすぎている」と言った。胸がズキュンとくる言葉だった。『いらない経験値』…… 。

■働く基準

「だからタカシ、わかるだろ? 社会を変えることなんて、俺には無理だ。でもさー、人。人を選ぶ基準が変わっていることをどうしても伝えたくて、スキだらけの大キックをかました」
「少しわかった。オマエらしいな。昔と変わらない。いつも悪だったけど、妙なところで正義感が強い」
「そうだ。妙な正義感だ。まともな正義感じゃないんだな、コレが(笑)」

俺たちは妙な正義感とまともな正義感の違いについて、5分ほど雑談をした。
タカシは喫茶店のコーヒーのおかわりをした。

「今、採用する側と応募する側の話、しただろ。逆のパターンもある」
「逆ってなんだ?」
「応募する人は、『いらない経験値』を捨てている。未来志向でものを考えている。だけど今度は採用する側の意識とズレがある、こともある。採用する側は、そう言っちゃなんだけど、未来なんて悠長なことを言っていられない。今のことで手一杯。そのためには経験者がほしい」
「そういう会社だってあるだろうな」
「だろ? なんでせっかく未来のおもしろいこと、考えていても不採用。なかには宇宙人扱いされて落ちる人もいる」

タカシは真剣に話を聴いてくれている。

「うん、オマエの困った人の意味、わかった」
「まだあるぜ、採用だけじゃない。このミスマッチ、同じ会社の中でも起きてる」
「上司と部下の関係でも、っていうことか」
「さすがだ。その通り」
「たとえば新しい企画、通したい若手がいるとしよう。上司はなかなかそれをわかってくれない。上司はわかっても、そのまた上司がわかってくれない」
「ありえる話だな」
「だから説得のために、山のような分量の資料をつくる人もいるんだ。パワーポイントでね」
「本当の仕事じゃなくて、仕事のための仕事が多いわけだ」
「ゲーム会社に入って、企画のスキルよりも、パワーポイントのスキルばかりが上がっていく、と冗談めかしていう社員もいる」
「笑えない冗談……」
「言い出したらキリがないさ。ゲームのことを教えている大学や専門学校あるだろ。授業で今、採用されることを狙うのか、未来、活躍しそうな人を育てようとするのか。マジメな人は悩んでいるよ。俺は当然、未来派なんだけどね」



■渡れない道
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タカシは黙った。
コーヒーを一口、水を一口飲んでから言った。

「やっぱり、オマエ、社会を動かそうっていう野心、ある。ようはさぁ、世の中に新しい基準をつくりたいんだろ。採用とか、会社で働く人の環境とか」
「いや、俺はただ困っている人を……」
「違うよ、その考え、社会を変えたがっている気持ちに通じるよ。オマエは採用と、社内と、学校のことを言った。だけどさー。それってゲーム業界の場合、なんて言うの? 元請けと下請けの関係でも同じだろ」
「まあな」
「そこに向けて、価値観が変わった。基準をつくり直せ。いかにもオマエが好きそうな言葉でいうと、新しい秩序を生みたいんだろ」

俺は静かにタカシの話を聞いた。
反論されたという思いも、不思議とわいてこない。
まったく違う。
タカシがわざわざ俺を呼び出して、忠告してくれて、うれしいと思った。

俺の原稿の話題はここで終わった。
そのあとは、共通の遊び仲間や、なぜかカジノのブラックジャック必勝法の話をしていた。

そんな他愛もない話をしたあと、俺たちはコーヒーを飲み干して喫茶店を出て、駅に向かった。

駅の改札口に行くには、広い通りを渡ることになる。
舗装路は雨が降ったときに、水はけをよくするために、真ん中が盛り上がっていた。

道路を半分、渡った時だった。
タカシは言った。

「平林、ちょっと待って。息が苦しい」

タカシの手が俺の右肩をつかんだ。

「オイ、心臓、まだそんなに悪いのかよ」
「いや、良くなってきている。今はたまたまだよ」
「ウソつけ、まえに会ったときより悪化していないか? 昇り階段では苦しそうだったけど、舗装路の、この程度の傾斜は平気だったじゃないか」

「ああ……」と小さな声を出してタカシは、しゃがみ込んだ。
「こうして座っていれば呼吸が戻る、先に駅に行っていいよ、忙しいだろ」
「バカ、オマエを置いて行けるわけないだろ。そんなに体調が悪いのに、俺を呼び出してくれたのか」

働けなくて困っている人がいる。
上司に伝わらなくて困っている人がいる。

逆もある。
いい人材が採用できなくて困っている人がいる。
自分の考えが、部下に伝わらなくて困っている人もいる。

今、ゲームの仕事をするうえで、価値観が変わりつつある。
親友タカシの心臓の病も心配だ。

俺は駅前の舗装路。
中央分離帯で叫びたくなった。

「俺のまわりがこんなに困るはずはない!」

ゲームの仕事をしている人は、時代の変化に敏感だと信じている
タカシと話をしたミスマッチ。
起きなくなってくれれば、困る人は少なくなると思うんだ、俺は。

(了)


■著者紹介
平林久和(ひらばやし・ひさかず)
株式会社インターラクト(代表取締役/ゲームアナリスト)
1962年・神奈川県生まれ。青山学院大学卒。85年・出版社(現・宝島社)入社後、ゲーム専門誌の創刊編集者となる。91年に独立、現在にいたる。著書・共著に『ゲームの大學』『ゲーム業界就職読本』『ゲームの時事問題』など。現在、本連載と連動して「ゲームの未来」について分析・予測する本を執筆中。詳しくは公式サイト公式ブログもご参照ください。Twitterアカウントは@HisakazuHです。
《平林久和》

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